負けたらいいじゃない




聖地ゴルドでの決戦のお話。
「まだ全然肝心な話を書いてないのに、なんでもう決戦やねん」
という方は「はじめに」をご覧下さい。
ええ、拙サイトは『ファイブスター物語』方式なのです






















「負けたらいいじゃない。」

お母さんはそう言った。



「あんたって、“よいこ”のくせに、負けず嫌いよね。なんでそんなにシャニムニ勝ちたがるの?」

僕は、お母さん…奥様の方じゃなく、僕のフリアお母さんの言うことが分からない。



「駄目だよ、お母さん。負けるのは“悪いこと”だよ。」




負けることは“悪いこと”


“悪魔”は、僕が他の社交界に出てくるような“ごれいそく・ごそくじょ”に、お勉強でも、礼儀作法でも、負けたらすごく怒る。



「俺の顔に泥を塗りやがって!!」

そう言って怒る。



負けることは、“恥ずかしいこと”

負けることは、“悪いこと”


僕は、お母さんの言葉の意味が、全然わからない。














私は、手にしたレイピアを振るい、赤毛の娘に切り付ける。


卑劣?

戦場に赴いた以上、男も女もあるものか。


戦闘力上昇の呪文を唱えるから、まずはこの女から始末する…ただの戦術だ。



女は血を噴出させてよろめいたが、その体は思ったより柔弱ではなく、その息の根は止まりはしない。


「面倒な。」

私はもう一太刀浴びせるべく、体勢を動かす。



「ゼシカっ!!」

黒髪の青年が、私の行く手を阻むように飛び出す。


私の太刀筋は今更変え様もなく、しかし正確に、黒髪の青年を切り裂いた。




「…くふっ…」

青年は軽く呻いたが、それでもよろめきすらせず、赤毛の娘に回復呪文をかけた。




「厄介だな…」

回復呪文があると、戦いが長引く。


だが今の私には、この杖の力がある。

私の魔法の力は尽きることがなく、そしてわたしの体力は“人の分を超えて”いる。

あとはただ、奴等の体力が尽きるまで攻撃してやるだけの話だ。

それに見る限り回復呪文を唱えられるのは、この黒髪の青年と…



私は、レイピアを手にして私を見つめる、青い瞳を見据えた。














「頭なんて下げてやればいいじゃない。黙って俯いて、はいはい、って言っておけば、向こうは満足するんだから。」

お母さんは、僕に言う。



「やたらと、勝ったり、人を跪かせるのが好きな人っているのよね。いいじゃない、そうさせとけば。ってゆーか、そこで“クツジョク”とか感じる気持ちが分からないわ。」














僕は、オディロ院長に跪く。




院長は、仰る。


「マルチェロや、お前がワシに跪くのはなぜかね?」

「院長が、とても偉い方だからです。」

「ワシが偉い…そうか、マルチェロや、ではどうしてワシが“偉い”と思うのかね?皆が言うからかね?」

院長は、僕の瞳を覗き込んで仰る。




僕は、お答えする。

「違います。僕が、院長を“とても偉い方だ”と思うから、僕は跪くのです。」


院長は、そっと微笑んで仰る。

「ありがとう、マルチェロや。ならばワシは喜んで、お前の礼を受けよう。だがね、マルチェロや。もしお前がワシを跪くのに値しないと思ったら、お前はけっしてワシに跪いてはいけない。」

「なぜですか?」

「心にもない敬意は、相手への気持ちをどんどん失わせる。お前がワシを敬いもしないのに跪くのだとしたら、いずれお前はワシを軽蔑し、憎悪することともなろう。お前が見上げるワシに敵意を抱き、いずれその首を踏みつけようとするだろう。だからお前は、心にもなく跪いてはならない。誰かを見上げることで、その人を踏み越える気を持ってはならないよ。」



僕は、院長の仰る意味が良く分からなかった。

でも、院長が仰るからには、そうなんだろう。

だから僕は、はい、とお返事した。


すると、院長は微笑まれた。

「お前が頭を下げるのは、お前が心から首を垂れる事が出来る人でありますように。だからお前が、どんな人を相手にしても、首を垂れるに値する何かを見つける事が出来るようになりますように。」

そうして院長は、僕に優しい祝福を下さった。














山賊崩れらしき人相の悪い男が、私に斧を振り下ろす。


私が“ただの人の身”であれば、骨すら断ち切ったであろうその一撃も、今の私にはそこまでのダメージを与えるわけではない。


私は回復呪文を唱えてその斧傷を癒し、そして、呪文を唱えて巨大な火球を出現させた。




この男は、私の呪文から自ら身を守る術は持たない。

ただの山賊崩れだ。斧を振り回す事は叶っても、呪文を唱えることは叶わない。




私は違う!

