昂然と




マルチェロ、聖堂騎士団長就任式話。
ククールの「うちの兄貴ってすげえだろ、えへへ♪」ってお話です。

ちなみにタイトルの意味は(広辞苑より)
自負があって、意気の上がるさま。
兄貴にこれほど相応しい単語も、なかなか無いと思います。






















雨は止んだ。

けど、空はどんよりと曇ってる。

そして、修道院の中の人の顔も、どんよりと曇ってる。




オレの顔も、オレの美貌が三割カットになるくらい、どんよりしている。


半分は、空模様のせい。

あとの半分は、風邪のせい。




予想はしてたけど、オレの麗しくもか弱い体は、一時間冷気に晒された後の、更なる徹夜の礼拝には耐えられなかったってワケ。


いやでも、オレの女神さまへのお祈りのおかげで、雨は止んだに違いない!!

オレはそう信じて、風邪でだるい体を押して、兄貴の聖堂騎士団長就任式の準備に駆け回る。






「おいククール、マルチェロ“団長”の装飾品、お届けしたか?」

「…忘れてた。」

「バカ、何寝ぼけてんだ。さっさと届けろ。」

だって寝てねえんだもん…オレは言いたかったけど、言い訳よりも、一秒でも早く兄貴に届けるほうが先だった。




オレが部屋に入ると、一時間も極寒の水の中に漬かり、ついでにその後、吹き抜けの礼拝堂で一睡もせずに祈りを捧げていた筈の“新聖堂騎士団長”どのが、厳然たる面持ちでお掛けになっていた。



「随分とゆるるかなお届けだな、聖堂騎士団員ククール。誰かお前に、ボミオスの呪文でもでもかけたのかね?」


嫌味のキレもいいし、声も、風邪のかけらもない、よく通る声だった。

ついでに、その端麗なお顔には、疲労の影すらない。




やっぱこの人は、化け物かもしれない。




「…申しわけございません…」

風邪でガタガタになった声で返答すると、兄貴は問うた。


「風邪でもひいたのか?」

まさかなまさかな…でも、こんなおめでたい日だし、なんせ昨日は“二人っきりで”過ごした仲だから、今日くらいは優しい言葉をかけてくれるんじゃないかな?

そう、淡い期待を胸に、オレは「はい」と答えた。


兄貴の返事は一言。




「軟弱な。」





いいんだ、いいんだ。別にいいんだ。どうせ、こんな反応だろうと、予想はしてたから。


ああ、でもやっぱ悔しい!!あんな部屋にいなかったら、オレ風邪なんてひいてねえっての!!あんたの従士の役目したから、風邪引いたんだってっ!!

いやしかも、その後すぐにあったかくして寝てたらここまで悪化しなかったさ。オレが徹夜で女神さまにお祈りしたのは誰の為だと…




そんなオレの声無き魂の叫びなんか軽く無視して、兄貴は装飾品を身に付ける。



オレはちょっとだけ、今すぐ雨がざざ降りになりゃいいのに…と思った。












空はやっぱり、今すぐ雫を落しそうなくらい、暗くたれこめている。


聖堂騎士の連中は、空を何度も眺めては、小さくため息をつく。

中には、やたら嬉しそうに空模様を眺めてる奴もいるけど、それは前騎士団長の取り巻きだった連中だ。




ついに耐え切れず、「もし雨が降ったらどうなるんだろう」なーんて口にしてしまった奴が出た。

ヲイヲイ、それは禁句だっての。



「何を言うか、貴官はッ!!」

ほらほら、さっそくグリエルモにとっつかまっちまった。


「聖堂騎士団長就任式は、女神の天意を問う式であるっ!!貴官!!貴官はまさかっ!!まさかっ!!マルチェロ新団長が、女神に否認されるとでも考えているのではあるまいなっ!?」

髪の毛のねえドタマに青筋立てて怒るグリエルモに、うっかり口に出しちまった新米騎士は恐れおののいて、ひたすら謝罪するだけだった。



「有得ぬッ!!マルチェロ新団長が、この名誉ある聖堂騎士団長に相応しくないなどという事が、有得ようはずがないっ!!従って、雨が降る訳が無いっ!!左様であろうっ!?」

