破顔一笑

もんどさまに
「クリスマスプレゼントの交換してー」
と駄々をこねて、無理やり交換してもらう、べにいもからのプレゼント駄文。

「聖堂騎士団長になれなかったマルチェロ」のお話です。
オディマルと見せかけて…







「オディロさん、今日の牛乳ですよ。」

微笑みながら、搾りたての牛乳の入った桶を差し出す娘。


「おお、今日も新鮮なものをありがとう。」

受け取るのは、長くて白い鬚を生やした、温和な老人。


「あら、いいのよ、オディロさん。だってこないだも、父さんが山で怪我した時に、マルチェロさんにホイミを唱えてもらったもの。そうでなかったら父さん、まだ怪我で唸ってるはずよ。」

老人はゆっくりと頷いた。


「お父さんはもう元気かね?」

「もちろん、今日もあの重たい斧を担いで朝早くから山へ行ったわ。あ、柴を刈ってきたら、またマルチェロさんに取りにきてもらってね。」

「ああ、すまないね。おっと…ワシはそろそろ家に戻らねばな。パンが焼きあがってしまう。」

「オディロさんてば、毎日大変ね。ね、マルチェロさんに言ってくんない?あたしが家にいたら、毎日、美味しいご飯を作りますよーって。」

「ほっほっほ、伝えておくよ。」




老人は粗末だが清潔な家に戻ると、パン焼き窯を覗いた。


「うーむ、良い匂いじゃ。今日のはなかなかの自信作じゃからな。あの子も喜んでくれるじゃろう。」

老人は、焼きたてのパンを皿に並べると、かまどにかけた鍋のスープの味見をした。




「オディロ院長…」

ドアを開けて入ってきた男は、その光景を見て、慌てて駆け寄った。


「そのようなこと、私が…」

老人は、見上げるような長身の男を窘めるように言う。


「もうワシは院長ではないと言うに…」

男は、


ハッ

とした表情になり、そして言い直した。


「申し訳ありません…オディロ様。ともかく、食事の支度など私が致します。」

老人はかぶりを振る。


「ワシがそこまで役立たずだと思われるのも心外じゃな。ほれ、いいからお前こそ席にお着き、マルチェロや。それ、新鮮なミルクもあるぞ。」

老人はテキパキと動き、食事の支度を整えた。


男は、黙って従った。




「万物を生み出したる、偉大なる女神よ。今日の食事を感謝します。」

二人は食前の祈りを捧げると、食事にかかった。




男の食が、進まない。


「どうしたね、マルチェロや。今日のパンはワシとしては自信作なのじゃが」

「いえ、大変美味しゅうございます…」

「…やはり、クマさんパンはちょっと恥ずかしいかね?うーむ…どうもいかんのう、いつまでもお前が子どものままの気がして…」

「いえ…それも宜しいのです…ですが…」


男は一旦言葉を切り、続けた。


「貴方様ともあろう方に、パンを焼かせてしまっているのが申し訳なく…」

「おかしな事を言うね、マルチェロや。ワシは元は粉屋の息子じゃ。パンなぞ、物心ついた頃から焼いておった。」

「しかし…」




男はもう一度言葉を切り、そして言った。


「貴方は…聖者…世界三大聖地の一、マイエラ大修道院院長猊下であられたではありませんか…」




老人は、パンをちぎる手を止めて、男をじっと見上げる。




「それは言わぬと約束したではないか、マルチェロ…」

「ですが…申し訳なく…」



男は顔を覆った。





「私のせいでっ!!!!」





