昼に咲きたい夜顔




「悪臭を放つ薔薇」の続き。つーか「谷間の百合」の続きというべきかな?
エステバンって誰?って方は、アホモの「戯曲」シリーズをご覧下さい。聖堂騎士の中では個性立ってる(筈)の、パルミド出身の聖堂騎士のカレです。
エステバンがいる事からお分かり(笑)のように、 ホモエロトークの応酬 がありますので、お嬢様方、ご注意。






















「畜生、かったりぃー…」

オレは、やる気ゼロで不満フルな呟きを漏らし、サヴェッラの、通称“善女たちの通り”を歩く。

ああ、飾らない言葉で言ったらコレだ。


坊主の情婦通り


サヴェッラの偉い坊主どもが囲ってやがる情婦たちの屋敷が立ち並んでるから、こう呼ばれてるのさ。



「ああ畜生、マジかったりぃ!なんで昼日中からオレが、こんな通りにお使いに来なくちゃなんねーんだよ!!」



つったって仕方ねえんだよな。

今のオレは、パルミドの気ままな暮らしとはおさらばして、こーんな聖堂騎士の青い制服を着る身だからよ。

上官殿の命令にゃ、逆らえねえっての。







「聖堂騎士団員エステバン。貴官に使命を与える。」

クソ真面目な顔で団長どのが言うから、どんな“使命”かと思ったら、ドーリアとかいう貴族出身の腐れ大司教の情婦のヤサに、賄賂届けて来い…だ、と、さ。


全く、謹厳実直で女嫌いのマルチェロ団長どののご命令とは思えねえな。




つっても、仕方ねえんだよな。

なんせ、このサヴェッラの坊主どもの“倫理観念”ってヤツは、悪徳の街パルミドより腐ってやがるからよ。

ここでうまいコト立ち回ろうとしたら、坊主どもの妾にまで気を使わねえと、やっていけねえんだ…



あーあ、こう考えると、パルミドの教会の坊さんたちは、真面目で働き者で、信仰心厚くて、“ご立派な”人らだったんだな。

若かったとはいえ、何度か寄付金の箱を夜中に失敬したなんて…悪い事したもんだぜ。



オレは、団長どのから手渡されたメモを手に、あたりを見回す。

金の掛かった屋敷ばかりだ。


“女神のために”って寄付した金が、坊主の情婦どもに散財されてるなんて知ったら、信心深い善男善女たちは、どんなツラすんだろうな。


オレはそんな殊勝なコトを思いながら、屋敷を探した。







でも、やっぱりタリィ使命だぜ。

だいたい、こういう仕事は、アントニオあたりに任せときゃいいんだよ。

オレみてえなパルミドのチンピラ出よりも、あの、キレーなツラして、心にも無いおべんちゃらがスラスラ出てくる坊ちゃん坊ちゃんした物腰のヤツのほうが、坊主の妾の接待にゃうってつけに決まってるんだからよ。



ってえ言おうと思ったんだが…

ほら、やっぱ宮仕えってアレじゃねえか。

我慢が必要なモンだし、なにより…







ここ数日、マルチェロ団長の機嫌が、めちゃ悪ぃんだよな…









オレも命は惜しいので、大人しくご命令に従ったってワケさ。











ようやく見つけた屋敷で、オレは小柄な女の子…五年後が楽しみな可愛い子だった…に、挨拶する。


「聖堂騎士団団員、エステバンと申します。先日、当方のマルチェロ団長が、こちらの“女主人”さまに、大変お世話になりましたので、団長に代わりまして、お礼に伺いました。」

言われたとおりの台詞なので、一体どんな“お世話”を受けたのか、オレはトーゼン、知らねぇ。



「はい、ミストレスはご在宅です。少々、お部屋でお待ちくださいね。」

メイドの女の子に案内され、オレは接客室に掛けさせられる。


酒くれえ出ねえかな…

思ったけど、もちろん、出されたのは茶だった。







「…趣味悪ィ…」

オレは茶を啜りながら、接客室を見回して、まずそう思った。



なんつーか…成金趣味?ってヤツ?

