破門
ソースをどこかへやってしまったのですが、最近、南米で実際に起こった事件です。
義父に強姦され続けて妊娠してしまった12歳の少女を、母親の承認のもとに産婦人科医が堕胎させた。
これは、少女があまりに幼いため、出産することになれば母体も生命の危機に陥るとの医学的な判断の上での処置でもあるのだが、彼女たちがカトリックであったため、司祭が激怒。
母親と産婦人科医を破門(カトリック教徒でなくすこと。これをされると、その人は一切の奇蹟を受けられなくなるため、死んでも天国には絶対に行けなくなる)した。
ちなみに、その司教のコメント。
「義理の娘を強姦するより、神から授かった命を失わせる堕胎は尚更悪である。」
これを読んで、オディロ院長ならなんと言うか考えてみました。
「女神なんかクソ喰らえだっ!!」
激昂した女が、悪魔のような形相で叫び、オディロ院長に唾を吐きかけた。
「貴様っ!!」
手にした剣を抜こうとした瞬間、
「おやめっ!!マルチェロっ!!」
オディロ院長の、ほとんど聞いたことがないような叱声が私に飛び、私は手を止める。
「しかし…」
オディロ院長の顔にまともに飛んだ女の唾が、流れ落ちようとする。
私は手巾を出してそれを拭おうとしたが、オディロ院長はそれすらも制された。
生臭い。
小屋の中には血と汚物の混じった生臭さが充満していた。
そして、女の声に驚いた赤ん坊の泣き叫ぶ声。
産婆がしきりにそれを宥める仕草をとりつつ、落ち着かな気にこちらの様子を窺う。
傍らでは、教区の司祭が彫像のような面もちで立ち、そして。
床の上では、幼さの残る面持ちの娘が、苦悶の痕を消しきれない表情で、息絶えていた。
事の発端は単純だ。
息絶えた娘が、ならず者に強姦され、妊娠したのだ。
娘というより、少女というべき年齢の娘は、子供を生むには幼すぎた。
娘はもちろん子どもを産む事を拒んだし、母親も娘を堕胎させようとしたが、厳直な新任の司教は、教義にもとる堕胎という行為を認めず、教区内で堕胎を行った産婆は破門すると宣告した。
よって、専門の産婆の手によるそれを封じられた母親と娘は、とうとう更に怪しげな堕胎婆に依頼するまでになったが、生憎とそれは遅すぎた。
若すぎる母親であったが故か、
堕胎婆の手腕が怪しげでありすぎたが故か、
まあ、両方の理由だろう。
娘は出産せざるを得なくなり、赤ん坊は生きて生まれた。
代わって娘は酷い難産の挙句、死んだ。
母親は、せめて娘に終油の秘蹟を、葬式をと頼んだが…
「何度でも言う、その娘は地獄へ堕ちる。」
若い司祭は言う。
「女神が与えられた命を自ら損なおうとした女を、女神は御救いにならない。」
きっぱりとした口調だった。
「女神ってクソ売女はドコに目ェついてんだっ!!だったらこの子をヤった男をまずは黒焦げにすべきだろうよっ!!いや、その前になんで可哀想なこの子を守っちゃくれなかったんだ、あんたらの言う“慈悲深き女神さま”ってヤツはさっ!!」
女は殺気をはらんだ瞳で一同を見回した。
司祭も、オディロ院長も、同じ瞳で。
「強姦はもちろん悪だが、女神の創り給うた摂理に背いてはいない。だが、堕胎は女神の創り給うた摂理に…」
「てめえら坊主はいつもそうだっ!!タマとサオが飾りでない野郎は情婦にガキをこさえやがるし、飾りの野郎どもは女ってのが何だか皆目知ってないっ!!」
女の瞳が獣のようにきらめいた。
「男と女がよろしく楽しんだってねぇ、ワリを食うのは女なんだっ!!女ってのは要りもしないガキを腹に仕込まれるんだよっ!!…楽しんだんなら、まだいい。まだあきらめがつく。でもね、可哀想なこの子は、楽しむことすら知らないまま、ガキに腹を喰い破られたんだっ!!」
女は叫び、司祭の前にずいと進んだ。
「てめぇら坊主はいつもそうだっ!!高いアガりを善良なアタシらから吸い上げて、美味いモン食ってクソの役にも立たねぇご高説吐くための糧にして…でも、するコトって言やぁ、可哀想なアタシらをを地獄に叩き落すことだけだっ!!」
女は、娘の頬を撫でた。
撫でれば生き返るとでも言うかのように、何度も撫でた。
「可哀想な、可哀想な子。アンタは生まれてから死ぬまで、何ひとっつだって良いことがなかったのに、死んでも
『女神さまのお膝元に行ける』
って言葉すらもらえないんだ…」
「無知蒙昧な女ごときに、女神の広大なる御知恵計り知れるものかっ!!」
女の狂気の迫力はかなりのものであったというのに、司祭は揺るがずに言葉を返す。
「女っ!!そして罪深き堕胎婆よ、お前らも同罪、破門するっ!!」
そして、宣告した。
「少しお待ち。」
オディロ院長が、間に入った。
オディロ院長はマイエラ修道院区域内の全権をお持ちではあるのだが、謙譲の美徳をお持ちであるため、教区の司祭や司教に口出しすることは好まれない。
だから、このようなお言葉を仰るのは、ひどく珍しいことだった。
「オディロ院長…」
「すまないね、年寄りの差し出口だよ。差し出口で済まないのだが…良ければ、ウチでこの娘さんの葬式を挙げさせてはもらえないかね?」
「…!?」
司祭の顔が硬直した。
「オディロ院長、こちらこそ差し出口ながら意見具申致します…教義違反でございますぞ?」
私もオディロ院長の御様子を窺う。
「これは破門に値する…」
「そうかね、ではワシも破門しておくれ。」
「…」
司祭は絶句した。
「ワシもお前さまも、等しく女神の僕じゃ。“過ちを指摘することに”憚ることなどないよ。」
「…」
さすがにそこまで言い切る自信はなかったとみえ、司祭はうなだれた。
オディロ院長は、院長を喰い殺しそうな瞳で見据えたままの女の方を向く。
そして私は、いつでも事態に対処できるよう、剣の柄に手をかける。
「…良い事をしたつもり?」
女はうすら笑った。
「そのクソ司祭が言う事を聞くのは、アンタが偉いサンだからだよ。アンタが正しいからじゃない…ましてや、アタシらのことを少しでも考えたからじゃないっ!!」
オディロ院長は何も仰らない。
「自分より弱い人間に言う事を聞かせて満足してるのは、アンタもそのクソ司祭も同じだっ!!誰も…誰も…」
女は唐突に産婆を押しのけると、赤ん坊をひっつかんだ。
「こんなガキだってアタシとこの子を苦しめる…」
叩きつけるか?
