官打ち




法王さま、周囲の親しい人がみんなマルチェロに悩殺されている事実に気付き、ちょっと嫌な気分になるお話

ちなみに拙サイトの法王さまのお名前は「ベネデット」法王としてはラテン語読みで「ベネディクトゥス六世」という事にしています。






身も心も純潔を保たねばならぬ身ではあり、実行することを勧められてはいない身ではあるが、ワシは“恋をする”という事は、まったくもって素晴らしいことであると思う。




うむ、そもそも“人を愛する”という事は、“人を憎む”ということより良いことに決まっておる。


“恋をする”事に、資格などあろう筈もない。

いくつであろうが、どんな外見をしていようが、それが恋に何の障害になろうか。







ワシは、そう自分に言い聞かせ、眼前の法王首席秘書官に、出来るだけ重々しい顔つきをしてみせる。




「聖下…では、御意見はお変わりになりませぬか?」

激しく不服そうな面持ちの大司教を見下ろし、ワシは長い法王暮らしで身に付けた、“あからさまに威厳のある面持ち”で“あからさまに重々しく”頷いた。


「ワシの意は変わらぬ。ニノ大司教よ。」



法王首席秘書官、サヴェッラ財務官長を共に兼任する、大司教のニノ。

大貴族の出にして、“悪徳の聖都”サヴェッラに居ること久しい男。


次期法王間違いなしと、自他共に認める老獪な男は、恋人から引き離されんとする恋する若者のように見苦しく、マルチェロの法王警護官への抜擢への反対を述べ立て続けた。




ああ、“ような”という、あたかも”比喩”であるかのような言葉遣いは正しくないのう。



なんせこの男は、事実、今“恋する男”なのだから…







あの男…マイエラ修道院長にして、聖堂騎士団長を兼任した男、マルチェロがこのサヴェッラに来て、どれほどになろうか。


それほど長い期間ではないというのに、あの男は確かに、このサヴェッラを変えてしまったような気がする。


なにより、ワシの眼前で、見苦しい愁訴を並べ立てるニノ大司教…


そもそも彼は、こんな醜態をさらす男ではなかった。




老いらくの恋は怖いのう…


ワシとて、そうため息をついて、後は個々人の好きにしてやりたいのは山々なのじゃが、七面倒なことにそうもいかん。


なにせ、ワシはベネデッドという名の一人の坊主ではなく、ベネディクトゥス六世なんぞという、やたら仰々しい呼び名を持つ、仮にも法王の身であるからのう。


何をするにも

「聖下。」

とおぞげを震いたくなるような敬称がつき、“高徳”だの“慈愛あまねき”だの“聖者”だのといった形容詞がつき…誰も彼もワシを一人の坊主として扱ってはくれん。


そしてワシも、勝手気ままに、一人の坊主として行動する事は出来ん…






「ワシの決定が不服と申すか、ニノ大司教よ。」


ワシが“重々しく一喝”してやると、ニノは不服な面持ちを隠し、もう数十年も続けてすっかり本能に刻み込まれてしまったかのような“うやうやしい挙措”で返答した。



「滅相も…女神の代理人である、法王聖下の御決定に逆らうなど…」

「なれば、任命式は即座に行うが良い。」

「は…」


法王に対する大司教として完璧な礼を尽くすと、不満を満身に表したニノは、すごすごと立ち去った。










人が人を恋するのは、良い。


教会法では、あれがダメだの、これがダメだのと、色々禁じられておるが、ワシ個人としては恋した相手の、年齢がどうとか、性別がどうとか、身分がどうとかそういう事は、個人の自由に任せておけば良いとも思う。



ベネデッドという、若い頃の道楽が過ぎて病気がちの年寄り坊主はそう考えてはおるのじゃが、残念ながら、「法王ベネディクトゥス六世聖下」は、教会教義から逸脱した行為は許してはおけん。


と言うても、このサヴェッラには、ありとあらゆる悪徳が蔓延していて、下界よりなおひどい事は、いくらワシのような愚鈍な年寄りでも知っておる。




そしてワシは、ワシにはそれが今更どうしようもないことも、残念ながら知っておる…







ニノが男色を好む事は知っていた。

だからといって、特にとがめだてした覚えもない。



そのニノが…次期法王と自他共に認めるこの老獪な男が…マルチェロと“くっついた”と聞いた時も、ワシは亡き友にすまない気持ちこそしたものの、特にとがめだてもしなかった。


