優雅にして典雅なる一日




どこのサイト様を見ても、マルチェロにひどい目にあわされている、マルチェロほど寄付金集めがごうつくでなかった、前団長さまの激しく暇な一日。









「では、以上で今回の魔物討伐の報告を終了させて頂きます。」
俺は、不機嫌な顔で黒髪の小僧を睨み付けてやるが、こいつは眉一つ動かさない。

「続きまして、今期のマイエラ修道院の収支決算ですが…」
一応、報告書は手に持ってはいるものの、あたかも経文を暗唱するかのように滑らかに、数字が読み上げられる。



声は、無機的なくせに妙に艶のあるバリトン。


俺は団長室で、団長専用の椅子にこしかけたまま、俺より二十ばかしも若いくせに副団長という役職にある、黒髪小僧の報告を受けている。





聖堂騎士団とは、もともとは法王や高位聖職者を守護するために設けられた、いわば儀杖兵をその起源に持つ。
であるから、このマイエラ修道院“名物”の聖堂騎士団も元々は、出自正しく高貴で、眉目と容姿の秀麗な男子が入団し、典礼儀式を彩るものであったのだ。




ああ、“元々”は。




「礼拝に対する寄付金収入ですが…」
俺は、小僧の顔を見上げる。


整ってはいるが、むしろそれに過ぎて愛想のない顔のつくり。


すらりと通った鼻梁に、肉の薄い唇。
きりりとした、男らしい顎の線。

“高貴な”という形容詞を容貌につけても、初対面の人間ならば不審には思うまい。





血筋卑しいくせに。
悪魔のような領主の、メイド腹の庶子のくせに。
生家すら追われた孤児のくせに。








「以上で今回の報告を終了いたします。他に何かございますでしょうか、ジューリオ団長殿。」
俺が無言でうるさそうに首をふってやると、小僧は一礼をして去っていった。

難癖の一つもつけてやりたいが、その挙措にも、立ち居振る舞いにも、去り際の一礼にも、髪一筋たりとも隙がない。
そのあまりに完璧な礼儀作法に、俺は“副団長”に対する苛立ちを新たにする。



一言で言うと、俺はこの黒髪の小僧、マルチェロが気に入らない。






この小僧がオディロ院長につれられてやってきたのは、俺がまだ副団長にもなる前だったから…かれこれ十年以上も前になるか。
高徳の聖者たる院長は、庶民の小汚いガキどもを拾ってきては、孤児院に集めて“教育”なんぞを施そうとなさる少々変わったご趣味をお持ちだ。
しかも、あんな血筋卑しいガキどもには読み書き算術だけを教えておけば、俺のような血筋正しい貴族に仕えるのに役にたつこともあろうが、加えて宗教思想まで教えていらっしゃる。
まったく、血筋卑しい者にそんなものを理解できる素養があるとでもお思いなのか?名門ジャンティエ家の三男として育った俺には、あんな粉屋の息子生まれの聖者の気持ちなんぞ分からん。


ともかくもそのガキ、マルチェロは悪魔領主の庶子で、嫡子が生まれたから追い出されたと、やたらといいケツと乳をした色っぽい女がわめき散らしていたので、俺も覚えている。

そして、オディロ院長の孤児院に預けられたそのガキは、母親が死んだとかでそのまま孤児院に留まり、何をとち狂ったのか貴族の家への養子の口まで断って、聖堂騎士団見習いに、そして正式の騎士団員になった。



まあ、聖堂騎士は俺のような、名家の次男や三男が多いとはいえ、下っ端の方の団員には血筋卑しい奴等もいる事なので、それはまあ構わない。
問題は、あの小僧が二十歳の坂もまだ三合目という年で、副団長に任命されたという事なのだ。





あれは、前の副団長が…ああ、奴は良かった。俺より身分は劣るものの貴族の出で、俺より武芸は劣るものの忠実だった。
忌まわしい魔物に食われたのが、あの黒髪の小僧だったら良かったのに。