それは、決して大きな声ではなかったのだが、室内によく響いた。











老人は、確かについ先ごろまでは、世界三大聖地の一、マイエラ修道院の院長であった。

そして男は、そこの聖堂騎士

いや、聖堂騎士団長の座に、ほとんど足をかけていたのだった。




その就任式の当日。

女神の意を問う儀式にて、彼は




女神に、選ばれなかった。






“悪魔の子”の身で

修道院付設の孤児院の出身という、なんの後ろだても無い身で


己が力一つだけで、その地位まで駆け上がって来ていた男は、その瞬間から、猛烈な逆風の嵐の只中に放り込まれた。


ありとあらゆる誹謗中傷の嵐

ついには、女神の意に反したものは焼いてしまえとする極論まで飛び出し、異端審問の気配すら漂い始めた時、老人は静かに、だが決然と言った。







「女神の意に反した者を聖堂騎士団長に選んだのは、マイエラ修道院長たるこのワシである。ならば、責任はワシがとるべきであろう。」




老人は、女神と法王庁の前でそう公言し、そしてマイエラ修道院長の座を辞した。







「と、いう訳じゃマルチェロや。なあに、何も気にせずとも良い。正直、猊下猊下と崇められる生活は、肩が凝って仕方なくてのう。それに、勝手にマイエラを離れられんかったし。じゃが、これでワシはただのジジイじゃ。誰憚ることもない身じゃし、老い先短い身、どこか遠くへ行って新しい生活をするのも悪くはないかのう。」

そう、爽やかに、己が愛し子に言った老人の名は、オディロ。



「…地の果てまで、御供させて頂きます、我が父よ。」

そう、覚悟の極みのような表情で答えた男の名は、マルチェロ。







そうして二人は、二人の正体も、そして過去も、誰一人として知る者もない山深いこの村に流れ着き、暮らしていた。









閉鎖的な村の事、当初は、うさん臭げな顔で見られた二人だったが、神聖呪文を使う“女神の僕”と知られるや、村人たちの態度は柔らかく変化した。

山深い村では、ホイミの呪文一つ、キアリーの呪文一つが、非常に有難がられた。

ほとんど施療者のような仕事だけで、二人がつましい暮らしを立てるだけの食べ物はなんとかなるくらいであった。





オディロは、その生活に十分満足していた。

だが、マルチェロは…








待つしかあるまい。

オディロは考えていた。
















「いや、マルチェロさんはすごいねえ。」

鍛冶屋のおかみが、大きなチーズを手にしてやって来て、そして言った。


「いやね、今さ。ウチの宿六が戻ってきてね、クマに襲われたって言うんだよ。そりゃ心配するじゃないか。そしたらウチの宿六が言うんだよ。

『駄目かと思った時に、マルチェロさんが通りかかってな。おれが町から仕入れてきた、鋳潰すしかねえくらい銅の剣を手に取るや、ウソみてえな剣捌きでクマを追い返しちまったんだ。ウソじゃねえよ。ホントだって。だからよ、オディロのじいさまんとこ行って、チーズの一つもお礼に置いてきな。』

って。あんな宿六でも、大事な亭主なんだよ、助けてくれてありがとさん。」

「そうかね、そうかね、ご亭主が無事で本当に良かったのう。女神に感謝せねば。」

「ええ本当ですよ、女神さまとマルチェロさんのおかげ…しかし、街のお坊さまってのは、剣まで使えるんだねえ。ウチの村の神父さまなんて、カマだって使えるか怪しいもんだのに。」