金がかかってるのはそりゃモチロンなんだろうが、品性つーか、調和つーか、そんなモンが感じられねえ部屋だった。

とりあえず高そうなモンが並べてあるってカンジ?しかも、無駄にキラキラしてやがるしよ。


そうそう、なんかデジャヴがあると思ったら、パルミドの成金がこんな感じの部屋に住んでたよ。この…

とりあえず、金かけましたー

って部屋。ま、押し込み強盗に入るには、分捕りやすくていい部屋なんだけどさ。



ここの女のパトロンのドーリアってのは、代々の名門貴族の出らしいから、ここまで成金趣味丸出しな部屋なのは女の趣味だろ。

きっと、どっかでひっかけられた貧乏な女が、チョーシ乗って金かけて作らせたんだ、そうに違いねえさ。





ま、つったってオレもチンピラ上がりだからよ。“高貴なご趣味”がうんたらかんたら言われたって、皆目見当もつかねえが、そもそもマイエラ修道院は質素だったし、サヴェッラでの聖堂騎士としての生活も質素だからなあ…どーも、キラキラは性に合わねえ。


だから、ここの坊主の妾ともきっと趣味は合わねえな。


まあいいさ。

ともかく別嬪に決まってるから…これでドーリアの野郎が、ピンチな趣味してたら、泣くに泣けねえが…目の保養だけして、“贈り物”って名目の賄賂だけ渡して、とっとと帰るさ。