亡き友には悪いが、分別のついた大人同士のこと、ワシが保護者ヅラしてどうこういう事でもないと思ったのでな。




じゃが。

中年男の恋心というものは、燃え上がると怖いものじゃ。

しかも相手は、三大聖地の一つ、マイエラ修道院の若き修道院長。

あんまりにあんまりな醜聞が立ち上るに及び、ワシもなんとかせざるを得なくなった。




かくしてワシは、マルチェロを法王警護官に“抜擢”する事で、ニノと引き剥がす事にしたのじゃった。









異例の“抜擢”じゃというので、雀達がやかましい。


ああ、法王の館の庭の鳥達は、こんなにも愛らしく、そしてなごやかに囀るというのに、何故に法王庁の雀達は、ああも喧しく、そして下卑た事しか囀らんのかのう…



ああ、やはり出てきたか。


男色

ワシがあの聖堂騎士団長と×××とな。


彼らは、この手の話題になると、金か色しか頭に浮かばぬと見える。

ほれほれ、噂はすぐに噂を呼ぶ。


ニノとワシは恋のライバル…



全く…何故にいい年こいたワシが、孫みたいな年の、しかも“青年”を、首席秘書官と取り合わねばならんのじゃ。


そりゃ、若い頃は二晩や三晩は寝ずに、キレイ所とそーゆーコトをしたモンじゃが、ワシにはもうそんな元気はないわい。




Q 法王の股の間の“ボール”と、クリスマスの樅の木のデコレーションの共通点は?

A どちらの“ボール”も、ただの飾り。




ワシは、ふと思いついたシャレに、自分でウケかけるが、今は亡き友の言葉と表情が脳裏をよぎった。



ーーベネデットよ…下ネタに容易に走るのは、芸人として下じゃ!ーー



うーむ…確かにそうじゃ。

そう言うあやつは、五歳の子どもに話せないような笑いのネタは、けっしてせんかった。

ダジャレはさっぱり面白くなかったから、芸人としては下の下じゃろうが、本当に高潔なやつじゃった。








ワシは、亡き友オディロが猛烈に恋しくなり、部屋でオディロと交換した手紙を開いた。




ーーマルチェロは団長になったというのに、ちいとも贅沢をせん。院内でいっちばん質素なものを食べ、いっちばん早くに起き、いっちばん遅くに寝ておる。いくら丈夫な子とはいえ、これでは体を壊さんじゃろうかーー


ーー風邪をひいた…いや、心配せんでも良いぞ、ベネデット。マルチェロがつきっきりで看病してくれたから、とうに全快したわい。いやあ、本当にマルチェロは良い子じゃ、本当に心の優しい子じゃーー


ーーマルチェロの寄付金集めのやり方は、あまりにあくどいという噂もある…いや、マルチェロが悪いのではない。この修道院が貧乏なのが悪いのじゃ。あの子はワシをとても大事にしてくれるから、ワシに心配をかけまいと、一人で金策に駆けずり回っているのじゃ…ああ、ワシは本当にふがいないーー


ーーおぬしの違って、ワシは丈夫なタチじゃったのじゃが…やはり年には勝てんのう、年々、体が弱ってきたことを感じるよ、ベネデット。いや、今更死ぬのが怖いワケでもないが、心配なのはマルチェロじゃ。あの子は頭の良い子じゃがなにせ世間知らずじゃからのう。ワシが死んだ後で、苦労しないか心配で心配で、死んでも死に切れんわいーー





「…これ、オディロよ。おぬしの手紙の中身は、マルチェロのコトばかりではないか。」

ワシは、亡き友の手紙に、ついついツッコミを入れてしまう。


仮にも“聖者”と“聖者”との間の往復書簡なのじゃから、いま少し、“真面目”で“高尚な”事を言い交わしておると、世人は考えておるじゃろうが…肝心の中身は、大抵やつの新作駄洒落披露か、さもなければ“ジジバカ”トークじゃ。


まったく、うっかり他人に見せられんわい。



当のマルチェロは、とうに分別ついた、それどころか知勇兼備の聖堂騎士団長だというに、オディロの手にかかれば、乳飲み子や幼児のごとしじゃ。



いくら孫のような年の、しかも養い子とはいえ、いくらなんでも無分別というもの…




ーーワシが先に死ぬような事があれば、マルチェロをよろしくな。本当に、心底おぬしに頼む。あの子は本当に心の綺麗な優しい子なのじゃ…ただ、少しばかり頑迷でワガママかもしれんが、本当に良い子なのじゃ。ただ、あの子の心は純粋すぎて、悪に染まりやすい…ワシはただ、それを恐れる。ベネデット、あの子を導いておくれ。あの子の魂が、悪と罪に染まらぬように。おぬしにしか頼めぬのじゃ。ベネデッド、わが心の友、徳高き尊友。おぬしなら、きっとあの子を善に染め返してくれると信じておるーー



