You Are My Sunflower
煉獄島を脱出した一行の、トロデ王のお迎えの短い船旅でのゼシカのお話。
この世の地獄、煉獄島での一月という、長いながーい幽閉から脱出したあたしたち一行。
カンペキにタイムリーなトロデ王の船でのお出迎えを受けて、懐かしい自分たちの船に乗り込み、そしてみんなで顔を見合わせて
ほっ
と一息ついて…
あたしは、一目散に船底へ走った。
「ヒヒーン!」
相変わらず真っ白でキレイな毛並みのミーティアが、再会を喜んだ鳴き声をあげてくれた。
あたしはすんごく“軽く”会釈して、そして目当てのタライを見つけ、航海ではすごく貴重な水をなみなみと注ぎいれると、お母さんが見たら目を吊り上げて怒り出しそうにストリップして
ざぶん
と、そこに飛び込んだ。
「ヒヒン?」
おしとやかなミーティアが、不思議そうにそう言うのに、あたしは言い訳する。
「同じ女の子だから分かってくれるわよね、ミーティア。」
「ヒヒン…」
分かってくれなくてもいい。
擦れば擦るだけ出て来る、垢、垢、垢っ!!
あたしはすぐに表面を埋め尽くさんばかりに浮きまくった垢を、掬ってタルに捨てながら、ひたすら体を洗った。
ガビガビにへばりついた、心底気持ち悪い血とかは、お湯でなくて水だから、なかなかふやけてくれない。
あたしが力いっぱい、そして多分、鬼のような形相で体を洗っていると、
「ヒーン…」
分かってるわ、ゼシカ。
ミーティアはきっとそう言ってくれたのだろう。
そっとあたしから目を逸らしてくれていた。
「あー、髪もギトギト!!」
やだやだ、あたしって結構脂性なのよ。
一月もお風呂に入らないと、そもそも癖が強いあたしの赤毛は、油でべっとべっとになって、それはそれは…“女の子”として耐え難い事になってた。
煉獄島の牢獄に入ってたときは、そんなに気にならなかった。
そもそも、生きて出られるかすら分からなかったし、あからさまによこしまな視線をあたしに向けてくる牢番のムサいオッサンたちとヤンガスがにらみ合うわ、ククールは黙り込むわ、ニノ大司教は絶望するわ、法王さま暗殺話は出てくるわで、正直、そんな事に気が回っている余裕がなかった。
なんとかニノ大司教の機転と犠牲であの島を脱出出来て、そしてあたしたちは彼に託された法王さま暗殺の真相と、多分…マルチェロを打倒しなきゃなんないっていう、重すぎる使命を抱えている。
抱えているけど
今のあたしには、
ニノ大司教の安否よりも、
法王さま暗殺の真相よりも、
マルチェロの野心よりも、
暗黒神の復活よりも
…ぶっちゃけ世界の崩壊よりも、カラダを洗う事の方が大事っ!!
ってゆーか、よくこんな気持ちわるい状態で一月もガマンできたわ、我ながら感心しちゃう。
しばらく命がけでカラダを磨きあげたあたしは、ようやく満足して…そして、あたしがさっき脱ぎ捨てた服は、とてもじゃないけど着れた代物じゃないコトに気付いた。
「…ミーティア…」
「ヒヒン?」
「ほら、いくら“おしとやかな女の子”でも、“非常事態”ってのはあるわよね。」
「…」
ミーティアは返答しなかったけど、あたしは彼女が「そうね」と言ってくれた…コトにして、タオルで、どーしても隠さなきゃなんないトコだけを隠して、着替えを置いてある、上の船室までダッシュすることにした。
誰にも見つからなきゃいいんだけど…
あたしは思ったけど、なにせ広くもない船の中、爆走するあたしは、すぐさまトロデ王にかち会った。
驚きのあまりワタワタして、そして手で目を隠して、更に念入りに後ろまで向いてくれたトロデ王。
さすが、年頃の娘を持つ父親は、配慮が違うわ。
ゴメンね、あたしだって普段はこんな事はしないのよ。
ほら、お母さんに厳しく躾けられてたから。
でもね、ほら、あるじゃない、そーゆートキって!!