あの時は、こいつが次の副団長だ!というような人材が特にいなかった。
どいつもこいつも、一長に二短くらいあって、俺は選びがたかった。
仕方が無いので俺は、オディロ院長にご相談申し上げることにした。




“聖堂騎士団長の任命権は、マイエラ大修道院院長がこれを所持する。騎士団の副団長以下の役職については、騎士団長がその任命権を所持するが、その際には、院長の意向に背く事があってはならない。”



マイエラ修道院規則にそうあるからだ。


俺が候補の人名を挙げ院長の意見を請うと、院長は少し考えて、信じられない人名を口にした。

「マルチェロではいかんかの?」
「…は?」
俺は、あまりに意外な人名だったので、とっさに反応が出来なかった。


院長は、あの髭だらけの顔の中の、子どもみたいな目で俺を見上げる。
俺は気を取り直して、言う。


「と、おっしゃいますのは…」
「いや、のう。修道院規則には“聖堂騎士団長は、騎士団員の中から特に、信仰心に厚く、品行方正であり、人望があり、知勇を兼備し、騎士団中で功績厚い者から選ぶものとする”とあり、しかも“副団長の選抜基準もそれに準じるものとする”とあるじゃろうて、のうジューリオ。」
「はあ…」
「いや、あの子が騎士団員の中で、一番その条件を満たしてはおらんか、と思うてのう…ワシの思い違いじゃろうか?」




俺は、院長がついにボケたのではないかと院長の目をじっと見たが、院長の目には耄碌の色はまるで見えなかった。




有得ない!!


俺は叫びたかったが、騎士団長としての立場上、俺はぐっと堪える。





「騎士団員マルチェロは確かに優秀です。ですがオディロ院長…彼はあまりに若すぎはしませんか?」
笑顔が微妙にひきつったが、語調は丁寧であったと思う。

「ん?副団長の年齢制限は修道院規則にはなかったと思うがの。」
院長の返答に、俺はブチ切れそうになったが、なんとか堪える。



まったく、聖者という人種はこれだから困る。
年齢がどうとか、人格がどうとかはどうでもいい事だろうが!!



騎士団長であり、副団長であり、そして団員に必要なのは、

生まれの正当性

だろう!?




なにが悲しくて、由緒と伝統有る聖堂騎士団副団長の座を、あんなメイド腹の庶子に…
院長はなにを考えて…




そこまで思って、俺はかねてからの疑念が真実だと悟った。
そして、由緒と伝統ある聖堂騎士団の為に、心から怒った。

これは言ってやらねばなるまい。
俺はそう思い、口にした。




「恐れながら…オディロ院長…」
「なんじゃ、ジューリオよ。」




「あの黒髪の小僧は、院長の御寝間で一体どうやって院長を誑らかし申し上げたのですか?」


オディロ院長は、

きょとん

と音がしそうなほど、あの小さな目を見開いた。




しらじらしい…
俺は思い、もっと噂を言ってやろうと思ったが、思いとどまる。

聖堂騎士団長の任命権は、修道院院長であるオディロ院長にあるし、粉屋の息子という卑賤の生まれではあるものの、七賢者の子孫であり、かつては法王の座に最も近い男と呼ばれた“聖者さま”にあまり喧嘩を売るのは巧いやり方ではあるまい。

仕方ない、と、俺は口を開く。


「まあよろしいでしょう。“高徳の聖者たる”猊下がおっしゃるのでしたら、間違いはありますまい!!ご推挙どおり、聖堂騎士団員マルチェロを、新しい副団長に致しましょう!!」
「ジューリオよ…なにかお主は…」
「では、用件は以上です。失礼いたしました。」







団長室に戻る途中、その黒髪の小僧が通りかかった。
一礼するそいつに、俺は言う。


「こんな夜中にどこにいくのだ、騎士団員マルチェロ。」
「は、団長殿。調べものがございますので、院長のいらっしゃる離れの図書館に参ります。」
「へえ…」

俺が薄ら笑いを浮かべてやると、小僧は怪訝そうな色を緑の目に浮かべた。


「院長に可愛がられて、結構なことだな。」
俺は言い捨てて、部屋に戻った。




マイエラ修道院、大修道院長オディロ。
七賢者の子孫であり、高徳の聖者である男も、所詮、男は男か。

おとぎ話の魔法使いのような、ちんまりとした邪気と生臭さのない外見をしているクセに、お稚児を愛でていたとは…
まあ、お稚児というにはずいぶんとデカい図体をしているが。


