不味いチョコ
さてバレンタインだ、誰の話を書こう。
アロマルは書いたし、ククゼシも書いたし、主姫も書いたし、ヤンゲルも書いたし…さすがにサイトを長年続けてると、ネタ切れ起こすよな。
よし、ここは一つ、今まで書いたことのない人に挑戦だ!!
というわけで、グラッド氏初書きです。
心配性な村長夫人の治療というか、カウンセリングというか、ともかくそんなものを終えて、私は帰途につく。
どうも肩に重いものを感じて、肩を回す。
厚手の生地のせいだけでなく、回す感触が良くない。
「…肩こりかな。」
つまりは血行が滞っている。
肩だけじゃない、いろいろだ。
多忙とはいえ、運動不足は頂けないな。きちんと立って、体を動かしなさい。
と、私の患者なら言っている所だ。
目の裏からも微かな鈍痛を感じる。
睡眠不足だ、きちんと寝なさい。
と、私の患者なら言っている所だ。
疲労が溜まっている。
疲労は万病のもとだ、きちんと休みなさい。
と、私の患者なら…
客観的に今の今の自分の状態を見るに、病気の一歩手前だ。
「薬師の不養生だな。」
自嘲してみる。
人里離れた場所で自分たちの技をただ守り伝えるよりも大事なことがある!!
とタンカを切って母の家から飛び出して、はや何年か。
今の生活は充実しているので、自分の決断を後悔はしない。
「母さん、元気かな。」
降る雪はしんしんと。
病気知らずの元気な人とはいえ、もうトシだ。
この寒さが体に堪えてはいないだろうか。
そうだ、この季節になると母はいつも、貴重なヌーク草を煎じて私に飲ませてくれたものだ。
「これを飲むと風邪をひかないんだよ。しっかりお飲み。ちょっと変な味がするけど我慢するのだよ。いい子だからね、グラッド。」
いつもそう言って。
私がとうに大きくなっているというのに、いつまでも。
「…今度は、私が煎じて飲ませてやらねばならないといけないというのにな。不孝な息子だ。」
後悔はしないが、苦い薬草を誤って齧ってしまったような味が喉を滑り落ちた。
自宅に戻ると、机の上に見慣れぬ袋が置いてある。
グラッド
わざと下手に書いたような文字。
触ると、上の方がかすかにべたりとした。
「おう、グラッドさん。」
隣人が声をかける。
「ああ…出た時はなかったんだが、これは…なんだい?」
隣人は丸い顔の顎ひげを撫でた。
「ああ、それは上の番兵が持ってきてだね。」
「番兵?」
「犬がくわえて来たんだと。」
「犬…」
「そう、おおーきな、犬。何だか分からなかったけれど、グラッドさんの名前が書いてあったから、渡してくれと頼まれたのさ。」
「…ありがとう。」
私は隣人に礼を言って、自室に戻った。
袋を開けると、丁寧に包まれた中に手のひらほどの大きさのチョコレートが入っていた。
「…」
においを嗅いでみると、かすかに薬草のにおいがした。
齧ってみる。
口の中が、ほんのりと温まった。
この味は忘れない。
ヌーク草の味だ。
「…まったく…」
決して美味ではないが、いや正直言うと不味いが、人を温めるその味。
「いつまでも子どもだと思ってからに…」
ヌーク草だけでなく、他の薬草も配合してあるのだろう、チョコレートのくせにほとんど甘くないそれを齧るたびに、口の中に何とも言えない、まあ美味とはお世辞にも言えない味が広がる。
これを飲むと風邪をひかないんだよ。しっかりお飲み。ちょっと変な味がするけど我慢するのだよ。いい子だからね。
不味いそのチョコレートは、口で融けて、喉を滑り落ちて、胃の腑に落ちて、体の中にじんわりと拡がって、私の疲労を取り去った。
まったく、もういい年だというのに、本当に有能な薬師だよ、あの人は。
見事な調合だ、私も厳しい修行の日々を積み重ねたが、未だに全く勝てる気がしない。
でも、本当にお節介な人だ。
未だに私を子ども扱いして。
「母さんめ…」
私は最後の一欠を呑みこんだ。
すっかり元気になった気がしたが、私は休むべくベッドを整える。
「薬師の仕事は、人を元気にする『手伝い』さ。自分の腕が万能で、どんな病気でも治せると思いあがってはいけない、んだよな。分かってるよ、母さん。」
ゆっくり休もう。
元気でいよう。
そして起きたら、また元気に働くよ。
そしてそのうち、少しは母さんに勝てる気がしたら、家に戻るよ。
「だから母さんも、それまでお元気で。」
終
2010/2/14