私は僧侶の身かもしれないが、聖堂“騎士”として剣も振える。

魔法とて使いこなせる。



こやつらとは違う。

魔法使いの小娘は魔法しか使えず、戦士の端くれと言ってやってもいいこの男は、呪文を使えない…そんなこやつらとは違う!!


こやつらごときが私の最も高みに踏み出した階段を塞ぐのは間違っている。



私に跪き、私をただ仰ぎ見ればよいだけなのだっ!!




「メラゾーマっ!!」

そして私は、男に業火の塊を叩き付けた。














「ニノさま。」

私は、私が跪いたとて、さして私より視界が高くなるでもない俗物の小男に、跪く。



「うむ、マルチェロ。」

小男は、清貧を旨とする女神の僕の分際でありながら、庶民ならば家の数軒も買えそうな宝石を無駄にけばけばしく嵌めやった指で、おぞましくも私の頬に触れる。




私は、内心の不快感を押し隠し、我ながらぞっとするような媚態を示して、小男を見上げる。




それを見下す小男の表情の、“満足そうな”こと。






俗物が!!

私は心の中で吐き捨てる。


女神の“気まぐれ”で、“いと尊き血”をもって生まれただけで、何の努力もなしに今の大司教の地位に安住する俗物。


血を吐くような思いで自己を鍛練し、魂を悪徳に染めることで今の地位を得た私は、だが、この小男に跪かねばならない。




私が“悪魔の子”というだけの理由で!!






私は、ただ“尊い血”を持つというだけの理由で、私を玩弄する権利を持つと思う、思い上がった悪徳の塊のような男を見上げ、表面のにこやかさとは裏腹に燃え上がる、青い焔のような怒りをそれでも押し隠す。






この男には、私を跪かせるに足る理由など、一滴すら存在しない。




だから私は、いつか…いや、力を得たならばすぐさま、この男の脂ぎり禿げあがった頭を、土足で踏みつけてやりたい!!














予想以上に素早い剣先が、私の法王の衣を貫く。


「ふふん、貴様のようなロクデナシでも、いくばくの成長はしたという訳か?」

私は笑って、赤い聖堂騎士の服に身を包んだ“男”に問う。



「…」

返ってきたのは、青い瞳の見返しのみ。




私は、手にした聖銀のレイピアで、すぐさまその視線にカウンターを放った。


“男”の赤い服が、その色と同じ液体でそまり、べたりとした質感がそれに加わる。




「だが、まだまだ…いや、決してお前は私には追いつけん、ククール!!そもそも、マイエラにいた時分に、貴様が一度でも私に勝てたことがあったか?貴様はなんでも小器用にこなしたが、結局それだけの男だ!!貴様はマイエラを追い出されてからいくばくかの経験を積み、強くなったつもりかもしれんがな。私には勝てまい!!…この杖の力すら、モノにした私にはなっ!!」





「…暗黒神に魅入られたくせに…」

“男”は、聞き捨てならない言葉を吐いた。







「…何?」


「あんたは暗黒神の力を“モノにした”わけじゃない。いくらあんたが化け物じみた精神力の強さを持ってるとはいえ、暗黒神はそこまでヤワじゃない。あんたは利用してるつもりで、暗黒神にまんまと利用されてるんだよ。」



“男”は、回復呪文で私の負わせた傷を完全に癒した。


旅に出る前は使えなかった、高度の回復呪文で、だ。






「アンタはおかしくなってる…そりゃ、確かにそもそもおかしいくらい自己意識は高い奴だったけどな…今のアンタはおかしいよ、オディロ院長の親友だった前の法王さまを殺してまで、アンタは法王になりたがるような男じゃなかったよ…兄貴っ!!」



「兄と呼ぶなッ!!私は貴様のような弟を望んだ事など一度もないっ!!忌まわしいロクデナシめっ!!私は暗黒神に操られてなどはいないっ!!私は私の意志で、あの老いぼれを殺したのだっ!!」




私は、私の中を荒れ狂う怒りの中に、なにかどす黒いものの存在を感じた気がした。




「違うッ!!」

そした私は、“私の意志の力”で、それを否定した。





「あくまでも信じぬと言うのなら、証拠を見せてやる、ククールっ!!」








私は、“祈りをこめて”十字を切った。














世迷言をほざく老人がいる。

私は冷然とその老人を見据える。

私の手には、杖。




老人は、ついにその口を閉じ、そして天を見上げる。

「すまん、オディロよ。ワシはついに“お前の愛し子”を救うことは出来なんだっ!!」




私はその老人の胸に、杖を突き刺した。









老人は倒れ伏す。


生ある時は、“法王ベネディクトゥス六世”であった肉体も、こうなってはただの老人の躯に過ぎない。




私はブーツで老人の躯を踏みつけ、奥まで貫いた杖を引き抜いた。




高揚する気分に耐えかね、私は私の体内に“歓喜”が巡るのを感じた。



かつて、私を跪かせた“いと高き方”


“女神の代理人”たる、老人は、だが、一介の“悪魔の子”たる私の力によって、討ち滅ぼされたのだ。




これが歓喜せずに、おられようかっ!!