鍛冶屋のおかみと入れ違えるようにして、マルチェロが戻ってきた。




「お帰り、マルチェロや。お手柄だったね。」

マルチェロの端正な顔に、僅かに翳が映った。



「お褒め頂き、恐縮です。」

慇懃な言葉とは裏腹に、その顔には別の言葉が宿っていた…




せっかくの剣の腕を、こんな瑣末な事でしか用いられんとは




そんな憤るような焦りを、その表情の裏に、オディロは感じた。














山のせせらぎが陽光を受けて輝く。

その銀色の光が、オディロの脳裏に、記憶を呼び覚ました。



オディロは前を行く、山道を己が進むのに苦労のないように惨憺することに意識が集中していて、辺りの景色を眺める余裕のない、己が愛し子の広い背中を眺める。




「オディロ様、おみ足は痛みませんか?」

先ほどから、五十歩に一度はそう声をかけてくれる。


「まったくお前は、ことごとくワシを年寄り扱いしおってからに。マルチェロや、ワシは田舎の生まれで、山道は慣れておる。」

己が愛し子の気遣いはもちろん承知の上での返答。



「申し訳ありません。」

そう答えつつも、また、五十歩先では、同じ問いをするのだろう。




マイエラにおわしましたならば、このような御苦労はおかけしませんでしたのに。

その言葉が根底にあると知っているから、オディロは五十歩先でも同じ応答をする。




そして彼は言い損なうのだ。




ククールは、どうしているかのう。

銀色の光と同じ色をした、もう立派な青年になっているだろう少年の名を。



「どうしてオレは連れてってくれないんですか!!」

そう叫んだ、彼の名を。















雪深々と降る窓の外。

優しくも大きな手が、オディロの額に載せられた濡れ手巾をとる。

「お熱が下がりませんね…」

そして額にその手が触れ、哀しげに呟く。


「ふうむ…丈夫なのが取り得じゃから、まともに風邪なんぞひいた試しはなかったになあ。なにもわざわざこんな聖なる日に熱なんぞ出さんでも…」

軽く咳き込んだオディロの背中を、マルチェロは摩った。


「御心配なく、このマルチェロがついております。」

マルチェロの表情は変わらないが、ほとんど休みをとっていないことをオディロは知っている。

「なに、ワシは丈夫な質じゃよ。もうしばらく寝ておれば平気じゃ。だからお前も少しお休み。」

マルチェロが返答するため、口を開きかけた時だった。




「子どもが高熱で死にそうなんです!!すぐ来てください!!」

けたたましいドアの音と共に、女の絶叫が広くもない室内に響いた。




オディロの対応は素早かった。

すぐさま温和な笑みで婦人を宥めると、すぐに行くからと半狂乱状態にある彼女を宥めた。




「…」

マルチェロが再び口を開くより先に、オディロは言った。


「という事じゃ、ワシが行こう。」

マルチェロの顔が、驚きに満ちた。


マルチェロは必死で止めた。


ご病気なのです。

どうしても行かねばならぬとあれば私が行きます。


そしてその言葉の続きに、彼は言った。




「とりあえずホイミの一つもかければ、あの婦人も満足するでしょうから。」

「…マルチェロや、それはどういう意味かね?」

相変わらず穏やかながら、オディロの言葉には、咎める色がありありと表れていた。



「…病気にホイミは効きません。」

気まずいながらも、マルチェロは反論した。


「確かに体力の回復にはつながるかもしれませんが、高熱ならばすぐさまそれも失われるでしょう。根本的な解決にならない以上、我々が行っても仕方のない事です!!」

マルチェロは言い放つと、オディロを見た。


うんうん

オディロは頷いたが、ベッドから立ち上がると、壁に掛けてある上着をとった。




「オディロ…さま…」

マルチェロは止めようとしたが、オディロの強い意志に逆らう術を失い、黙って従った。









熱を出した子どもは、体力を著しく失っていた。

絶え間なく吹き出る汗が、その身を苛む高熱を物語る。


そして、失われた体力は、回復呪文も追いつかないほど、子どもの命を削り去っていた。







永遠のように長い間、呪文を唱え続けても、回復の兆しすら見えない。



ついにマルチェロは業を煮やしたのか、別の口実を設けて、オディロを別室へと連れ込んだ。




「いい加減にお休み下さい。このまま回復呪文を唱え続けても、オディロ様の精神力が削られるだけのことです。効果の乏しい業を為すことこそ不合理。それでもなさらねばならぬとしたら、私が唱えます。ですから、もうお休みになって下さい!!」

