お父さん、どうして泣くの? その一

少年漫画の法則:「弱肉強食を正面切って肯定する奴は悪。部分否定の発言をしながら結局実行する奴は善」









「…我が父、オディロ院長は仰った。」

マルチェロの言葉に、ククールと、そしてゼシカも



オディロ院長の話をマルチェロが出したら、間違いなく話は長くなるぞ

と覚悟を決めました。


それに、話が長くなった方が二人とも、 いじめっ子とは言え、稚い子供の無残な姿を見るという苦痛 までの距離が遠くて済みます。




「…マルチェロや、女神がお前に素晴らしい力を与えてくれたのは、お前の剣が、善くはあるものの弱き者を守るため。だからお前は、弱きものの善き者たちの笑顔を報酬としなさい。それはお前の魂を餓えから救い、真の満足を与えてくれるだろう…」




なんとまあ、 マルチェロの言葉とは思えない ようないい言葉です。

まあ、発言者がオディロ院長だから当たり前でしょうが。



そしてさすが、 お説法一つでマイエラ修道院を経済的に立て直した男 の言葉だけあって、そのことばは、周囲で聞く子どもたちはもちろん、 発言者かどれだけ極悪か痛いほどよく知っている、ククールとゼシカの二人 にも、深い感動を与えました。









「きれいごとだよっ!!」

トディ少年の、そんな叫びが響きました。





マルチェロは言葉を止め、トディー少年をその緑眼で見つめます。



その一睨みは、 小山のような聖堂騎士たちをひれ伏させた威力を持つ のですが、トディー少年は怯みません。







「スゲーなあのガキ、上手いこと 特殊訓練とかした ら、 相当な悪人になれる んじゃねーかな?」

ククールからしたら 心からの讃辞 を込めての発言だったのですが、ゼシカから返ってきたのは、キッツイ足ふみ(ヒールの細い靴の更にヒールで)でした。







「ゼシカが踏んだーっ!!!!」

どっかの赤い生物がぴょんぴょん飛び跳ねながら、そして泣きながら訴えますが、対峙する当人たちは勿論、見守る子どもたちも、そして当の踏んだゼシカも、そんなのは気にもしませんでした。








「強い奴が、その力を弱い奴のためになんか使うモンかっ!!強い奴は自分のためにしかその力を使いやしないよっ!!弱い奴は踏まれるだけさっ!!強い奴はそうすることで満足するんだよっ!!」




さて大変です。

ついこの間までのマルチェロが言っていたような事を、そのままトディー少年は言ってしまいました。


なんだかんだ言って、 基本大人げない マルチェロが、 子どもに言い負かされて、逆ギレした挙句


「今の顛末を見聞きした者全てをこの世から消し去れば済むことっ!!死ねいっ!!」

とか言い出さないか…ゼシカはあんまり自信はありません。





(…万一の時は、 ククールを盾にしてその隙に一人でも子どもたちを逃が さなきゃ…)

ゼシカは、 無垢な子どもたちのために、敢えて婚約者を犠牲にするという悲壮な決意 を胸に、推移を見守ることにしました。






「あんたのオヤジは善人だったみたいだけど、そんなのはただ恵まれてただけさっ!!おれのオヤジみてーなクソオヤジを持ってみろっ!!口が裂けたってそんなコト言えるもんかよっ!!」

「…」



さて大変です。

なんと物を知らないというのは怖い事で、事もあろうにマルチェロ相手に、 父親の話 をトディー少年は持ち出してしまいました。






「善人…か…はは、善人か…」

マルチェロはそう言って、 凍える吹雪よりなお寒い、そして空虚な笑い声 を立てました。







ゼシカは、キメラの翼を準備してこなかった事を大後悔していました。

なにせルーラを使えるはずの人物は、未だに子供のようにぴょんぴょんぶーぶーしているのです。






ゼシカは、

(あのイヤミ大魔王とアンタとの唯一の接点の話でしょうがっ!!仲裁に入りなさいよッ!!無理なら、自分から進んで子どもたちの盾になりなさいよッ!!)

と叫びたい気持ちをぐっとこらえ、もう少し事態を見守るのでした。






さて、自分が どれだけ恐るべき地雷地帯に足を踏み入れたか などとは露知らず、トディー少年はまだまだ続けます。





「おれのオヤジも、おれのオフクロも、おれに何もしてくれなかったっ!!親だけじゃないっ!!他の奴等だって、おれを踏みつけるばかりで…」





「…なら、貴様は何をした?」

「…なんだって?」


「なら、貴様は踏みつけられんようにするために、一体なにをしたというのだ、トディー。踏みつけられた腹いせに、他の、更に弱い人間を踏みつけられてうさを晴らしていただけか?」

「うるせーっ!!それが悪いかよッ!!」

さすがに痛いところを突かれたのか、叫ぶトディー少年に、マルチェロは一喝しました。




「ならば貴様は、永遠の負け犬だっ!!」


「…」

さすがにマルチェロの一喝です。

いくら 将来有望(ククールの見立て) とはいえ、一介の子供を黙らせるのには十分なだけの威力がありました。




「踏みつけたいのならば、今の自分より更に強い人間を踏みつけろ!!」

「出来るもんか…不公平な女神の奴が、おれをまだ子供でいさせて…」

「ならば女神を踏みつけるだけの気概を持てっ!!」

「…」




さしものトディー少年も、その発言には反論できませんでした。






「…こいつ…ホントに改心したのかしら?」

でも、未来の弟嫁(もしかしたら継娘になるかもしれませんが)の心に、 大きな疑惑 を湧き起こしてしまいましたが。







「自らを鍛えることなくして弱者をただ踏みつけるだけでは、貴様はただのクズだ。クズならば、今度は私が貴様を踏みにじるぞ。」

「なんだよ…結局、お前だっておれを苛めらるんじゃねーか…」

「いやならば克己せよっ!!」

マルチェロは再び一喝すると、ようやく穏やかな口調に戻し、そして言いました。







「力を得れば…人に踏みにじられることがなくなるだけではなく…大事な人の役に立てる…」




2008/1/29




人が少しずつ優しくなれれば、この世はもっと良くなる。
…けど、それが出来ないのが人なんだよねー。




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