「ミストレスのお越しです。」


オレはメイドの女の子の言葉に立ち上がり、強制矯正かけられた礼儀作法で、うやうやしく頭を下げた。



ちら



ちょうど目線が、女の“いいチチ”に行く。



畜生、いいチチしてやがるな。

禁欲だの節制だのを説いて金もらって、こんな女囲えるんだから、坊主ってのはいい商売だな。

ああ、そういやオレも今は聖堂騎士だから“坊主”の一種か。



ああ、しかしホントにいいチチだな。

バニー服が似合いそうだ。

黒いバニー服から、零れるハミ乳…男のロマンだよなー。




視線を上げるのがちいっとばかし惜しかったが、いくらなんでもいつまでも頭を下げてるワケにもいかねえ。

だからオレは、“うやうやしい口調”で、挨拶を述べながら頭を上げる。







「貴婦人さまにおかれましては…」









オレは、絶句する。









向うも、絶句した。









オレと相手の女の視線が、交差したまま硬直する。

互いに驚いたからには、オレの感じたことは正しかったんだろう。




次の言葉は、ほとんど同時に出た。
















「ソフィー!?」    「エステバン!?」





















その後の反応は違った。


オレは驚きの余り、それ以上ことばが出なかったんだが、女…ソフィーは笑い出したのだ。




「ちょ…ナニよそのカッコ…一体なんの仮装?」


「バ…バカ言え、このクソ売女。てめえこそ、なぁに、“大司教の女友達さま”やってやがんだ、コラ!!」


「うるさいわねー、パルミドの兼業盗賊に言われたくないわよ。」




オレとソフィーはそこまで言って、もっぺん視線を合わせた。




そして、今度はオレも大笑いした。


ソフィーも大笑いした。



そしてソフィーは、困った顔でまごまごする可愛いメイドに、


「とりあえず、ワインをダースで持ってきて。美味しいモンも一緒にねっ♪」

と、笑顔で言ったのだった。

























「いやー、ホント。大爆笑。こんな笑ったコトって、最近とんとなかったわ。」

手酌で、あからさまに高そうなグラスに、ワインをどはどば注ぐソフィー。

このワインも、安くねえのは確かだ。


「たく、ナニが可笑しいんだ、コラ!」

オレも、やたらと豪華な暴れ牛鳥のなんとか焼きとかいう料理に、めんどくせえのでかぶりつきながら、ワインをガブ呑みする。


「そりゃおかしいわよ、アンタが聖堂騎士なんて…アンタさあ、何回教会に押し込み強盗やったのよ?アタシの知ってる限りで、三回?いや四回…」

微妙に都合の悪い話になったので、オレはメイドの子に言う。

「ラム酒ねえの?」

「いえ、あの…」

「アンタ、パルミドの場末じゃないんだから、そんなモンあるワケないじゃない。」

「ちっ、坊主の妾宅だから、ワインってワケかよ。芸がねえなあ…」

「うるさいわね、この野郎。グタグダぬかすと、とっとと放り出すわよ。」

オレはソフィーの言葉に、仕事を思い出す。


「そりゃ困る。オレは仕事で来たんだよ。」

そして、“贈り物”の包みをソフィーに差し出した。

モチロン、肉の油でベトベトの手は、適当に拭いて…な。






「聖堂騎士団団長マルチェロより貴婦人様へ、敬愛と親睦の印に…との、伝言でございます。」


オレのとっておきのご挨拶は、


「ぷっ!!…似合わない!!」


って笑いでかき消された。




「ま、くれるってんなら貰っとくけどさ…」

箱をカタカタ振って、音で中身を確かめるソフィー。


「アタシさー、宝石ならたっくさん、持ってんだよねー。」

「また、豪勢な台詞じゃねえか。パルミドの場末カジノのバニーやってた時にゃ、シルバーアクセ買うのに、一週間悩んでた分際でよ。」

「だって、大司教サマは気前がいいんだもーん♪アタシの欲しいもの、なんでも買ってくれるのよ?」



そしてソフィーは聞いた。


「でもホント、アンタが“聖堂騎士”なんてねー…あっこって、見た感じ貧乏くさそうなんだけど…」

「貧乏くさい言うなよ、質素なんだよ!」

まあ、内情がそんなに豊かじゃねえのは事実だけどな。

「アンタがわざわざなるなんて、そんなに実入りがいいワケ?」


ソフィーの顔は真顔だったので、オレも真面目に返答する。


「あのなー…修道騎士に給料なんて出るワケねぇだろ、スカポンタン。あっこはよぉ、“女神さまにお仕えする”のが仕事なんだから、衣食住の保障以外は無給に決まってンだろぅが!」

「…信じらんない…お給金も出ないのに、働いてるワケ?」



ソフィーはたっぷりオレの顔を見つめると、

おそるおそる

って感じの口調で言った。







「アンタも実はホモだったの?」




オレは盛大に口の中の物を噴出すと、力いっぱい、ソフィーに向かって叫んだ。










「んなワケあるかいっ!!」




「だって…みんな言ってるわよ、

『聖堂騎士は、ホモの寄せ集まりだ』

って。女も連れて歩かないんだから、間違いないって。」


仮にも“聖職者”が、女連れて歩かないからって、ホモ扱いされたんじゃたまんねえ。

ったく、ヲイヲイ、サヴェッラの性道徳はどうなってんだ、畜生が!!


オレは、団長どのに倣って“貞潔とはなんだっ!?”と一席ぶちたくなったが、ソフィーの口はまだまだ止まらない。



「少なくともさ、アンタんトコのあのM字デコの団長は、間違いなくホモでしょ?」


「間違いなく…って…てめえソフィー!!一体なにを根拠にンな事を…」


ぷうっ

ソフィーは、ヘソを曲げた時のふくれっ面になった。




「だってアタシ、見たもんッ!!」









オレは、出来ることならそれ以上聞きたくなかったが、ソフィーは、相変わらずの“軽い口”で続ける。




「ウチの大司教サマ相手に、ネコで、しかも気持ちよさそうにあんあん言ってたわよ!」









オレは本気で、もうそれ以上は勘弁して下さいと言いたかったが、ソフィーの軽い口は、ふよふよと大空に飛び出しちまった。




「更にさー、他のお坊様相手に、前と後ろっから、同時に責められててさー、でも、慣れた腰の動きだったわよー?オクチの動きも、中々だったしね。」







そしてオレは、“心底聞きたくない、ソフィーが見たお話”を、長々と拝聴させられる羽目になった。



そして、どうしてマルチェロ団長がここ数日、有得ねぇくらい不機嫌で、しかもなんか腰の具合が悪そうだったかって理由が、この上も無くよく分っちまった。




出来ることなら、聞きたくも、知りたくもなかったけど、よ。











「でさー、あの人って、ニノ大司教の…あの人、ウチの大司教サマとおんなじ大司教のクセに、チビのブ男で嫌い。ウチの大司教サマは、美男だもんねー…愛人でしょ?」

「…」

まあ、そんな事なんじゃないかな、とは思ってたが、証拠突きつけられてこんなに嫌な気分になるとは思ってなかったぜ、正直。


「あのブタ大司教って、オトコ専門でしょ?あいつに毎晩“調教”されてんじゃないかって、ウチの大司教サマが教えて下さったわ。」



そして、ようやくソフィーの話は終った。









「…」
オレは、黙ってワインを瓶で飲む。



「ナニよ、黙りこんじゃって。…ああ、そう、アンタの上司だもんね。でもさ、アタシ、あの人嫌い!いい男かもしんないけど、ホモだし。それに、アタシのコト、すんげえ蔑んだ目で見たし…なによ、自分も一緒じゃないねえ?やってるコトは。」