冷静な状態の彼であったならば、決してこんな物言いはしなかったろう。

それは分かっていたが、オディロはどうしてもマルチェロに言わねばならぬと思った。



「マルチェロや、我々、女神の僕が用いる呪文はの、呪文であって、呪文ではない。」

「…」

心から怪訝な面持ちになった、己が愛し子に、オディロは言った。




「小さな、奇跡なのじゃよ、マルチェロや。」









オディロは子どもの枕元に戻ると、女神への祈りを捧げた。

長い長い祈りは、捧げるごとに、オディロの小さな体躯を大きく見せんばかりに、偉大なる力を彼に与えているようだった。



「…聖者さまだわ…」

母親がつぶやいた。


そして彼女は、祈りながら跪いた。





柔らかな光が、室内に充満した、と、見えた。















光燦々と照らし出す窓の外。

大きな手が、オディロの小柄な体を支え、そして水を差し出す。



「おお、ありがとう、マルチェロや。」

「御暑くはございませんか、いえ、むしろ御寒くはございませんか?それと、御喉に加えて、御腹も御空きのようでしたら、すぐさま、御望みのものを…」

「良い良い、マルチェロや。そんなにいっぺんに言われると頭が混乱してしまう。」


「…申しわけありません。」

「…謝らんでも良い。そんなに寒くも暑くもないし、お腹はいっぱいじゃよ。」



オディロはそう言って、窓の外を眺める。

銀色の、光。

それを見たオディロが、次の言葉を口にしてしまったのは、病の故であろうか。

確かに、肉体が強くある時ならば、彼は決して言いはしなかったろう。




「ククールはどうしているかのう。」




「元気でやっているでしょう。」

一瞬の沈黙の後に返されたのは、当たり障りも愛想も優しさもない言葉。



「マルチェロや…あれから大分長い間になる。あの子と最後に会ってから、大分になる。それでも…」

その続きの言葉も、オディロは病でなければ、決して口にはしなかったろう。




「許せんかね?」




「そろそろ夕食の材料を取りに行かねばなりません…」

一瞬の沈黙の後、視線を逸らすようにしてそう言うマルチェロ。




彼がその場の去った後、オディロは指折って、己が年齢を数えてみた。




「もうおかしくないのう…」

女神からのお呼びがかかっても。















吹きすさぶ風と雪。

聖なる夜というのに、ほとんど嵐と言っても良い中、ありったけの薪を暖炉で燃やし、マルチェロはベッドの傍らに跪いて、祈りを捧げていた。


そして、祈りと共に、己が左手に意識を集中し、回復呪文を試みる。




そして、そのほとんど全ては淡雪のように空気中へと消え去り、効果を齎す事はなかった。




オディロは、目を開けた。

目の前にあるのは、己が愛し子。


「まだ起きておったのかね?こんな寒い中、いつまでも起きていると風邪をひいてしまうよ、マルチェロや、もうお休み。」

その言葉はいつもとまるで変わらないが、マルチェロはその表情に、女神の僕の無慈悲な死神の翳を認めていたのだ。



「…何故です?我が父よ、何故なのです?何故に私の呪文は効かぬのです?私の祈りは聞き遂げられぬのです」

だからマルチェロは、彼らしくもなく狂乱した。



「貴方は聖者です。女神に愛された聖者の命が、何故に延ばされぬのです?祈り手が私だからですか?女神に選ばれなんだ私だからですか!?よしや貴方が、私の身の罪を負われているからですか!?ならば私はこの命、喜んで貴方に差し上げます。女神に選ばれなんだのは私、罪を背負うは私だけで十分です!!我が父よ、どうか死神にその御手を委ねることがございませんように。我が剣で死神を切り伏せること叶うのなら、それがいかな大罪であろうと、私は喜んで…」

「お前の責任ではないよ、マルチェロや。ワシは年寄じゃ。女神から与えられた寿命が尽きようとしているだけのことじゃ。いかな人の子であっても、人の子の手に握られた剣は女神の定め給うた定めを切り裂く訳にはゆかぬよ。じゃから、そんなに取り乱すのはおよし。」

「ならば、私は女神の定め給うたその定めを呪います!!」




オディロはその言葉を聞き、小さくため息をついた。




「のうマルチェロや、ワシはずっと考えていたのだよ。どうして女神は、お前を聖堂騎士団長になさらなかったのかとね。ワシの見るところ、お前ほどあの地位に相応しい者はいなかった…じゃからワシはお前に騎士団長になってもらいたかったのじゃ。じゃがの…今のお前の言葉を聞いて、ワシのご先祖の…ほれ、あの神の子エジェウスさまじゃよ…言葉が聞こえてきたような気がしたのじゃよ。」

「…賢者は、なんと仰せで?」

「高みに昇りし者は、更に高みを目指す…何を押しのけても、何を踏み潰しても…」

マルチェロは、皮肉気な笑みをうかべる。


「私が、聖堂騎士団長より、更に高みを目指すとでも?それはなんの地位ですか?マイエラ修道院の院長ですか?はたまた至尊の身たる法王ですか?まさか、女神の地位を窺わんとするとでも?」