女の動きはそれを示唆した。
「オディロ院長っ!?」
止めろと仰れば私は止めるつもりだったが、院長は身じろぎもなさらない。
そして女も、それ以上手を動かさなかった。
「このクソガキは呪われろっ!!」
女はその言葉と共に、赤ん坊をオディロ院長に投げた。
「女神と一緒だ、クソだっ!!この世の何もかも…」
女は死んだ娘の傍らにうずくまった。
ただ、獣のような泣き声だけを、私たちは聞き続けた。
「この子を腹から喰い破ったガキの面なんて二度と見たくない…」
しばらくして、女は言った。
オディロ院長の懐に抱かれ、つぶらな瞳で女を見つめる赤ん坊に向かって、言った。
つかつか
そして、立ち尽くす司祭に向かって歩むと、公然と頭を上げて言った。
「受けてやるよ、もっぺん言いな。」
「…?」
「アタシを破門したんだろ、もっぺん言いな、今度はそのじいさんに邪魔させやしないよ。」
「…女神の創り給うた摂理に背いた罪で…」
「あ?声が小さくて聞こえやしないっ!!」
「破門するっ!!」
女は満足そうに笑った。
「女神なんてクソ売女の膝元なんて、しみったれててちいとも楽しくないよ、ねえ、可愛い子。」
そして、娘の頬を撫でた。
堕胎婆は、とうに逃げ去っていた。
「オディロ院長…」
帰り際、私は言う。
「そうだね、マルチェロや。」
私はまだ何も言葉にしてはいないのに、オディロ院長は肯定される。
「マイエラ修道院院長なんぞという、仰々しい地位についていて、人さまにご飯を食べさせてもらっているくせに、人さまに偉そうに教義を説くのが仕事のワシがこんなことを言うのも何なのだがね…」
「は…」
「全ての人の子は女神の愛し子で、女神さまは、人を幸せにするためにおわす…」
「…」
「…はずなのに、のう…」
オディロ院長は嘆息なさり、そして懐に抱かれた赤ん坊をあやされる。
「可愛い子や、お前は幸せになりなさい。」
そして、言葉を直された。
「いや、可愛い子や。お前は幸せに“ならねばならない“よ。」
そして、微笑みながらも、嘆息なさった。
終
2009/4/4
一言疑問「誰が為に女神は存在する」
マルチェロは珍しく自分では何も言ってませんが、多分、彼的には「司祭の方が理屈が通っている」と思っているんでしょう。(オディロ院長がいるから口にはしないだけで)
ウチのマルチェロって、自分は世間の理屈に酷い目に遭わされたくせに、“自分以外(女性とか)の弱者”には、皆目同情しないという素晴らしく視野の狭い男ですから。
ちなみに先に言っておきますが、DQ世界の宗教は十字架とかがホーリーシンボルで、なんとなくキリスト教っぽいってだけで、実はキリスト教ではありません。
よって「それはキリスト教としてここがおかしい」というご指摘は無用にお願いします。
でもまあ、勉強のために中世とか近世のキリスト教の教義とかをみていると、“厳密に定義すれば”この世の中のほとんどの一般人の行為が“破門に値する”ような気がしてなりません(まあべにいもは仏教徒なんで良く分りませんが)
では、なんで破門されずにみんなが済んでいるかと言うと、“ま、いいじゃん”という“オトナの心の広さ”を大概の人(聖職者も)持っているからです。
ただ、今回の司祭さんのようにたまにものすごく“真面目な”人が出て、“厳密に”いろいろしすぎちゃうと…こんな気の毒なことになってしまうと。でも、みんな“まあいいじゃん”だと腐敗してしまうから、ルターみたいな人も必要となるわけで。
…清濁に調整をつけるのって難しいですね。(あっさりと片づけた)
で結局、オディロ院長は何と言うか考えてみて結論は
「何も言わない」
かな、と。
しかし、このお母さん、よくマルチェロに一太刀で切り下げられなかったものです。
女神さまからの返答 「我は我の為に存在するのです。」