聖堂騎士トマーゾ 副団長奮闘記

元拍手話。
拙サイトでは、下手をするとククールより出番が多いかもしれない、あのデカくてゴツくて色黒でタラコ唇な聖堂騎士トマーゾから見た、サヴェッラと兄貴。






















「トマーゾ、お前に副団長職を任せようと思う。」

深夜の団長室に呼ばれて聞いた、マルチェロ団長のその言葉は、まさに寝耳に水だった。


「は…?あの…自分などに、そのような重責が務まるかどうか…」

俺がそう言うと、団長はあの額に不愉快そうな皺を浮かべた。


「トマーゾ。お前は私が、任務も務まらん男を副団長に任ずるほど、目の腐った男だと思っているのか?」

「い、いえ…そういうことではありませんが。」

相も変わらず、彼の剣捌きのように鋭いその言葉に、俺は躊躇いがちに返答する。



もしかして、一応、褒められたことになるのだろうか、今の言葉は。



「私が団長職に就いてからは、副団長は置いていなかったが…オディロ院長があのようなことになられ、私が修道院長職も兼任するようになり、しかも、サヴェッラにまで進出しようとする今、さすがに私一人で全てを決済するのは、いかにも非効率的だ。」

マルチェロ団長は、非常に団長らしい物言いをする。

けれど、俺は一応反論する。


「自分を見込んでくださったことには、感謝いたします。ですが、自分よりも適任者は他にもいるのではないでしょうか。確かに自分は、団員として任にある事は長く、聖堂騎士団についても内情をよく存じております。ですが、能は剣を振るうことくらいで、サヴェッラなどでの諸任務などに耐えられるかは…」



「お前の自己評価など聞いてはおらん。受けるのか、受けないのか、どちらだっ!?」

雷の如き一喝。




「…それでもよろしければ、この聖堂騎士トマーゾ。誠心誠意、副団長職を務めさせていただきます。」

「うむ、それでいい。」

相も変わらず独断的なマルチェロ団長は、重々しく頷いた。

俺に、拒否権はそもそもなかったらしい。



「お前の副官にはエステバンをつけよう。」

「は?エステバンですか?」

俺は、ついこの間聖堂騎士になったばかりの、パルミド出の男を思い浮かべた。


「なかなかやんちゃな男だからな。他の団員との軋轢もあろう。お前が育てた誼だ、最後まで面倒を見てやれ。」


そんな、犬を拾ったわけじゃないんだから…。だいたい、拾ってきたのはマルチェロ団長じゃないですか?

と言いたくなる言葉を、俺は呑み込んだ。


確かに、実力主義を歌うようになったとはいえ、貴族出身者の勢力も依然として強いこの騎士団で、パルミド出の彼への風当たりはやはり強い。

ここは一つ先輩として、なんとか教育してやるべきなんだろうな。それに、要領の悪いしかもバカ正直な俺と違って、あいつは要領もいいし、裏手口にも詳しい。



「承知いたしました。有難く存じます。」


「正式な任命は明日に行う。お前の副団長としての働きに期待している。」

「はっ。」

そう返答した俺は、まだ気付いていなかった。




俺が、どんな茨の道を歩み始めたかを…











というわけで、マイエラの片田舎からサヴェッラに出てきてはや…どれくらいたったのだろうか。



予想はしていたが、とにかく目の回るように忙しい。


新兵の訓練から、資金調達、大貴族、高位聖職者への献金、寄付…という名の賄賂。


おまけに、マイエラにいた頃より、さらにきな臭い、聖堂騎士にあるまじき黒い任務も行われている…




「ふう…」

俺はため息をつきながら、遅すぎる夕食にありついた。


「なんだよトマーゾ。また豆のスープか?」

俺の副官なのに、よっぽど公的な時以外は完全タメ口なエステバンが言う。

ま、無理やり教え込んだあの機械的な敬語で喋られるよりは、よっぽど自然でいいが。


「…マルチェロ団長が毎日豆のスープなのに、副団長の俺がステーキを食う訳にはいかんだろ。」

団長の命令で、団員にはけっこう栄養のある食事が保障されている。

さもなきゃ使い物にならないということだが、そう言うマルチェロ団長の食事は、晩餐などに呼ばれた時以外は、一般修道士が不平を言うくらいの、質素極まりない豆のスープだ。