何度も何度も謝って、ようやく解放された新米騎士が、逃げるようにグリエルモから離れる。




「まったく…」

怒った顔のまま…まあこいつは、地顔がそもそも強面だから、本気で怒ってんのかよく分んなかったりするけど…グリエルモは呟く。

そして、腕組みをする。



「まったく…」

そして、ちら、と空を見上げて、心配そうな顔をした。




分るよ、グリエルモ。同じ、兄貴大好き同士、すげえよく分かるよ。




心配で、たまんねえよな…










ともかく、心配たまんねえのは山々なんだけど、それはそれとして、昨日まで雨がざざぶりだった都合上、屋外の準備は激しく突貫工事状態で進められてる。

オレも、風邪でだるい体を押して、走り回る。






「準備完了っ!!」

「院長と、新団長どのにお知らせしろっ!!」


なんとか予定時刻に間に合ったようだ。

オレは、オディロ院長への報告の役目を受け持つ。



だって、また嫌味言われるの、ヤだし。









院長室では、最高の正装をしたオディロ院長が、祭壇に祈りを捧げていた。


「失礼いたします、オディロ院長。準備万事整いましたので、ご報告に上がりました。」

イチオー、しかつめらしくそう言うと、院長はオレの方を振り向いた。


「ご苦労さまじゃのう、ククール。そして…風邪をひいてしまったのじゃな。あんな寒い役目を押し付けて、すまなんだのう。」

院長の“どっかの誰かさん”とは正反対の“やさしー”言葉に、オレは礼儀を一瞬で脱ぎ捨てる。


「マジ寒かったよう、院長ってば。」

「そうかそうか…それにお前は、その後、女神に一晩中、祈りを捧げていたのう。おかげでほれ、雨も止んだ。」

さすが院長、オレの行動はお見通しってワケだった。

オレは嬉しかったので、もっと駄々をこねてみた。


「そーそー、オレ、兄貴に聖堂騎士だんちょーになって欲しいから、一晩中がんばってお祈りして風邪ひいたってのに、兄貴ってばぜんぜん同情してくんねーでさ。なんてゆったと思う?

『軟弱な』

だぜ?ひでーよなぁ?」


院長はやさしい目で、わざわざ背伸びしてまで、オレの頭を撫でた。


「よしよし、お前は心の優しい子じゃ。…マルチェロも、不安で気が立っているのじゃろう。許しておやり。」

オレは、あの兄貴がまさか“不安で気が立っている”なーんて生甘ぁい精神構造をしているなんてとても思えなかったけど、院長に免じて、さっきの兄貴の言葉は許してやることにした。