「てめえンとこの大司教サマ、も、そうなんだろ?」

「違うわよ、普段はオトコは、美少年ばっかよ。でもホラ、たまに毛色の変わったものが食べたくなる時ってあるじゃない?でも、あんなごっついでっかい男じゃなくたっていいようなモンなのにね…しかも、割と気に入ってて、もっぺん食う気マンマンだし…アタシみたいな美人が傍にいるってのに、ナニが不満…」



「うるせえな、いい加減にしろっ!!」

オレはとうとう我慢の限界に達しちまって、ソフィーを怒鳴りつけた。






「…何、マジギレしてんのよ…」

「ったくよ、相変わらず脳みそカラッポな女だな…栄養をチチにやる前に、脳みそにやれってんだ!!」

「はあっ!?」

「ちったあ考えてみやがれっ!!マルチェロ団長がどうして、てめえの旦那みてえな腐れ貴族に大人しく弄りモンになってるよっ!?…ここじゃそうするしか仕方ねえからだろうがっ!!」






オレは本気で、サヴェッラの腐れ聖職者どもに怒りを覚えていた。


生まれ…高貴な血筋…

そんなモンを持ってるってだけで、奴等がどれほど偉ぇって言うんだ!!


オレはパルミドのチンピラで、足の指まで使っても数えきれねえような犯罪犯して生きてきたけどよ。

オレは、オレ以外の力で人を踏みつけにしたコトはねえよ。


血に…育ちに…



マルチェロ団長を…あんだけのすげえ人を踏みつけに出来る、なんの権利があるってんだっ!!






オレが睨みつけると、ソフィーはもんのすごい形相になって、仁王立ちをした。


ひょこっと顔出したメイドの女の子が怖がって、もっぺん台所に逃げ戻るくれえの形相だった。



そして、ソフィーは叫んだ。






「アタシだっておんなじよっ!!」








ソフィーは、怒涛のように叫んだ。


「アタシだっておんなじよ!!パルミドの場末のカジノで、なんだかんだ言って五年も一緒だったアンタなら分るでしょっ!?兼業ドロボウの用心棒さんっ!?」

「…ああ確かに、バニーのてめえとは、五年も腐れ縁が尽きなかったなあ、ソフィー。」


「あん時なんて、毎日まいにち、互いに言い合ってたじゃない。

『金が欲しい。のし上がりたい』

って!!

『こんな場末のカジノで、一生終りたくない』

って!!」





オレもソフィーもパルミド生まれのパルミド育ちで、つまりそれは世間様では

人間の屑

って烙印押される肩書きで。


場末のカジノで、ソフィーはバニーで、オレは用心棒で。

それじゃ生活成りたたねえから、互いに後ろ暗い副業で小銭稼いで。

客のいねえカジノで暇つぶしにする会話はいつも、『金が欲しい。のし上がりたい』だった。





「アンタはいいわよ…男だし、腕っ節は強いし、手先も器用で、泥棒だって巧かったしね。…アタシは女で、不器用で、アタマ悪くて…取り柄っていえば、アタシを置いて男と逃げた母親譲りの、このおっぱいと!!金髪と!!男好きのする顔だけよッ!!」

ソフィーは、無駄に強調された胸を、更に強調して見せた。



「男ひっかける以外に、どんなのし上がり方があるってのさっ!!」





オレは、いい加減そんな生活に飽き飽きして、思い切ってカジノを辞め、犯罪一本で食っていこうと決めた。

その後は、パルミドと他の場所を行ったりきたりしていて、ソフィーとは顔を合わせる事も無かった。

噂では、毎度毎度、羽振りのいい男をとっつかまえようとしていたんだと。

ったく、パルミドにそんな羽振りのいい男なんて来るかよ。

オレはそう思って話を聞いていたが、気付いたらソフィーはパルミドから消えていた。

別の場所で頑張る…そう言っていたと、なじみの酒場のオヤジはオレに言った。





「アタシ、頑張ったもんっ!!パルミドの場末のカジノになんか金持ちは来ないから、お金ためて、ベルガラックまで行ったのよ?あそこのバニーなら、きっと金持ちの男に見初められるんじゃないかと思って…でも、ダメ。アタシみたいな下品な女じゃバニーにしてくんなくて…」