そして、吐き捨てた。


「バカな!!…私は、貴方に御仕え出来るだけで、十分でございます。」

「…マイエラにいたとしても、ワシは遠からず死を迎える運命であったろう。なにせ、院長だろうが、ただのジジイじゃろうが、トシはトシじゃでの。その時…お前は今のように、女神を呪わんかのう…」



黙り込み、俯くマルチェロの肩を、オディロは優しく叩いた。




「知っておる…お前は賢い子、本気で慈悲深き女神を呪うはずなどない…じゃが…やはりワシも耄碌したかのう、巧く言葉に出来んのう…じゃが…より多くの“物”を手に入れた者は、より多くの“物”を失うかもしれぬ…じゃから女神は、お前に失う苦しみを出来るだけ与えたくはなかったのじゃろう。」

「…では女神は、なぜ私から貴方を奪いなさるのです?」

「これこれ、子どものように。人は死ぬもの。そして、人が年の順に死んでいくのは、正しいことじゃよ、ワシの愛しい子。もし仮に、お前がワシより先に死んだら…おお、想像するだに恐ろしいことじゃ、ワシは女神を心から呪ってしまうかもしれん…マルチェロや、ワシの愛しい子や、お前はワシに、そんな大罪を犯させる気かね?」


「滅相も…」

マルチェロは笑ったが、その長い睫には、既に涙が宿っていた。




「マルチェロや、泣くのはおよし。泣かれると、なんだかワシがどこかろくでもない所に行くようではないか。ワシは女神のお膝元に行く気マンマンじゃでの。出来たら笑顔で見送って欲しいのう。」



だが、俯いたマルチェロからは、


一滴

二滴


こぼれ落ちる。




「分かった、分かった。人との別れは悲しいことじゃ。悲しい事に泣くなとは言わぬよ…じゃが、マルチェロや、女神とこの聖なる夜と、そしてワシに誓っておくれ。おお、死の間際とは意外と元気が出るものじゃと思うておったら、そろそろ本当にしんどくなってたきたのでな。」




オディロは、マルチェロの両の手をとった。




「まずは、ワシに祝福させておくれ。お前のこの手が、癒しの力を持つように。」

「オディロ様、私は回復呪文は苦手です。」

「…そして、お前が次は別れではなく、喜びに出会えたなら、心から笑えるように。破顔一笑…それがワシの望みじゃよ。悲しみに泣き、喜びに笑える…それが出来る人間に、小さな癒しの奇跡が遠いはずはない。」