「さ、行こうかの。」

階段を降りようとする院長の介添えをしながら、オレは院長に聞く。


「なー、オディロ院長。…雨降ったら、兄貴はどうなんの?」

院長は、優しい目でオレの顔を見た。

オレはなんか悪い事を聞いてしまった気がして、ちょっと俯く。






「雨なぞ、降らんよ。」

院長の言葉は、世界の真理を語るかのように、重々しく、断定口調だった。





「…なんで、断言出来るのさ。」

オレはちょっと駄々こねてみる。



「就任式とはのう、ククールよ。女神のお考えを問うものじゃ。女神はその者は役目にふさわしくないと思われたら、就任式自体を邪魔されるんじゃ。」

「んな事ぁ、知ってるって。で…」


「ククールよ、お前はマルチェロが聖堂騎士団長の役目に相応しく無いと思うのかね?」

オレは院長の問いかけに、力いっぱい返答した。



「思わねえっ!!」




院長は笑って頷いた。

「じゃろ。じゃから、雨は降らんよ。そしてあの子は、聖堂騎士団長になる。万事めでたしじゃ。」

「でもさでもさ、それでも雨が降ったら…降ったらさ、兄貴は団長になれねーじゃん?そしたら兄貴、ここにゃぜってぇ、留まらねえで、どっか行っちまうよ?そしたらオレ…」


「うむ。ワシはあの子は聖堂騎士団長に相応しいと思うが、女神がそうお思いにならなんだら仕方ないのう。」

「どーすんのさ?」

院長は、真面目腐った顔で言った。




「じゃったら、そんな腐った目しか持たんワシは、ここの院長には相応しくない。ワシもマルチェロに付いて、どっかへ行くしかないのう。」


あの子は、ワシを連れていってくれるかのう…真面目に考え始める院長に、オレは言った。


「なら、オレも行くッ!!オレも院長と兄貴に付いていくよ。」


大真面目な顔のオレに、院長は大笑いした。


「ほっほっほ、そりゃあ楽しい旅になりそうじゃ。なに、旅は若い者とする方がスリリングじゃからのう。」




階段を降りきり、オレが離れの扉を開けると、聖堂騎士たちが院長を迎えにきていた。


院長は会釈し、そしてオレを振り向いて言った。




「でもやはり、雨は降らんよ。安心おし、ククール。理由?あの子は、女神に愛されてた、女神の愛し子じゃから…じゃよ。」




院長の言葉は、抗いようの無い自信に満ち満ちていた。


だから、オレも安心した。


















雨が、オレの顔にぽつりと落ちる。


とうとう、降ってきやがった




居並ぶ他の聖堂騎士たちも、雨粒を受けて不安そうな面持ちになってる。




オレは、焚かれた聖火に目をやる。


さすがに、こんな雨粒の一つや二つでは消えやしないだろうけど…




聖堂騎士団長就任式に集まった奴等の中には、意地悪い表情で囁き交わす奴もいる。


声高に、天意がどうとか話す奴もいる。



そして、歴然と最前列に陣取った、諸悪の根源のジャンティエ家の奴等。






高らかな音楽が響いた。


一斉に、一同の視線が集中する。




兄貴だ。




兄貴に集中する視線の中に、蔑みや揶揄や嘲弄の視線が少なく無い事に、オレは怒りを感じた。




雨は、もう少し強くなる。

ぽたぽた


オレの顔に、小さな流れが伝った。




オレは聖火を盗み見る。


なんだか、小さくなった気がする。




オレは兄貴を見つめる。











兄貴は、厳然たる面持ちで、昂然と前を向いていた。




兄貴は、祭壇までの堂々たる歩みを進める。




兄貴の、いっそ倣岸とも言えるような視線に威圧されたのか、あからさまな揶揄の声は小さくなる。




雨は、止まない。


けど、兄貴の顔には一滴の不安も怯えもない。






昂然と。


兄貴は昂然と頭を上げ、歩みを進める。











聖火の燃える祭壇で、待ち受けていたオディロ院長が兄貴に問う。


いつもの院長の、温和で優しい言葉とは違う、威厳に満ちた声。





「汝、聖堂騎士マルチェロよ。汝は、聖堂騎士団長に値するか?」

「然り!」




院長は、次々と兄貴に問う。

信仰心は、知識は、慈悲は…ともかくいろんなものが、兄貴に存在するかと。

兄貴はそれに全部“然り”と答える。




矢の飛び交うような応答に、辺りは静まり返る。


オレも。

ぶっちゃけ、こんなに真剣味に満ちたモンだと思ってなかった。




でもオレは、やっぱり、聖火から目を離せなかった。


だって…だんだん小さくなってる…






「汝、聖堂騎士マルチェロよ!!今の言に偽りはないかっ!?」

空気を切り裂くような院長の言葉に、さらに裂帛の叫びが重なった。

「然りっ!!」









静寂を破ったのは、うって変わって穏やかな院長の声だった。




「では、聖堂騎士“団長”マルチェロよ。汝に、この騎士団長の指輪を授ける。」



院長は、指輪を天にかざし、祈りを捧げた。


「この指輪は、女神への信仰心と、邪を払う武力、その更なる力を汝に与えよう。」

「は。」

兄貴の指に指輪を嵌め、院長は言った。





「汝に生ある限り、汝に信仰心ある限り、この指輪は汝のものなり…」






オレはその時、院長の顔になんだか小さな翳りが走ったように見えた…


まさかな。こんなめでたい式に、そんな事があるわけない。

だいたい、兄貴が死んだり、兄貴が女神さまへの信仰心を失ったりなんて、する訳ない。


だって、兄貴だもんなッ!!





「そして、このテンペラーソードを汝に与えよう。」


「はっ、不肖マルチェロ、聖堂騎士団長として、この刃で全ての邪悪を切り払う所存でございますっ!!」




テンペラーソードの金色の聖印が、光った…




ああ…




気付いたら、雨は止んで、雲間から光が零れていた。











兄貴は、歩んできた道を再び歩む。


光を浴びて昂然と歩むその姿に、もう、揶揄や嘲笑を浴びせる者はいない。




これで晴れて兄貴も、聖堂騎士団長だ。






昂然と。



神々しいまでの姿。




兄貴

兄貴、兄貴!!




オレは叫びたい衝動を必死で押さえる。





オレは嬉しい。

嬉しくてたまらない。

だって、こんだけすげえ人が…






オレの兄貴なんだから…










2006/10/18




一言要約「オレの兄貴ってば、すげーだろ♪」
どんだけいびられようが、冷たくされようが、兄貴大好きで凝り固まってるククールはアホなんだか偉いんだか分りませんが、それよりもある意味すごいのが、マルチェロに甘いにも程があるオディロ院長だと思わないでもない、今日この頃。
兄貴は基本属性が「帝王気質」なので(「王とはなんだっ!!」ってゆった人とも思えませんが)、雨が降ろうが槍が降ろうが、偉そうにしてると思います。つーか雨が止んだのは、気合で雨雲を打ち払った説に1000万ペリカっ!!
もちろんお気づきかと思いますが、この聖堂騎士団長就任式は、ゴルドでの法王就任式の嫌な対称になっています。つまり
「儀式に邪魔が入るのは、あんたがその役目に相応しくないから」
ってコト。今回、こんだけ兄貴に感動カンゲキ雨あられなククが、結局、兄貴の一世一代の晴れ舞台をブチ壊しに行く…って構図にしたかったのですよ。
だから、オディロ院長の台詞もなんだか翳が感じられるし、肝心の兄貴の台詞が
「ヲイヲイあんた、近い未来に暗黒神の力を借りて法王殺しをやってのけるんだよ?知ってる?」
ってツッコミを入れたくなる台詞になってます!!
…と、言わなきゃ誰も分かってくれないような駄文しか書けないので、あとがきでフォロー入れてみました。ちなみに、あとがきでフォロー入れないと分かんない小説は最悪だそうですよ?
あ、兄貴が「然り」って連呼してるのは、もろちん「Amen」ってまさかDQ世界で言えないからですよ?
それと。兄貴のあの“秀でたおデコ”が、光を浴びて輝いてたんじゃないか…という期待を持った方。
モチロン、お約束ですよっ!!




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