どっちがどっち?




ゴルド直前のククールとゼシカの短い会話











「騙すヤツと騙されるヤツ、どっちが悪いと思う?」

「騙すヤツが悪いわよっ!!」

ククールの問いに、あたしは即答した。



「実に君らしい返答だ。」

ククールは気取って




そして、ちょっと笑った。









笑ってる場合じゃない。

あたしたちは今、敵陣の只中。

と言ってもダンジョンの中じゃなく、ここは




聖地ゴルド

法王の就任式の真っ最中。


そして新法王は…




「ちなみに、新法王さまのお考えは…」

「騙される方が悪いってんでしょ!?」

ちょっと気負いが入ってて、あたしの語気は荒い。



ぱちぱちぱち

「大正解、さすがゼシカ嬢は才媛でいらっしゃる。」

なのにククールは、スカした笑みのまま。




なによこいつ。

ついさっきまで、二階からイヤミが死ぬとか、死なないとか、確率3分の2とかで悩みまくってたくせに。




「ったく。誰だって分かるわよ。前の法王さまを助けるために法王の館に…たしかに”乱入”ではあったけど…乗り込んだあたしたちを、よりにもよって法王暗殺犯に仕立ててくれたお方だものねっ!!」

ククールは、なんだか落ち着き払ったように微笑む。




「昔からそうだよ。騙される方が愚かだって公言して憚らなかった。そして、あの人を騙し、利用とするヤツは確かに山ほどいたし…でも、あの人は誰にも騙されなかった。利用されているように見せかけて、そいつをうまいこと利用した。」

「さすが、聡明なお方は違いますこと。そりゃ、使いすぎたアタマも薄くなるってモンよ。」

「はは、そりゃ確かに。使いすぎると磨り減るよな。」

ククールはようやく、悪ガキみたいに笑った。




「でもさ。」

でも、すぐに真顔に戻った。」




「あの人は、オディロ院長だけは心から、わずかの偽りもなく信頼していた。うん、オディロ院長はホントに立派な人だったからさ。ほんっと立派で…なんであんなに立派なのかって、兄貴は

『聖者でいらっしゃるからだ』

って、目いっぱい断言してた。聖者だから誰もオディロ院長に害意を持たなくて、聖者だからみんなに愛されて…オレもそう思ってた。そう思ってたから、ある日、オディロ院長にも言ってみた。

『オディロ院長は、聖者だからスゴいんだね。誰からもウソつかれたりせずに、信頼されるんだね。オレと違うね』

って。」


「…ソレって…」

「うん、君の言いたいことは分かる。そして、オディロ院長も言った。

『違うよ、ククールや。間違ってはいけない。ワシは聖者などではない、ただの無力なじいさまだよ。ただね、もし人がワシを傷つけないんだとすれば、それはワシが人を傷つけないからだよ。人から信じられるのだとしたら、まずワシが信じるからだよ。ククールや、間違えてはいけない。』

そして、院長は…あんなにチビっこいのに、オレの全てを抱きかかえるようにして、言った。

『傷つけるから、傷つけられるのだよ。愛さなければ、愛されないのだよ。もしお前がワシと違うのだとしたら、ただそれだけのことなのだよ。』」

「…」


「オレ後半部分を信じなかったよ。オレは兄貴を愛してたけど、でも兄貴はオレを愛さないじゃないかって。ソレは…今でも信じてない。」

「…」


「でも、前半部分は今、ようやく信じられるよ。

『傷つけるから、傷つけられる』

兄貴だ。兄貴のことだ。兄貴は誰も信じないから信じられず、愛さないから愛されず、傷つけるから傷つけられる。兄貴はオレたちを傷つけたから、今、こうしてオレたちに傷つけられようとしているんだ。」




傷つける

その言葉が、なんだかあたしを傷つけた。


あたしたちがしようとしていることは、確かに正当な理由はあることなんだけど…でも”傷つける”ことに違いはない。




「いきなり士気ソソーすんなよ、ハニー。」

ククールは、いきなりにやっと笑って、あたしのかなりきわどい部分を


バンっ

と叩いた。




「何すんのよっ!!」

反射的にブチ返す。




「気にすることねーよ。」

ククールは、自分で言い出したくせに無責任なことを言い出す。


「アンタが…」

言い返そうとしたあたしに、ククールは言う。




「オレたちがなにもしなくたって、兄貴の周りは兄貴を傷つけるヤツばっかだ。」

「…」


「いや、兄貴ならその周りの人間を全て切り倒すんだろう。そして、みんな切り倒したら、兄貴を傷つけるヤツは…」

「誰もいなくなる?」


「兄貴が、兄貴自身を傷つけるだけさ。」

「…」




「他人に傷つけられるのと、自分で自分を傷つけるのと、どっちが惨いと思う?」

「…そんなの、分からないわよ。」




「オレは、自分を傷つけるほうが惨いと思う。」

ククールは、いやに爽やかに断言した。




気付けば、もうゴルドの神殿の入り口はすぐ。

そして、あいつのいやに朗々と響く声が聞こえた気がした。






「だから倒そう。」

見張りの聖堂騎士に聞こえないように、ククールはあたしに囁いた。









「兄貴が、自分で自分を傷つけ始める前に。」







2009/2/3




一言要約「他人はあなたの鏡だ」

「2月のことば」の意訳話…のはずが、趣旨がズレた気もするので、一応口語訳を。

人は誰もが誠実であるとは限らないが、他人を信じる者は自分だけは間違いなく誠実な人間である。
人は誰もが不誠実であるとは限らないが、他人を疑う者は自分だけは間違いなく不誠実な人間である。


ものすごくオディロ院長が言ってそうな言葉(なにせこの『菜単譚』は、性善説に則って書かれてますから)なので、オディロ院長に語っていただきました。
そして、マルチェロは間違いなく性悪説の原理で物事を考える人なので、いくらオディロ院長の言葉でも、信じてないんだろうな。

敵だと思えばその人は敵
味方だと思えばその人は味方

かくしてマルチェロには敵ばかりが増殖し、ますます彼は人を信じられなくなるのでした。(ちゃんちゃん)




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