「思い知ったか、ククールっ!!これが私の力だっ!!暗黒神に“利用”されているっ!?たわけた事をッ!!私は女神の…たかが女の分際で私を見下ろす、あの女神の力をすら自在に操ることが出来るのだっ!!」



私は、体内に充ち溢れる歓喜のままに哄笑し、たかが石造の分際で私を“見下ろす”女神を見上げた。




女神よ、貴様は私を見下ろしてはいるが、もはや私には逆らえぬ。


私の“祈り”に従い、その力を差し出すしかない、無力な女よ。

私は貴様に反逆した身だが、もはや貴様は私を制することはあたわないのだっ!!















「お母さん。お母さんは“おんなのひと”だから、負けてもいいんだよ。だってしさいさまが言ってたよ“おんなはよわいから、ひざまずく”って。でも、僕はおとこだよ?」

お母さんは、やれやれ、って顔をした。



「オトコってば、どいつもこいつも

『おれは女より強い、女よりエラい』

って言いたがるけど、あんたみたいなチビっこでも、もうそんなナマイキな口叩くのね。」



僕は“チビっこ”って言われて、ちょっとムッとした。



「“強いから弱”くて“弱いから強い”コトだってあるのよ。」

お母さんは、そんな“ろんりてきにむじゅんしている”ことを言って、そして付け加えた。




「ま、あんたみたいなチビっこには、まだ分かんないかもしんないけどね、マルチェロ。」















私のグランドクロスを受け、倒れ伏したはずの“男”は、信じられないことに立ち上がった。




「…しぶとい虫ケラめ…」

「生憎だけど、アンタにゃさんざブチのめされたからな。しぶとさにゃ自信がついたよ。」




“男”は、その女神のように澄んだ青い瞳で私を見据え、体内に力を溜め始めた。




「こすからい虫ケラめ。その口を永遠に封じてやるっ!!」

私は口内で呪を唱え、真空を“男”に叩きつけようとしたが、山賊崩れの男の渾身の斧が、それを邪魔した。




「血の繋がった兄の言葉とは思えねぇな。」

「私に弟などいるものかっ!!」

「イヤミにキレがなくなったわね。ついにそんな余裕もなくなったの!?」

振り向く間もなく、灼熱の火炎が私の衣と私の肉体を焼く。




私のグランドクロスをまともに受けたくせに、なぜこいつらは動けるのだ!?


私の疑問に答えるように、己が仲間に最大の回復呪文を唱える黒髪の青年の姿が、私の瞳に映った。







回復呪文を唱える余裕がない。




私は奴等より、遙かに強いのに。


私は奴等より、遙かに速いのに。




なぜ私は、奴等の攻撃を防ぐので手一杯なのだ!?










「あんたは強すぎたんだよ、兄貴。」

声がした。




「あんたは強い。自分の力以外を信じられないほど、あんたは強い。兄貴、あんたは強すぎたんだ。だからあんたは、自分の弱さを見つめられないんだ。だから、人を信じられないんだ。だから、人に助けを求められないんだ。」




私は、世にも矛盾した発言を為す、その形の良い唇を見つめる。




「あんたは強すぎるから、弱いんだよ、兄貴ッ!!」



「呆けたことをっ!!私は強いッ!!だから私はここにいるのだ。私は強いッ!!私は、私を跪かせた何者をも、逆に跪かせてきたッ!!貴様も見ただろうっ!?暗黒神も、そして女神もっ!!私はその力を自在に操ることができるのだっ!!だから私は…」

「それなら…オレだって…“顔とイカサマだけが取り柄のロクデナシ”なオレにだって出来るさ…」





“男”は、手にしたレイピアで、地面に奇妙な陣を書き上げた。




「…法王様?あんたが女神の力を“利用”するってんなら、オレは悪魔の力を“利用”してみせてやるよ…」




おぞましいまでの妖気が、あたりに立ち込めた。






「地獄の雷よッ!!オレに力を貸しやがれっ!!オレの兄貴を…いや、“オレの兄貴の、兄貴を滅ぼそうとする思い上がり”を、その力で打ち砕いてやれっ!!」




“男”は、レイピアを勢いよくその中心に刺すと、叫んだ。





「ジゴスパークっ!!!!!!」





















禍々しい威力が、私の肉体に叩きつけられた。











お母さん、それでも僕は強くありたいよ、負けたくないよ。









思わずのけぞる己が身を、私は必死で支えようとする。















お母さん、それでも僕は跪きたくないよ。









私は跪かない。

私はそれを望まない。



そもそも祝福されて生まれてこなかったのに、望まれて生まれてこなかったのに、どうしてまだこの上に望まれないことをしなければならないっ!!??

