俺は、あの二人がからみあう姿はどうやっても想像は出来なかったが、黒髪の小僧の乱れる姿は割りと容易に想像がついた。




あの、糸一筋の緩みもない着衣がはだけ、

あの、髪一筋の乱れもない黒髪が乱れ、

あの小生意気に落ち着き払った声が上ずる…


そんな光景を思い浮かべて、俺はわずかにウサを晴らしたのだった。






あれからもう何年にもなる。



俺はなんとかあの小僧の過失を見つけては、院長へのあてつけも含めて罷免してやろうと全力を尽くしていたのだが、小癪な小僧は、一分の隙すら見せなかった。
どんな難しい任務を任せても、どんな無理な寄付金集めを命じても、涼しい顔で達成してしまう。


あろうことか今では、

聖堂騎士団は団長ではなく、副団長で持っている

と囁く輩までいる始末だ。


畜生、庶子のくせに。
高貴な血など、一滴も流れていない悪魔の子の分際で。





腹立たしい事だが、小僧はどうやっても弱みを握らせない。
院長との関係の証拠でも握れればいいのだが、さすがにそれは不可能だろう。






ある貴族の夜会に招かれた折だった。
苛々がつのっていた俺は、さらに苛々する事に、あの小僧に首ったけというとある夫人に小僧に対する賛美を延々と聞かされるという拷問のような目に会った。



「本当に、素敵な方ですこと。あんな有能な方が部下にいらっしゃるなんて、ジューリオ団長殿もお幸せですわ。」
そうまで言われて腹立たしい事この上なかったので、俺はその女…さらに腹が立つことに、俺の好みそのままのいい女だったのだが。に、こう言ってやった。



「ははは、左様ですなレイディ。まったく働き者で有難いことですよ、マルチェロ副団長は。そのせいでそれ、額が使いすぎた跡を歴然と残し始めておりますものな。」
俺の気の効いたシャレに、列席者が爆笑した。


二十代も半ばというのに、あの小僧の額は少々広くなりすぎているということは、皆思っていたことなのだろう。



貴婦人に囲まれて、とびきりよそ行きの愛想笑いを浮かべていた黒髪の小僧は、表情こそそのままだったが、その瞳にちらりと不快の色が浮かんだのに俺は気付き、ざまあ見ろと思った。


目の前の夫人も、ころころと愉快そうに笑っていたが、ようやく笑いがおさまると、扇で小僧の額を指し示しながら言った。


「でもね、わたくし、副団長殿のあの、知的で可愛らしいおデコにキスさせて頂けるのでしたら、あと1000Gはお布施を弾みましてよ。」


夫人の言葉に、他の貴婦人たちも口を開く。

「あら、でしたらわたくしは1500G出しましてよ。」
「いやだわ、じゃあ2000G」
「いじわるな方ね…それじゃあセリにいたしましょう。いかがです、副団長どの?セリに勝ったご夫人に、キスさせてくださるおつもりは…」

小僧は、苦笑しながら答えた。
「お戯れはそのくらいになさってください。マダム方。」


なんでこんなデコの広い小僧が俺よりモテるのか…俺は理解に苦しむ。




俺は団長室を出て地下室へ向う。
特に用事はない。
そもそも俺には仕事がほとんどない。あの小僧が全部片付けてしまうからだ。
その点だけは、便利な男だ。これで可愛気の一つもあれば…





黒髪の小僧の罵声が耳に入った。
続いて、声変わりをようやく終えた声。

「ククールか…」
俺は呟く。
どうせまた、ドニで女でも口説いていたのだろう。


ククールはまともに俺好みの、銀髪に青い目の歴然とした美少年だから、俺付きの従卒にして可愛がってやろうと思っていたのだが、うっかりオディロ院長の耳に入って叱咤を食らってしまったので、未だに手を出せずにいる。