ソフィーの顔が、だんだんしぼんでいった。


「でもね…あっこのオーナーのギャリックさんはいい人でね。バニーはダメだけど、踊り子なら足りないから雇ってくれるって…でも、アタシ、踊りも巧くなんなくて、お色気専門しか無理でさ…」


そうだそうだ。こいつは昔っからぶきっちょだった。


「でもね…でもねでもね、ある日踊り終ったらさ、なんか呼ばれるワケよ。

『と、ある偉い方がアンタの踊りを気に入ったから、来てくれ』

って。行ったらね…スイート・ルームよ!?スイート・ルーム!!そこに、大司教サマが泊まってらしたの。そんでね、次の朝には金貨を下さって、しかも、毎晩呼んで下さったのよ!?」


金の余った腐れ聖職者の、ほんの気まぐれだ。

それはそうなんだが…ソフィーにとっちゃ、天にも昇る心地だったんだろ。

ソフィーの顔が、輝いた。



「そんでね、サヴェッラに戻るときに…なんと、なんとっ!!アタシを連れてきて下さったの…しかも、こーんなお屋敷まで建てて下さったのよ、スゴいでしょっ!?」





オレは屋敷を見回す。


ああ、なんで“パルミドの成金の屋敷”なんて内装をオレが覚えていたか、やっと思い出した。

ソフィーが、あの成金の屋敷をいつも窓から覗いて言ってたんだ。


「アタシもいつか、ぜったい、こんなお屋敷に住んで、こんな家具を入れるんだ!!」



趣味悪ぃ内装。


だけど…ソフィーにとっちゃ、これは、てめぇの成功の証だったんだ…





「大司教サマは、なんだって買ってくれるの!!アタシ、欲しかったモンはぜーんぶ!!買ってもらったわ!!ドレスだって宝石だって…そう靴!!靴だって、あんなボロボロのじゃなくて、ぴっかぴかの奴が…」


ソフィーは、“大司教サマ”が自分にしてくれるというあらゆる贅沢をオレに語った。



それは、名門貴族出の“大司教サマ”にとっちゃ、笑って出してやれるくれぇの金額に違いねえ。



だけど、ソフィーにとっちゃ…





「だからアタシ、大司教サマのおっしゃるコトなら、何でも聞くの!!えっちな服だって着るし、変な乱行パーティーにだって喜んで参加するわ。だってそしたら、こんなお姫様みたいな生活が出来るんだもんっ!!」


オレは、だから、こう言ってやるしかなかった。










「夢が叶って良かったな、ソフィー。」











ソフィーは、昔、つまんねぇ失敗した時にいっつも浮かべてた、照れ笑いを見せて答えた。


「うん、アタシ、とっても幸せ。」


そして、付け加えた。


「頑張って、良かった♪」




ソフィーは、照れくさそうに言った。

「ゴメンね、アタシ、でもやっぱりバカだから、変なコトばっか言ってるかも。」

「てめえがバカ女だってこたぁ、もう身に染みて分ってるよ。だから…頼むから、団長のコトとか、オレと古馴染みだとか、楽しく昔話したとか、誰にも言ってくれるなよっ!?」

「うん、言わない。アタシ、言わないから…」

「ホントの本気で、言うなよっ!?もしそんなコトがマルチェロ団長の耳に入ろうモンなら…」


オレは想像し、身震いする。


「オレ、五体満足の死体になれねぇ…」


ソフィーは冗談だと思ったらしい。

「きゃはは、オーバーなんだから♪」

「残念だが、オーバーでもなんでもなく、確定した未来なんだよ…」

「…なんか、居心地悪そーなトコね、聖堂騎士団って。あのさ、エステバン?なんなら、もっと実入りが良くて、楽なお仕事とか紹介したげよっか?アタシが“お、ね、だ、り”したら、大司教サマは、きっと聞いてくれるわ♪」