だから修道士たちも、不平は漏らせても、文句は言えない。



「よくその図体が、そんな豆のスープでもつもんさな。」

「幸い、これ以上デカくなる必要はないからな。」

「違ェねえ。」


エステバンは笑いながら奥へ行くと、豆のスープをよそって戻ってきて、俺の目の前に座った。



「…で、なんでお前まで豆のスープなんだ?」

聖堂騎士になりたての頃は、「パルミドとは違って、ここは天国だぜ。」とか言いながら、肉を飽食していた男なのに。


「生憎と、美味いモンを食いすぎて、太り気味でよ。」

エステバンは真顔で続けた。



「太ると、この色男が台無しじゃねェか、なァ、トマーゾ?」



忙しすぎて、太る暇もない生活なのに。

俺は、軽口が過ぎるくせに下手な冗談を言うこいつに、こう、返した。




「お前もあまのじゃくだな」











ご指名で、俺がいわゆる“賄賂まわり”に行かなければならなくなった。


「女子修道院長猊下には、ご機嫌麗しく…」

俺の目の前にいるのは、とある大きな女子修道院の院長。


「こちらこそ、わざわざお越しいただいて光栄ですわぁん。」

俺は、女子修道院長らしからぬ、胸元が開きすぎて、その“罪の割れ目”が丸見えな胸元に視線をやるわけにもいかず、かと言って黒子の色っぽい顔を凝視するわけにもいかず、視線のやり場に困っていた。


「うふふ、思ったとおり、生真面目な方ですのねぇん?」

聖職者らしからぬ口調の修道院長は、俺を無遠慮にじろじろと眺め倒す。



俺は、見られるのには慣れていない。

“イケメン揃いの聖堂騎士団”という、誰が流したんだか知らない迷惑な噂のせいで、聖堂騎士団はあたかも美形揃いのようなイメージが強いが、別に聖堂騎士は顔で選んでる訳じゃないので、俺みたいなのも当然いる。

で、ご婦人方というのは、うちの団長みたいな美丈夫や、ククールみたいな美青年がお好きなので、視線は俺の方には流れてこなかったからだ。



「…聖堂騎士の方は、美男子揃いとお聞きしていましたけれどぉ…」

また、この話題か。


俺はいい加減にして欲しかったが、礼儀を失うわけにはいかない。


「申し訳ありませんが、自分みたいなのもいるのですよ。」

マイエラにいた頃は、俺が出張礼拝に行くと「もっとカッコいい人が来ると思ったのに!!」と本気で怒り出したお嬢さんまでいたりして、俺は慣れているとはいえ傷ついた。

またその話題か…そう思って尼僧院長に視線を戻すと


「あたくしぃ、大柄な方が好きなのですわよねぇ…」

なんか、俺に向ける視線がおかしかった。



「は…」

「色黒のこのお肌とか、肉の厚い唇とかぁ…きっと“お強い”のでしょぉ?」

尼僧院長の白い指が、俺の肌に無遠慮にのびてくる。



「ちょ…院長猊下?」

「あたくしぃ、ちょっとトウは立っているかもしれませんけどぉ、カラダは若いんですのよぉ…ほら?」

頼みもしないのに、俺の視界には、白くて大きな…“胸元”が、ぺろん、と示された。

続いて、俺の内股に、また“罪の源”に、手が…



「お戯れはおやめ下さいっ!!自分は、自分は女神に貞節を誓った…」

「ま、それはあたくしもおんなじですわぁ。おんなじ同士“仲良く”しませんことぉ?」

「ご、ご勘弁を…っ!!!」









俺はなんとか、“俺の貞節”を死守した。

しかし…サヴェッラは恐い、本当に恐いっ!!



俺は身づくろいを整えると、復命にマルチェロ団長の部屋へと入った。




「聖堂騎士副団長トマーゾ、任務を終え、帰還いたしました。」

平静を装って言うと、マルチェロ団長はしばし沈黙してから、眉に皺を寄せ、俺を睨み付けた。



「女の香水の匂いがするな…」

どれだけ鼻が利くんだ!?

相手がこの人でなくてはツッコミを入れたかったが、間髪入れずに団長は言葉を放つ。



「まさかトマーゾ、お前は自らの貞潔を…」

「ちち、違います、全然違いますっ!!これは…」


結局俺は、さっきのあらいざらいを白状させられた。

それを聞き終わった団長から放たれたのは、



「愚か者っ!!!!」

分厚い刃物から放たれた一撃のような、怒声だった。









「貴様に隙があるから、そのような誘惑を受けるのだ、愚か者っ!!!」

「え、ええっ!?」

悪いのは俺なのか?