俺は影から二人を覗く。

烈火のように罵倒する小僧を眺めるククールの青い目には、憎悪や嫌悪でなく、別の感情がほの見えた。



やれやれだ。
兄弟のくせに…



俺は想像する。
ククールの片思いで終わりではなく、いっそこいつらがデキてりゃ面白いのに。



俺は想像する。
まだまだ華奢なカラダをした弟に、黒髪の小僧が、あの鍛え上げたカラダをのたうたせて、あんあん喘がされている姿を。

“それ”の真っ最中に俺が踏み込んでやったら、あの小僧はどんなツラをするだろうか。
狼狽でもされたら、さぞや面白かろう…


俺は思いながら、その場を離れる。




暇だ…





そうだ。
この間、知り合った女の所へ遊びに行こう。
どうせ黒髪の小僧が仕事は全部片付けるんだ。俺がちょっと息抜きしたって女神もお怒りにはなるまいよ。










「副団長どの、そんなに怒らなくたっていいじゃないですか。ちょっとキレイなおねーさんを口説いただけなのに…」
「バカ者!!あの女がジューリオ団長殿の今の“女友達”だと知らんのか?」
「だったらますますいいじゃないかよ、あんな無能な団長のオンナ口説いたって。」

「ほう…」

「あ、なにかあるんですね?あのオンナ。」
「…あの女が、満月の晩にどこへ出かけているのか知らんのか?」
「満月…ああ…そういうコトですね。」
「聖堂騎士団員ククール、ならば騎士の誓いを守ることだな。」
「はいはい、オレは“貞潔”で副団長殿に“服従”を誓ってますよ?あんな使えない団長どのじゃなくてね。」


「ならば誓え、聖堂騎士団員ククール。事態を沈黙して見守るとな。」
「はーい、慈愛深き女神と、最愛の副団長どのにかけて誓います。聖堂騎士団員ククールは、騎士団長どのの今の“女友達”が、異端のオンナの疑いが濃いなんて、一っ言も喋る気がありません。もしこの誓いを破ることがあれば…」


「騎士団長殿と一緒に、異端審問で仲良く火刑に処されてもらう…」



聖堂騎士団副団長マルチェロが、鷹の目でそう恫喝して去っていくのを、騎士団員ククールは見送った。
ククールは何か呟いたが、それがマルチェロの耳に入ることはなかった。






2006/8/11





一言要約「小人閑居して不善を為す」

別の一言要約「下衆のかんぐり」

ちなみに、かんぐられてオディロ院長がどう思ったかは「聖者と聖者の間に交わされた聖者についての対話」に、最後の二人の会話がなにを意味するかは「蒼く貞潔なる者への赤い視線 」をご覧下さい。
こんな無能な上司がエバってたら、そりゃ兄でなくても追い落としたくなると思います。
ちなみに「黒髪の小僧」と書いていて、なんかデジャブがあったのでよくよく考えてみたら「金髪の儒子」ことラインハルトでした。
『銀英伝』は中学生の時に読んだのですが、ラインハルトはまったく好きではありませんでした。
よくよく考えてみれば、潔癖症で野心家で貧乏性でワガママと、マル兄とかなり共通点があって私の萌えポイントを押さえているハズなのですが…
というワケで、理由を考えてみました。

べにいもがラインハルトを好きになれない理由

超美形
金髪
若い
副官と仲良しだ
嫁がヒルダだ

…昔っから私は、コテコテの若い美形がキライなようです。中学生だったのに、二十歳がダメだったんだ、べにいもめ。
いや、日本人らしく中庸が好きと言い換えましょう。巨乳はすきだけど爆乳はキライなように、男前は好きでも超美形はダメなんだよ。だって日本人だもん♪謙譲の美徳がね

それはそれとして、『童貞聖者』シリーズでデコネタが出せて満足です。
みなさまなら、兄のデコにキスする権利になら、いくらまで出せますか?



 

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