どんな美しい花よりも貴女が その一




やっぱりコテコテの口説き文句は、日本語や日本人でない方がいいなあ…









「マルチェロ…その…わたくし、急用を思い出し…」

マルチェロが入ってきたのを見て、奥様は慌てて席を外そうとなさいます。



ですが、




「マダム…」

マルチェロは、 いきなり、奥様のお手を 掴みました。




「ま…マルチェロ…さ…ま…?」

いろんな意味の驚きで 心拍数が跳ね上がる 奥様に彼は 憂いを含んだ眼差しで 言いました。






「マダム…お手から血 が…」


「…え?」




奥様は慌てて、ご自分の手をご覧になりました。




血塗れ でした。




「あらやだわ…」

やたらとあたふたしながら、奥様はちょっとだけ残念にお思いになります。


「ええっと…救急箱はどこだったかしら…」

「ホイミ」


温かな光が奥様の手を包むと見る間に、傷口は綺麗に塞がっていました。




「あ、あの…刺繍針を知らずに刺していたみたいです…」

聞かれもしないのに、言い訳なさる奥様。



「それほどの怪我にお気づきにならない程、熱心になさるとは…一体、このレース編みを何にお使いで?」

「え?ええ、それは…」



奥様はようやく我に返られて、お手元の 血に染まった レース編みをご覧になりました。





「…これはもう…使い物になりませんわね…」

ここまで編んだのですから、勿体ないですけれど…

そうお続けになる奥様に、マルチェロは言います。



「でしたら、編み上げられてから漂白なさっては?そう、最近リーザス村で新しい漂白剤に使える植物の栽培を開始…」


「そうは参りません!!」

奥様は、少々大きなお声でおっしゃいました。



「これは、ゼシカの嫁入り道具にするレースですもの。 一切手を加えない純白 でなくてはなりませんから。」


そして、お続けになりました。



「なにせ、 純白のレースは、純潔の花嫁の象徴 ですもの。」





もちろん奥様は、近いうちに結婚する我が娘が 当然!バージンロードをバージンのまま歩く筈 という事を、 微塵も疑ってはいらっしゃいません でした。




まあ…それはそれとして。


「左様でしたか…これだけのものなのに…勿体無い…」

マルチェロは、深く頷くと、結局無駄になってしまった血まみれのレース編みを手にとりました。



「わたくしもアルバート家に嫁ぐ際に、母が手編みのものを持たせて下さいました…」


「そんな風習がある事など、寡聞にして存じませんでした…」


「あら、博学なマルチェロさまにしてはお珍しい…」




マルチェロは、 寂しげな笑み を浮かべて、奥様に答えました。




「…私の母は、結局、嫁ぐことなく私を産みましたから…」






奥様は、少し返答に迷われた末に仰いました。




「…マルチェロさまが花嫁をお迎えになる時に、きっとその方もレース編みをお持ちになる筈ですわ…」


奥様はご自分で口にされながらも、 花嫁 という言葉に、胸を突き刺されたような痛みを覚えられました。


マルチェロは言います。

「私が花嫁を迎えるかどうかはさておくとしても…彼女にレース編みを持たせてくれるような母親がいるかどうかは、分りますまい。」



奥様は、 胸の痛み を押し隠し、 麗しい微笑みで おっしゃいました。



「まあ、でしたらその方には、わたくしが編んで差し上げますわ。…ゼシカが結婚すれば、他に編んでやらねばならない娘は、わたくしにはおりませんとも。」



マルチェロは答えました。

ええ、 心底心外そうな口調で 言います。


「私の花嫁が“純潔な”花嫁とは限りますまい。」




奥様は、雷に撃たれたような衝撃を お感じになりました。




「そ…そんな…ご冗談を…」

奥様はドキドキする胸を押さえながら、そっと、マルチェロを見上げました。




彼の瞳は、真剣そのもの でした。





「私の花嫁は、 寡婦かもしれないし、 子持ちかもしれない… 世の夫婦が必ず死を共にするとも限らない以上、必ずしも処女の花嫁でなくてはならんという法もありますまい?」


そして彼は、血まみれのレース飾りを手にとって、続けます。


「例えばこのレース飾り…マダム、貴女は、いったん、血に染まってしまったこの飾りは、処女の花嫁には相応しくないとおっしゃったが、洗えば色は落ちるだろうし、 洗い上がったその美しさ は、 けっして、一度も穢れなかったものに劣らない!!」





マルチェロはまだまだ話し続けますが、奥様は動転の余り、 その言葉を聞き取ることすらお出来になりませんでした。












「そんな…わたくしは、老いた、もう嫁ぐ年の娘もいる寡婦で…しかも、愚かで強情な…」



奥様が、蚊の鳴くような声を絞り出されると、マルチェロは言葉を切り、そして とびきり優しい笑顔で 言いました。




「ご謙遜を、マダム。貴女は、 私の知る限り、最も高貴な魂と魅力を兼ね備えられた、聡明な淑女です。」


2006/10/25




あーあ…言っちゃった(笑)




どんな美しい花よりも貴女が その二へ


アローザと元法王さま 一覧へ

inserted by FC2 system