俺はいろいろ弁明したかったのだが、そもそもそんな事を聞いてくれる人じゃない。


俺は、忙しいはずなのにやたらと元気なマルチェロ団長の、ドラゴンの咆哮より猶恐ろしい罵声を、忙しいはずの団長から延々と拝聴するという“栄誉”を賜った。




「よ、トマーゾ。大変だったな?」

エステバンが軽口を叩く。


「…」

返答する気力もない俺。


「まったく、お前も相変わらずカタいよな、トマーゾ。どうせ怒られんなら、最後までヤッちまえば良かったのに。」

「そんな…俺は一時の強いられた情欲のために、一生を罪に汚す気はないよ。」


この年まで純潔を守ってきたのに、好色な尼僧院長なんかにそれを奪われる気はない。

いや、たとえそれが一生ものの恋であったとしても、俺は聖堂騎士なんだから…



「さすがマルチェロ団長とドーテー仲間なだきゃあるな。俺にゃ真似出来ねェぜ。」

さんざからかうエステバンに、俺は久しぶりに本気で…ムカついた











「ほら、成り行きってモンがあるじゃねェか…」

俺は、割と必死な形相のエステバンを見下ろした。


「俺だって、別にそんなつもりはなかったんだ。ただ、あの女がよ

『聖堂騎士って、もっとカッコいいって聞いてたのに…』

なァんて言うからよ…ほら、やっぱ“イケメン揃いの聖堂騎士団”の名誉にかけて、そこは否定しとくべきじゃねェか?」

別に、そんな名誉はウチのウリじゃあないし。

けど、エステバンはまだまだ続ける。


「だから俺はそいつに言ったんだ。

『目ェ腐ってんじゃねェか?この男前を捕まえて…つーか、カオだけじゃねェ、俺は脱いだってすげェっての』

そしたら、じゃあ脱いでみなさいよって言われて…そりゃ、引けねェだろ、男として…いや、聖堂騎士としてっ!!!鍛錬を積んだカラダってのを、善男善女に見せてやんねェと…」

そんな必要ないから。


「で、まさか公衆の目前で脱ぐワケにもいかねェし、人目につかねェトコに二人でいて、俺が脱いだらさ…そりゃあ…行くトコまでイクのが人情ってモンで、そこはそれ、女神様の定めた人の性が…」