あたしは心の中で言い訳しながら、それでも全力で走って、船室に飛び込むと着替えをほっくり出した。
「よし、これでまあなんとか。」
髪をいつもの通りくくって、あたしは鏡の前で言う。
くんくん
嗅いでみると、なんかまだ微妙に臭う。
一月もあんな所にいたから仕方ないけど、でもやっぱり気になる。
ゴルドに向かう前に、どっかの街でお風呂入りたい。
こんなくっさい状態で、命がけの戦いに挑みたくないわ。
あたしがそう思いながら船室を出ると、ククールが船べりによりかかって空を見上げていた。
「よぉゼシカ、おめかし完了かい?」
いつもどおりの軽口を叩きながら顔をあたしに向けたククールの顔は…
びっくりするくらい、汚かった。
ってゆーかあたし、こいつとは長い間一緒に旅してきたけど、こいつの無精髭なんて初めて見た。
いや違う、煉獄島の中では毎日毎晩顔をつき合わせてたから、見てる筈なんだけど、なんせあそこはほとんど光も差し込まなかったし、なによりそんな事気にしている余裕がなかった。
それまでの旅では、なんせククールは気障な伊達男を気取ってたから、いっつもおめかしバッチリだったもの。
ククール自慢の自称“白皙の美貌”は、垢で黒ずんでいたし、さらにご自慢の“サラサラの銀髪”も、べっとりと薄汚れてた。
あたし、出会ったときからククールは、イヤな奴か、気障な奴か、けっこうイイ奴か、割と可愛い奴か、って違いはあっても、ずっと
“すごく美形”
って認識してたから、目の前のククールの姿は、けっこう衝撃だった。
あたしがあんまり穴の開くほど見ているから、ククールは言った。
「オレが美男子だからって、そんなに見つめられたら穴があいちまうよ、ハニー。」
聞きなれた軽口なんだけど、今のこいつが言うと、なんとゆーか
無残
いっそあたしが居たたまれなくなって、あたしは言った。
「ねえククール、一月もお風呂入んなかったから、気持ち悪くない?水にも余裕があるし、軽く流してきたら?」
あたしは、とても爽やかで好感度バツグンな笑顔でそう勧めたんだけど、ククールの返事は。
「ああ、“女の子”はそう考えるかもしんねーけど、オレ、“男”だから。」
そっけないモンだった。
ククールは、やれやれって…でも、やっぱり薄汚いから、いつもみたいに気障ぽくもカッコよくも見えない動作をして、あたしの目を見据えた。
「つーか、暗黒神が復活しようとしてて、しかもそうしたのがオレの“実の兄”だって状況で、風呂入ってさっぱりしたいって気になるとでも思うワケ?」
いくらオレの美貌が至高の芸術品だとしても、オレ、そこまで自分勝手な気持ちになれないね。
ククールはそう冷たく言った。
「…ゴメン…」
あたしは、とりあえず謝った。
そうよね、まったくこいつの言うとおりだわ。
最後の賢者の末裔の法王さまが殺されて、暗黒神が復活しようとしていて…しかもそれを企んだのが自分の兄だって時に、そりゃ髪のべたつきを気にしてる余裕はないわよね。
だいたい、煉獄島にあたしたちを放り込んだ当の張本人が、実の兄であるマルチェロなんだから…
あたしは、冗談っけのかけらもない冷たい瞳であたしを凝視するククールの、そこだけは前と変わらない宝石のような青い色を見返せずに、そっとうつむいた。
弾けるような笑い声が聞こえた。
顔を上げると、ククールが顔をくしゃくしゃにして、大笑いしていた。
「やだな、オレの言うこと本気にした?もー、ゼシカってば意外と気にしいなんだな。」
あたしが呆気にとられて、ぽかんとした表情になると、ククールはいつものように馴れ馴れしい口調であたしに言った。
「世界が崩壊しようがなんだろーが、気持ちわるいモンは気持ち悪いっての。なんにも悪いことじゃねーじゃん。」