マルチェロは、精一杯笑おうとしたのだろうが、それはどうしても心からの笑みとはならなかった。

けれどオディロは、そんな彼の顔をそっと引き寄せると、かつてマルチェロにしたように、


そっ

と額に口付けた。




「誓います…オディロ様、我が父よ、私が心から愛し、敬った方よ、私は心から誓います。」

愛しい子の言葉を聞いて、オディロが浮かべたのは







破顔一笑。





















マルチェロは歩く。

今年の聖なる夜は、雪も少なく、比較的寒さも穏やかだ。



マルチェロは、オディロの墓に参った帰りだった。




彼の最も敬愛した師父が眠るのを望んだのは、銀色のせせらぎの流れる小さな丘であったから。




今年は村に病人もけが人もなく、人々は穏やかな聖なる夜を家族と迎えているだろう。

だから自分は、そんな平和と平穏を女神に感謝すべく、祈りを捧げよう。




そう考えて、家路に着いたマルチェロは、人影を見つけた。




「…誰…」

よく見ると、魔物かなにかに襲われたらしいその人影は、息も絶え絶えのように見えた。




「大丈夫ですか?」

頼りない松明の明りの中、どうやら男であるらしい人物は、そっと頷いた。



「…見ない方ですな?この村を訪ねて来られたので?ひとりでここまで来たのですか?」

黙って頷く男。


「そうですか…ともかく大変です、荷物もほとんどお持ちでないようですが…」




「行く所がなくて…」

「いやいや、そんな事はどうでもいい。すぐさま手当てをせねば。」

マルチェロは、寒さを防ぐために羽織っていたマントを着せ掛けると、女神に祈りを捧げた。




女神は彼に、癒しの力を授けた。

「ベホマ。」











柔らかい、そして暖かい光が、男を包んだ。

その光は、男の髪に反射して、


きらきら

と、銀色に輝いた。








マルチェロは男の肩に手を掛けた。




「…さ、これでもう大丈夫ですよ、旅の方。まずは村までお越しあれ。」

「…ご迷惑に、なりませんか…余所者が突然…」




マルチェロの脳裏に、なにかが


ちら

と閃いた。




マルチェロはかぶりを振る。

「…私も似たようなものです。ですが、この村の方々はとても良い方ばかり。皆、家族のように接してくれます、大丈夫ですよ。」




男は、その言葉を聞くなり、肩を震わせた。




泣いている

そう気付いたのは、しばしの後。



大の男が、この程度で泣くとは

一瞬のそんな気持ちを、マルチェロは打ち消し、男の震える肩を


そっ

と抱いた。




「…村まで案内します。…余程つらかった旅なのでしょうね、ですが、泣かないで下さい。貴方…お名前は?」






マルチェロの脳裏に、今度ははっきりと、先ほどの予感の原因が示された。




「言っても、あんたは拒否らないか…」



マルチェロは、松明でゆっくりと男を照らした。




銀色の髪。

そして、こちらを見上げる、青い瞳。




長い年月が少年から、すっかり青年へと面変わりさせていたとはいえ、十分見覚えのある顔が、そこにあった。







「女神が与え給うのは、別れだけではなかったという訳か…」

「なあ、答えてよ。オレが名乗っても、もうアンタはオレを拒否らねえ?…オレはずっとあんたを探してきたんだ。あんたにはガキの時に拒否られ、あん時にも拒否られ、今回もこんな出会いしといて拒否られたら、オレ…」




「…私がお前を許せなかったのは、お前の存在が私から居場所を奪ったからだった。」

「…」

「恵まれた生活…それを奪われ、私はお前を憎んだ。そして、マイエラから追われたあの時も、聖堂騎士団長になり損なった自分自身を、私は憎んだ。失った物の大きさに、私は強く傷ついた。」

「…」

「だが、最愛の我が父を失って、私は分かったよ。あの方の存在ほど失って苦しいものであったかと。裕福な生活や、騎士団の中での高位など。」

「オディロ院長…亡くなっちまったの…?」

マルチェロは頷いた。



「あの方を失って…私は本当に、全てを失ったと思った…だが気付けば、住む家がある、日々の糧がある、善き隣人たちがいる…失った後には、必ず得るものがある…そうと気付かせてくれたのが、女神であり、我が父の御深慮が故なのだろう…」



「聖なる夜に、こうして出会えた…さあ、名乗ってくれ。」

マルチェロの言葉に青年は、その銀色の髪が揺れるほど、精一杯に叫んだ。






「ククール!!」




応えたのは














破顔一笑





2007/12/24




一言要約「兄貴にベホマが使えたら」

ザオリクがDQで話を作成する上で一種の地雷なのはみなさまもご存知でしょうが、同じくベホマも相当地雷な呪文だと思われます。だって、どんな大怪我をしても、一瞬で回復しちゃうからな…話の興を削ぐこと夥しいよ。
なのでべにいもは、『ダイの大冒険』でレオナ姫がクロコダインに言った言葉を基準としています。

クロコダインにベホマを唱えるように頼まれて
「いいけど、あたしのベホマじゃ、傷口の回復と体力の回復は同時には出来ないわよ。」

という訳で、ホイミ系の呪文は傷口補修と体力の回復を行える呪文だけど、ベホマが必要なくらいの怪我になると、その同時作用は非常に難しい…と。
これなら、戦闘の緊迫感を削ぐことなくホイミを書けるというものです。

ま、そんな事はどうでもいい話です。
もんどさまと交換しようと言った瞬間に、この話にすることは決定していましたし、二十日には完成しているはずが、あにはからんや、完成したのは二十四日の九時過ぎとは…
時の過ぎるのは早いものです。

クリスマスをテーマにしたような、しないようなカンジ…ということで、とりあえず「クリスマス」という言葉は出さずに、「聖なる夜」をイメージしてみました。
オディロ院長がサンタさんと考えると、きっとこの再会がプレゼント?

オディマルと見せかけて、実は兄弟愛がテーマなお話でした。

みなさま、メリークリスマス。 inserted by FC2 system