期待しまくった目のソフィーに、オレは答える。


「オレは、聖堂騎士がいいんだよ。なんせ…マルチェロ団長がいるからな。」




ソフィーは、今度は怒りの形相になって、なにか喚きそうになったので、オレは慌ててフォローする。


「だから、何度も言うけど、オレはホモじゃねえから、マルチェロ団長にどうこうしたいとか…そんなワケじゃあねぇよ!!」


「なにさっ!じゃあ、ナニがいいのよッ!?」

「ナニが…」



ナニがって言われても…なぁ…



オレがソフィーの目を見ると、

ぷうっ

と頬を膨らませたソフィーが、言った。







「じゃあエステバン。アンタ、なんで聖堂騎士になったのさ。あんだけ、金が欲しいとか、女神さまなんて信じる奴の気がしれねえとか言ってた奴が、さ。」


「…まあ、いろいろあったんだけどよぉ…」


オレは、答えた。














「やっぱ、人生には“生きがい”が大事って悟った、ってコト…かな?」













ソフィーは、相変わらずのふくれっ面で言う。

「それがあのデコ団長なワケ?」

「それも、ある。オレはあの人に惚れた……訳分かんねぇ勘違いすんじゃねえぞっ!?そーゆー意味じゃねえからなっ!?」

オレは力いっぱいフォローかけたが、ソフィーに通じたかな…?





「ねーエステバン。」

「なんだ。もうホモネタはゴメンだぜ。」

職場でさんざ聞かされてるからよ…と付け加えようとして、オレはやめた。

“聖堂騎士団はホモの集まり”ってのは、実はまんざら根も葉もねぇ噂ってワケでもねぇんだよな…



「あのさ、さっきアタシが“えっちなドレスとかも着る”ってゆったじゃん?」

「ああ、言ったなあ。どんくらいえっちぃドレスなのか一度…」

「見てみるっ!?」



オレは、ちょいと絶句した。



「アンタさっき、じいっとアタシのおっぱい見てたじゃん。」


うわ、バレバレだしよ。


「自分で言うのもなんだけど、ホントにスゴいのよ、そのドレス着た時のアタシのおっぱい♪」





ったく、この制服着るようになる前なら、即オッケーのお誘いなんだけど、よ。





「やめとくわ。オレ、まだ仕事あるしよ。」

「なによー、パルミドにいた時は、さんざアタシを口説いてきたクセに。」

「オレも“オトナになった”ってワケさ。…だいたい、てめえにゃ“大司教サマ”がいるんだろうがよ。」

「言わなきゃ分かんないわよー!!」





一瞬、オレも“言わなきゃ分かんねぇ”かな?

と思った事は認めるさ。


ただ、バレたら…



オレと判別出来る死体になれない…よ、な?





「じゃ、長居いたしました“貴婦人さま”。どうぞこれからも、聖堂騎士団とマルチェロ団長をよしなに。」


「よしなに、したげたら、さ。エステバン、また来てくれる?」

「ん、ああ…用事がありゃあ、な。」

「じゃあ、用事つくったげるからまた来てよ。」

「なんだ気持ち悪ぃ…今更、オレに惚れたのか?」


軽ィ冗談だったが、ソフィーの顔は割とマジだった。







「さみしいよ…」


そして、付け加える。

言い訳みてえに。


「だってアタシ…サヴェッラに知り合いとか、全然いないもん…」







オレは、ソフィーを見た。


たっかい化粧品で磨き上げているらしい顔とか、やったらとスベスベした手とか、手触りだけで勃っちまいそうな衣服とか、手一杯手入れされた髪とか、まあ…チチとか。



ソフィーは、買って貰った化粧品や、衣服で、ずっとてめえの体を磨き上げてんだ。


だから、ぴっかぴかの別嬪になってた。


そう、“頑張って”ぴっかぴかに…







ソフィーは、夜顔の花だ。


坊主の妾って立場で、他人さまより別嬪に咲けるってコトだけがウリの夜顔。









こいつは、枯れるまでずっと、夜の中に咲くんだ。


日の当たるトコには、咲きたくても咲けねえ。











オレは、返答した。

「分った分った。来るって。そりゃあ、ここらの“貴婦人方”にゃ、パルミドの話は通じねえよな。だから…今度来た時はさ、美味ぇ酒用意しとけよ。」

「分ってるって。アンタの好きな、やっすいラム酒も入れといたげるわ。」


「チッ、これだから成金は。高けりゃ美味ぇと思ってやがる。」

「高いモンは、そんだけの味がすんのよー。」










人生には、いろんな人生がある。


だからオレは、ソフィーに同情なんてしてねぇよ。



なんせ…人もうらやむ境遇だからな…


“今は”!!



