あたしは、ふつふつと怒りが込み上げてきて、じゃあ、さっさと垢でも流してきなさいよっ、と叫びそうになったけど、ククールが一足早かった。
「じゃあ、さっさと身支度しろって思うだろ?でもさ…あんまりお日様が気持ちよかったから…」
そうしてククールはもう一度、青い青い空を見上げて、とても眩しそうな顔をした。
「ああ…うん、そうね。この一月、まともにお日様の光を浴びてなかったモンね。」
あたしは怒りを殺がれて、そう応答した。
ククールは、そっと笑って…相変わらずの汚れだらけの顔だったんだけど、全然不快じゃない笑いだった…言った。
「…マイエラ修道院に入ってからは、さ。オレ、光からは程遠い生活っきゃしてなかったからな…」
「え?」
問い返したあたしに、ククールは独り言みたいに答え?た。
「修道院は暗い…本当に暗い…なのにオレは、そんな暗いトコから出て行く、ほんのちょっとの勇気もなかった。外には光が広がってるって聞いてたのに、オレは暗い陰気な、そして束縛だらけの修道院の中で…絶対的な支配の元で…ただ、悶々としてた…」
修道院っていうのは、規律とか規則とかがやたらとたくさんあるトコだって、あたしも話としては知ってる。
旅の途中でもククールから、彼は笑いながらだったけれど、規則違反の罰則の厳しさも、そして実際くらってた罰の話も、たくさん聞いていた。
そして、そんな修道院で彼を罰していたのはもちろん…
「修道院から“追い出され”て…今から考えると笑っちまうよな、追い出されなきゃ、オレは多分ずっとあそこにいただろうなんて…」
ククールは、顔を歪めたような笑みを作ると続けた。
「オレは初めて、広い広い空と、広い広い海と、広い広い大地と、眩しい光のなかに飛び出せた…」
ククールの言っている意味は分かる。
あたしも、躾に厳しいお母さんと小競り合いを繰り返して、大好きなサーベルト兄さんに守られて、優しい村の人たちの中で、育ってた。
それはとても幸せなことだったけど、でもあたしも、アルバート家とリーザス村以外の世界はほとんど知らなかった。
サーベルト兄さんが殺されなければ、あたしも、ククールの言うような、広い広い空と、広い広い海と、広い広い大地と、眩しい光のなかに飛び出す、事はなかったろう。
そしてこの世には、たっくさんの悪い人や悪いことと、たっくさんのいい人やいい事があることと、そして更にたっくさんの不思議な人や不思議なことがある事も、知ることがなかったろう。
「“あいつ”に煉獄島に放り込まれて…そしてオレは良く分かった。オレはやっぱり、暗いトコは嫌いなんだってな。で、オレを暗いトコに放り込む“あいつ”も許しちゃいけねーって…ほら、
『人の嫌がることをしちゃいけません』
ってのは、社会ルールの基本だろ?」
ククールは言葉を切ると、また、空を仰いだ。
「ああ…マジ気持ちいい…オレやっぱ、お日様大好き…」
たっぷりした光を浴びたククールは、やっぱり汚れてたけど、あたしにはそんなに不快には見えなくなっていた。
それに…薄汚れててもこいつの銀色の髪は、やっぱりキラキラ光るんだもの。
「でさ、オレ、煉獄島から出て、改めて思ったことがある…」
「なに?」
「オレやっぱ、ゼシカが一番好き。」
「…」
あたしは唐突なその言葉に、絶句した。
「暗闇が似合う花もある、けど、オレはお日様が好き。お日様が似合う花が好き。…煉獄島から出て、外の光を浴びた君を見て、オレは改めて思ったよ。
『ゼシカは、お日様の似合う花だ』
って、さ。」
「ちょ…」
やだ、何をいうのよこいつは。
だいたい、煉獄島から出てすぐのあたしなんて、垢まみれの髪脂ベトベトのなんかヒゲまで濃くなってたし、ともかくとんでもなくきったないカッコだったじゃないの。
有得ない!!