ワシは、死を予感していたかのような、オディロからの最後の手紙を見返した。



そしてワシは、捕らえどころのない不吉な予感を感じた。














「マイエラ修道院院長、そして聖堂騎士団長マルチェロ。法王警護官に任ず。」

未練たっぷりなニノ大司教の呼びかけ。


完璧というのも愚かなほど完璧な礼儀作法で、そして優雅な上にも優雅な挙措で、そして一分の隙もない物腰の、マルチェロ。



ワシは、オディロの言う“汚れ無きワシのいとし子”を眺めやる。


青い、わずかな汚れもない青い騎士団長服に身を包んだ、わずかな瑕も見つけ出すこと叶わない、麗しの聖騎士とも言うべき青年を、眺めやる。




「頼むぞ…」

「不肖マルチェロ、女神への信仰心の消え去らぬ限り、この命に代えましても、法王聖下の御身を守り抜くことを聖下に誓い申し上げます。」



ワシは、重々しく頷いてみせながら、どこから見ても、瑕一つ見つけ出すことの出来ないこの男の“魂”に、ひどく暗いものを感じ取ってしまう。




どこから“見て”も、瑕一つ探し出せぬマルチェロという男の内部を、“悪と罪”が蚕食しているような気配を、感じ取ってしまう。



わが友も感じたのであろう“なにか”を。




恋人に永久の別れを強いられたかのように、マルチェロを食い入るように眺めるニノ。

それにはそ知らぬ顔で、完璧に礼儀の範疇ながら、ワシを仰ぎ見るマルチェロの眼差しの、なんと不遜な事。

そう、ワシを踏み越えてやろうとでも言わんばかりの、挑戦的な色ではないか。







もしかして、もう、遅いのか…











任命式を終えたワシは、嫌でも耳に入るサヴェッラの雀達の囀りを聞く。






   しかし、聖下も酔狂なことをなさる。あんな下賤な生まれのものに法王警護の重任を課されるなどと…あんなメイド腹の庶子など、聖堂騎士団長ですら不遜だというのに。


   いやいや、いとやんごとないお生まれの聖下のことだ、きっと深いお考えがあっての事に違いない。


   考え?異例の抜擢になにが?


   “官打ち”だ。

   その役目に値しない者に、あえて高位高官を与えることによって、その不幸を招くという、呪詛の一種さ。


   成る程。下衆の分際で法王警護官になぞ成り上がった奴が、思いあがるあまり、身の程知らずの所業をしでかして、自滅するのを待つというわけか。さすが聖下、神慮とも言うべきご配慮であられる。


   ははは、より高みから落ちたほうが、傷はいや勝るからな。…とっとと転げ落ちるが良い、あの下郎が!!









ワシは、もはや全ては、如何ともしがたいのではないかという不安を感じる。




マルチェロの瞳に映るワシは、ただ高いだけの障壁なのだけろうか。

法王警護官より、さらに高みを目指さんとするマルチェロの瞳に映る“障害物”なのだろうか。

そしてこの青年は、“障害物”を叩き壊し、そしてその残骸を踏み越えんとする男なのではなかろうか。



ワシは白昼ながら、“罪と悪”に染まった魂を持て余し、天空から業火の奈落へと堕ちて行く、優美な純青の魂を幻視してしまった。









すまん…オディロ、すまん…


ワシは亡き友に詫びる。


マルチェロを法王警護官に任じ、ワシという“一番の高み”“最大の障壁”を間近に見る場においてしまった事を詫びる。




見てしまえば、青年は欲するだろう…自らがその地位を得ることを。

そして手を延ばすだろう…それを得るために。




そしてそれは、罪の行為となるだろう。






オディロよ、すまん、オディロよ。


ワシは知らず知らずのうちに、おぬしのいとし子を、呪ってしまったらしい。






2006/12/18




「官打ち」別名「位打ち」とも言います。やたらと高い位を与えられると、不幸になるというお話。ちなみに、日本史上最も有名な「官打ち」被害者といえば 源実朝 ですね?
来年サイトが出来るか微妙なので、ちゃんと童貞聖者を進めとかなきゃいけないなーと思って、書きました。
兄貴が法王警護官に就けたのはゲームのように「ほっぽっとくとアブない子だから」なのですが、その「アブない子」の中に「やたらと周囲を悩殺しちゃうから、さっさと引き剥がしちゃおう」という法王様のご配慮を入れ込んでみました…法王さま、そういう事は、もっと早くやって下さい。
べにいもは、法王さまはあのオディロ院長のトモダチだし、けっこう面白いじいさんだと思っています。ただ彼の悲劇は、自由のきかない地位にいた事と、周囲の奴らがシャレの通じない奴ばっかだったという事だと思います。そして、マルチェロをうっかりオディロ院長との友情にほだされて、引き受けちゃったことかな…

というワケで、ニノマル祭りはまだまだ続いていますし、次はついに、わんこ戦と煉獄島です!!ニノさま、ファイトっ!!




童貞聖者 一覧へ inserted by FC2 system