「聖堂騎士団員エステバン、任務を終え、ただ今帰還いたしましたっ!!」

オレは、執務机に座るマルチェロ団長に報告する。



「…長い使いだったな。」

相変わらず眉間に皺が入ってる厳しい顔。

一体このツラが、どんな風に、あんあん…


ヤベエヤベエ、何考えてんだ、オレ。



「はっ、ドーリア大司教の“女友達”ソフィー嬢は、団長からの贈り物を、事の外!お喜びになり、お礼の歓待をして下さったので、帰還が遅れました次第ですっ!!」


酒を消す為に水はたっぷり飲んだし、帰り道でさんざ嘘の報告台詞は暗唱した。



「ほう…それは重畳…」

なのに、冷気を吹く様なマルチェロ団長の言葉は、“とっくにオレが何聞いたか知ってんじゃねえか”って思わせるくらいの威力を持ってる。



「ご苦労、下がれ。」









オレは見た。

団長どのの机の上に広げてあった、宗教書の一節を。









「女は男よりも肉欲において勝り、霊性において劣っており、妖術の虜となる七つの理由を持ち合わせている。


つまり女は男よりも


軽信で経験が足りず、

好奇心が強く、

感じやすく、

意地が悪く、

執念深く、

落ち込みやすく、

口が軽い。









マルチェロ団長ご愛読の、バリッバリの女性嫌悪哲学者の魔女についての本だ。



ソフィーは、マルチェロ団長に“恨みを買う”ってコトが、どんだけ恐ろしいことが知らねぇんだ。


まあ…いくら団長どのでも、大司教の情婦をいきなり魔女審問にかけるほどブッ飛んでいやしねぇのが、せめてもの慰めだが。









でももし…なんかあったら。

オレは、“昔馴染みのよしみで”ソフィーの事を団長に言ってやるべきなんだろうな。









団長どの、そりゃ確かにソフィーはバカで、ぶきっちょで、後先考えない、ケーハクな女っスよ。


取り柄といやあ、カオと、色気と、デカパイくらいしかねえ女っスよ。




でもね、団長どの。


このサヴェッラで、なんとか…そう、どんな手段をとっても、生き延びよう、のしあがろう、って点は、ね。





団長どのと、おんなじなんスよ?







2006/10/22




一言要約「人にはそれぞれの事情がある」
戯曲シリーズでは、団員のホモトークを楽しむ余裕のあるエステバンですが、さすがに今回はうろたえてますな。
えー、相変わらず、団員視線になると長くなるみたいですが、今回、わざわざ三部作の三つ目にこの話を持ってきたのは
「アンタ以外にも頑張ってる人はいるんだって。」
という視線を持ち込みたかったからです。
皆様ご存知の通り、兄貴は“偏狭極まりない”性格なので、人の都合やら人生やらを無視してかかる悪癖がありますが、それってどうよ?って話を書きたかったのです。
「谷間の百合」では、なかなか嫌な女っぷりを発揮してくれたソフィーですが、エステバンと話してると、どんどん可愛くなってきてしまいました。つーか、そもそもべにいもは悪女を書くのは苦手なんですよねー。

さて、という訳で聖堂騎士設定三人目、戯曲のツッコミ役でお馴染みのエステバンです。
パルミド出身の聖堂騎士。恐らく、完全実力主義(強けりゃそれでいい)を取るようになってからの聖堂騎士団に入団した、聖堂騎士としては新人。拙サイトでは、強盗だの盗賊だのの派手な前科がある、かなり無頼なお兄ちゃんに設定してあります。
前非を悔いたのか、カリスマ100に当てられたのか、人生航路を180度転換して聖堂騎士になる。トマーゾと同じく、聖堂騎士団内では数少ないノーマル…の筈。
酒も博奕も女も嗜むが、「マルチェロ団長の理想」に強く共感し、憎まれ口は叩きながらも彼に忠誠を誓うのは、やはり社会的に差別されて来たが由縁…かな?

聖堂騎士の中では異端児っぽいので、ちょっと毛色の変わった特性を持たせてみました。分りやすくソードワールドを例に取って言うなら、
「プリースト技能よりも、シーフ技能やレンジャー技能が高い聖堂騎士」
ってカンジですか?(余計分りにくいです。)

さて、腐ったサヴェッラに咲いた一輪の恋の花ってカンジですが、どうなるんでしょうかね?続きをお楽しみに…(実は、もう結末はどっかの話に書いてあるんだけどね。)



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