あんなカッコこいつに見られてたと思うとホント、自分的に有得ないのにっ…
何そんなあたしに惚れ直してんのよ、こいつ。
「なによ…そんなきったないカッコで、なに気障ったらしい台詞吐いてんのよ。せめて無精髭剃ってから言いなさいよ…」
「…ゼシカもさ、オレが“とびっきりの美形”でなきゃ、好きでいてくれない?」
おじいさんみたいに白い無精髭
垢で黒ずんだ顔。
薄汚れた、光を浴びなきゃ白髪みたいな髪の色。
「なによそのカッコ…“とびっきり美形”の名が泣くわっ!!」
でもあたしはククールに抱きついた。
「…臭くねー?」
わりと素な質問をするククールに、あたしは叫んだ。
「臭いに決まってんじゃないっ!!」
そして、もっと大きい声で叫んだ。
「でも好きよっ!!だって、臭くても、汚くても、そんなアホみたいな台詞吐くのは、あんたしかいないじゃないっ!!」
「君はオレのヒマワリの花。」
ククールは、あたしを抱きしめながら言った。
「光に向かって咲き、光をあびてぐんぐん大きくなる、世界一お日様の似合う花。」
ククールは、そっと、あたしの額にキスを落とした。
「オレがまた光を見失ったとしても、君の向く方向を向けば、オレはまたすぐ光を見つけられるんだ。」
無精髭でじょりじょりするキスなんて…ま、悪くないけど。
しばらくたって、ククールは言った。
「水風呂だけじゃ気持ちわるいだろ?どっかの街に寄ろうか?」
あたしは答える。
「気持ち悪いけど、いくらなんでも世界のほうが大事よ。」
ククールは、自分の手で自分の無精髭を触って、多分自分でも珍しいんだろう、その感触を楽しみながらっぽく答えた。
「けど、オレも風呂くれー入りたいんだよな。」
「なによ、あんたが一番焦ってなきゃいけないでしょうが!一番の当事者なんだからっ!」
あたしがちょっと怒ってみせると、ククールは弁解するように言った。
「けど、このカッコであいつの前に出てっても、あいつオレのことユーゼンと“知らない人のフリをする”と思わねー?」
あたしはちょっと想像して、答える。
「そうね。
『おやおや、どちら様でしたかな。生憎と私には、貴方のような浮浪者の知り合いはおりませんが』
って具合にね。」
あたしの口真似に、ククールは笑う。
「似てる似てる、あいつ、ぜってぇそう言うよ。」
あたしも一緒に笑う。
笑ってる場合じゃない。
けど、こいつと一緒に笑ってると、なんだか何もかもが上手くいきそうな気がするから。
「なんじゃなんじゃ、この非常時に暢気に笑いおってからに。近頃の若いモンには、緊張感というものが足りんわいっ!!だいたい、若いモンと言えばじゃのう、昔の若い娘は、あんなはしたないカッコを男の前にさらさんかったもんじゃわいっ!!まったく嘆かわしい…」
トロデ王が、ぷんすかおこってるのを聞きながら、だけどあたしたちは、だからずっと、一緒に笑い続けた。
終
2007/1/26
一言要約「だって女の子だもん」
女性なら、冒頭のゼシカの行動にご賛同頂けると思います。はい、一月も風呂ナシの生活ですからな、そりゃ女性なら、いろいろと想像して
「そりゃ嫌だったろう、ゼシカ」
と思われたかと。
実際の中世の生活では、王侯貴族なんかは宗教的な理由(自らの裸体を目にすることは、姦淫を誘発するのでよくない)から十年くらい風呂に入らない人が多かったようですが、(しかもそれが褒め言葉になっている)DQ世界は、そこんトコはめっちゃ近代的なので、やっぱりお嬢様であるゼシカは毎日風呂に入るのが当たり前の生活だったと思います。
今「宗教的理由」と書いて、原理主義者なマルチェロ団長は、普通に二十年くらい風呂に入ってないんじゃないか…と、すごく嫌な想像をしてしまいました。しかもあの人、体臭キツそうだし…でもほら、アレですよ。フェロモンって一種の体臭らしいから…(から?)
これでようやく、「どうしてゼシカのイメージフラワーはヒマワリか」というお話が書けました。
いや、ククールはいつでも「君はオレのヒマワリの花」と言うとは思ったのですが、普通に言われてもゼシカは「またか」としか思わないだろうなと。だいたい気障な男が身なりをバッチリ決めてこんな台詞を言っても何の面白みもないので、ちょっと(ちょっと?)ズタボロ汚いククールにしてみました。
無精髭…ククだって成人男子であるからには無精にしてたら生えるはずなのに、よそさまで髭ククを見たことがないのはアレですかね?やっぱ、ククが美形だから?
ゼシカ視点だからよく分からないかもしれませんが、拙サイトのククの「世界で一番君が好き」って台詞は、「君のためならオレ、リアルで世界を征服するよ」より、何千倍もすごい台詞であるとお分かり頂けると思います。だって「世界一好き」って事は「兄貴より君が好き」って事ですよ?
ククールがですよっ!?
うう…ククール、旅は確かに君を成長させたようだね。べにいもも作者として、とても嬉しいです。