「お母さんっ!!僕はそんなのいやだよっ!!!!」









虚空に浮かぶ、女の姿。



若くして死んだ彼女は、私が彼女の年に追いついて尚、私の瞳に焼きついたその姿は若いまま。




彼女は、私と同じ黒髪を、やれやれと言いたげに振り、

彼女は、私と同じ緑眼で、仕方ないと言いたげに私を見つめ、

そして言った。










「変な子。理解できないわ。」




私は彼女に縋りつくべく手を伸ばしたが、私の手はただ虚空を攫むばかりで、彼女は私を支えてはくれなかった。

















“だから”私は、己が意志に反して跪いた。













“この世で最も忌まわしい”我が弟の足もとに。






2007/6/23




一言感想「マルチェロに止めをさすなら、やっぱりククールで、そしてジゴスパークだと思う。」

というわけで“あくまの子”以来、一年ぶりの登場となる、マルチェロの実母フリアさんであります。
よそ様のマルチェロの実母は、だいたい弱いけれどもっと心優しい女性なのですが、“ナンバーワンよりオンリーワン”を目指す拙サイトの彼女は、あんまり優しくないです。
つーか彼女の設定が「髪も瞳も、そしてエロボディもマルチェロに遺伝しているけど、性格は絶対合わない母親」だからなのが悪いのですが。
彼女は彼女なりに息子を愛してはいますが、息子を理解しようとはほとんどしていません(まあ確かに、かなり理解しがたい思考回路を持つお子様ですが)。そしてマルチェロも、母親を理解しようとはしていません。だから彼女が若くして死んだのは、もしかしたら不幸中の幸いだったのかもしれませんが、そのせいでマルチェロは“他人は理解しようとしなければ理解できない”ことを学ぶ機会がなくなってしまったのかもしれません。
なにせ彼の養父のオディロ院長は“聖者様”なので、問答無用で溢れんばかりの愛情を注いでくれたわけですから、マルチェロも別に“努力してまで他の人を理解する”必要を感じなかったのではないでしょうか?その結果、彼の周りには、マルチェロの問答無用の崇拝者(グリエルモ等)か、人間離れした忍耐力と善意でマルチェロを理解しようと一方的に努めちゃう人(トマーゾ)か、または結局、マルチェロから離れて?しまう(ククール)人ばかりになってしまった訳ではないかと。
オディロ院長がいなければ、マルチェロは確かにグレていたかもしれませんが、逆に、院長がいたからこそ更に(その死の反動で)彼は悪人街道を突っ走ることになってしまったのではないか…とべにいもは思います。(別に院長が悪いわけではなく、たまたま取り合わせが最終的に最悪な化学反応を引き起こしてしまったということなのでしょうが)

“母親が”云々というオチは、もう使い古されているのであんまり使うのもよくないかと思いましたが、いくらうまいこといかなかった仲とはいえ、オディロ院長が最高の愛を注ぎまくったからとはいえ、実母の存在が彼の中から完全に消え去りはしなかった、ということを書きたかったのです。
オディロ院長に縋りついたのなら、院長は(マルチェロに甘いので)マルチェロの手を掴んで立たせてしまったでしょう。
でもさすがにマルチェロも(院長の旧友の法王さまをその手にかけてしまったことで)院長には縋りつけないと思ったのでしょう、そして彼には、縋りつける相手はもう(あれだけその生き方を否定したのに)実母しか残っていなかったのでしょう。
けれど、そんなことを今更されても、実母は彼の手を拒みます。「理解できない」から。

選択するのは父の愛で、全てを受け入れるのは母の愛…だそうです。
だから、「理解できない」から息子の助けを求める手を握らない彼女は、やっぱり母親失格なのかもしれません。
けれど、べにいもは思うのです。母親だって人間なのだから、自分を理解しようとも、愛そうともしない人間を問答無用で「愛せよ、助けよ」と言われても、「えー?マジでー?」と思うことだってあるのではないでしょうか。

マルチェロが母親に伸ばした手がなにも掴めず、支えを失った肉体が跪くことになってしまったのは、マルチェロもそう思ったから、何も掴めなかったのかもしれません。

あ、ククールの話ができなかった。




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