「言いたい事はそれだけか、エステバン。」

氷を吹くような言葉に、エステバンの顔が一気に青ざめた。


「マルチェロ団長…いつの間に…」

「聖堂騎士は貞潔を守るべし…誓った筈だな、エステバン?」

「は、はい…」

マルチェロ団長はつかつかと歩み寄ると、エステバンの腕を掴んだ。



「まあ、詳しい話は“向こうで”聞こうか。」

「…」

おとなしく連れられて行くエステバンを見やり、一向に素行の収まらないこいつにはいい薬だとも思いつつ、俺は今日は早めに床につくことにした。




MP満タンで回復呪文を唱えられる状態で、あいつが戻ってくるのを迎えるために











「話にならんっ!!」

マルチェロ団長が、執務机に強く書類を叩き付けた。



団長の不機嫌の理由は、俺も知っている。

このサヴェッラは、血統主義がはこびった所で、マルチェロ団長のような“自らの能力で自らの現在を掴み取った”人を“なり上がり者”と蔑視する人間がとても多い。

そして、中にはそれが嵩じる余り、団長をまともに相手にしない人間すら…




「しかしながら、マルチェロ団長。これはなんとしてでも受けていただかねばならない事ではありませんか?」

「言われずとも分かっている。だが、話にもならんのだっ!」

余程腹が立ったらしい。団長の秀でた額には、うっすらと血管すら浮かび上がっていた。




その時、団員が団長への来客を告げた。

団長はさすがに表情を取り繕い、でも足捌きはいつもよりも不機嫌気に、部屋を出て行った。




「…」

俺は、団長が机に叩き付けた書類を見た。

宛名の人物は、実は俺の遠縁だ。



「…仕方ないな。」

俺はその書類を持ち出し、そして俺の実家へと手紙を認めた。






団長は、思ったより長引いた用件から戻り、例の人物からの承諾書を眺め、そして俺を呼び出した。



「ご苦労。」

いつもの不機嫌そうな顔で俺に言うと、


「成程、お前はそういえば“貴族の出身”であったな。最初からお前に頼めば良かったなっ。」

と、更に不愉快そうな面持ちと口調で続けた。




いつもより大人気ない物言いだったが、俺は何も言わなかった。

俺が貴族の生まれなのは、俺の才能でも努力の結果でもなく、ただの偶然。


その“ただの偶然”に“負けた”と思うのが、この人には耐え難かったのだろう…な。











俺は、団長室に入ろうとした。



なにかの物音。


「ニノさま…こんな所で…」

続いて、ニノ大司教の声。



俺は黙って、団長室に続く通路の入り口に戻った。



「トマーゾ副団長、マルチェロ団長に御用が…」

「団長は今、所用だ。」

俺は尋ねてきた団員にそっけなくそうとだけ言った。



エステバンはそれだけで、全てを察したらしい。

俺になにも言わずにつかつかとさらに入り口に行くと、さっさと人払いを始めた。









「邪魔したな。」

上機嫌で帰ろうとするニノ大司教に、俺は最大限の礼儀を払い…でも気付かれないように“敬意”は払わずに、済ました。




「聖堂騎士副団長トマーゾ、入室を許可願います。」

「…」

返答がなかった“から”、俺は中に入った。



「…」

ソファーに身を投げだしたマルチェロ団長は、不機嫌そうな翡翠色の瞳で、俺を

ちら

とだけ見て、すぐに手のひらを顔に当てた。


まるで、隠すように。




俺は黙ったまま、部屋中の換気を行った。




「何か私に、言いたいことでもあるのか?」

しばらくして、団長は言った。


「いえ、何も。」

出て行こうとした俺に、また、声が飛んだ。


「お前は、“ここまでする”必要があると思うか?」

俺は、振り向かずに答えた。



「団長が“ある”とお考えなのでしたら、あるのでしょう。」

俺は扉に手を掛けたが、思い直してもう一言付け加えた。



「自分たち聖堂騎士は、団長のお考えに従うのが、仕事です。」

ドアから出る俺の背中に、小さく鼻で笑うような音が投げつけられた。











俺は、弟のパオロと久しぶりに会い、食事をしていた。



「すまんな、忙しい中…」

「いいよ、トマーゾ兄さま。どーせウチの奥様がマタニティブルーで機嫌悪くて、外出る用事探してたトコだもん。」

「マタニティー?この間、娘が生まれた所じゃなかったか?」

「やだなあ兄さま、三人目が出来てるんだってば。」


見た目も甘ったれた口調も昔のままながら、とうに妻子持ちの弟の話を聞いていると、俺は俺の今に軽い疑問を感じる。

聖堂騎士たちだけで入るときは、そこは皆独身の男ばかりなのだから気にもならないが、そういえば俺もいい年。俗世にあれば、とうに妻子がいるはずなのだ。



俺に、それが許されていれば




「ぼくが忙しーってゆーけどさぁ、兄さまだってめちゃめちゃ忙しいってゆーじゃん?」

「ああ、確かにめちゃめちゃ忙しい…な。まあ…」

まあ、自分で選んだ道だから…

俺が続けようとすると、弟は言った。



「ねー、なんでそんなに頑張ってるの?」

「…」


俺は、不意を突かれた。

どうして俺は頑張っているんだろう。

金が儲かる訳でもなく、家族のためではもちろんあり得ない。

自分のため?




「もっとラクに生きりゃいーじゃん。聖堂騎士が大変だったら、父さまに言って、もっと楽な聖職録買ってもらえば…」

「いや、そうはいかないっ!」

俺は、自分でも驚くくらいの大声で答えていた。

弟が、驚いたように俺を凝視する。



「俺は聖堂騎士でなくては駄目なんだ。なぜなら…」



生きがい?

団長への忠誠心?

それとも理想のため?


俺の心は千々に乱れて、それ以上言葉にならなかった。


けど俺は、やはり、聖堂騎士でいたい。

それだけは、本当だった。




「…ま、何でもいいけど、体にだけは気をつけてね。兄さまマジメだから、変な深入りしそうで、心配で心配で、食事もまともにノドを通らないってゆーか…」

そう言いながら、付け合せのマッシュルームを美味しそうにパクつく弟に、俺はようやくいつもの顔に戻って言った。




「なぁに、体だけは昔から丈夫だから平気さ。それに小心者だから、大それたことなんて、良くも悪くも出来ないよ。」

「そぉかなあ、そーゆー人ほど、びっくりするような事件に巻き込まれちゃったりするんだよー?」




俺は、その弟の言葉に僅かな不安を覚えたが、強いてそれを振り払った。


マルチェロ団長についていけば間違いはない。

そりゃ、あの人にはいろいろと困った所はたくさんあるが、それを全て補って余りあるほど素晴らしい魅力を持った人だ。

だから、あの人に付いて行く…



俺はそう、心の中で呟き、そしてまた、なにか暗いものが心に忍び寄る感覚を覚えた。








2007/8/29




童貞聖者 一覧へ inserted by FC2 system