Can You Keep a Secret ? その一












アローザ奥さまは、開いた紙を読み上げました。


「全世界の、 女神と法王に忠実にして高貴なる善男善女の皆様へ、 特級犯罪者のお知らせを申し上げます。 その男の名は、マルチェロ 聖堂騎士団長、マイエラ修道院院長、法王警護隊隊長、そして法王の座にあった男ながら、 とても口ではいえないような忌まわしい罪 に手を染めた男です。
今では、全ての公職記録を剥奪の上、新法王ニノの名のもとに記録抹消刑に処されていますが、当人はまだ逃亡中です。

この男を一刻もはやく女神の裁きの御手に委ねる ために、高貴な諸兄諸姉の情報提供をお待ちしております。」





空気がいきなり重くなりました。

ゼシカが口を開きます。


「な、何言ってんのよ、お母さんてば。それとこの人と何の関係が…」


アローザは続けます。

「ちなみに、罪人の外見は以下の通り。

黒髪。

緑眼。

長身。

三十前後。

M字デコ



どうしよう、バレバレだよっ!?


ゼシカとククールは、 マルチェロのデコ を見上げると、二人で顔を見合わせました。



このままでは、実の兄が超特級犯罪者が故に、 ゼシカとの結婚が破談 になるのは勿論、法王庁に通報されたら兄はほぼ間違いなく、 宗教裁判 にかけられた挙句、 火刑でしょう、てか火刑のはずだ、 いや、火刑に違いない!!



ククールは兄の表情を窺いました。

驚いてはいますが、結構冷静です。




…余計不安です。




そしてククールは思い出しました。

今、兄の腰に下げられているのは、 地獄のサーベルです。

特殊効果こそないとはいえ、 地獄の王が使っていたものだとされる、攻撃力99の恐るべき切れ味を誇る魔剣 です。

それでもって所持しているのは、 明日から地獄の王になったとしても、多分、フツーに職務を遂行できる 筈の兄です!!




ええ。
僧侶であり、騎士でもある 兄が、そんなコトをするとはあまり考えたくは無いのですが、


ええ、

人の道として、常識で考えて 、兄がそんなコトをするとは考えたくはないのですが、



なんせ、

法王就任演説という、ひっじょーにオフィシャルな場で!!

しかも、列席しているのは聖界、俗界問わず、“高貴なる”人々だらけという場で、
神と王と貴族の存在意義を一言の元に否定した兄です。



良識だの常識だのいうものを期待してはいけない人です!!





この場で、アローザ奥さまを斬り捨てて逃亡しないと、一体、誰が言い切れるでしょうか!?いや、言えません(反語)!!!!





ククールは、さりげなく兄の背後に近寄りました。



ゼシカも同じ可能性を考えたのか、さりげなく母親の傍に寄ります。







あの時は四人いまして、ククールとゼシカは補助魔法担当でした。

ククールがこつこつ唱えたスクルトを、 兄がころあいを見計らって凍てつく波動で消し去る ため、ククールはただひたすらスクルトを唱えていました。

おなじ理由から、ゼシカも ひたすらピオリムバイキルトフバーハを唱えていました。





ゼシカは、 兄が炎を吐いたり、吹雪を吐いたりすると、本気で思っていた のか…ククールは怖くてまだ聞けていません。





そんな微笑ましい思い出 はともかくとして、ともかく今回は三対一です。

しかも、アローザ奥さまは魔法は使えるにしても、実戦経験はほとんどないでしょうから、実質二対一です。

いくら永遠の巨竜を倒したとはいえ、何だかんだ言ってまだ最大HPの低い自分とゼシカで兄を倒せるのか…




ククールは、腰のはやぶさの剣・改に手をかけました。


最悪の場合、

騎士として、

男として、

人として、

いえ、として、

兄を斬り殺さねばなりません。



それが、死にたがっていた兄を無理やり助け、助けた兄に

「助けたことを後悔するぞ。」

とまで言われ、

「何度だって止めてやる。」

答えた自分の責務だと、ククールは思っています。




なんで、兄弟でいたいだけなのに、 こんなに色々とややこしいコトになるんだろう。

ククールはちょっぴり切なくなりました。







マルチェロは一歩、アローザ奥さまへ近づきます。


ゼシカの顔に、緊張が走ります。

ククールも、そっと足を運びます。





アローザ奥さまは、じっとマルチェロを見ています。


マルチェロも、アローザ奥さまから視線を外しません。









どうしようもなく重苦しい沈黙の中、先に口を開いたのはマルチェロでした。



「マダム…その指名手配書は、一体、どういう場所に回っているのですか?」

けっこう無難な質問でした。



「持参されたのは、おそらく法王庁の管轄と思われるお坊様でしたわ。それも、内密にと言い置かれました。一般の者には、けして口外しないようにともおっしゃっていました。」




そういや、

とククールは思いました。

エイタスと姫の結婚式の時でもそうでしたが、法王庁は兄を大々的なキャンペーンで追っている風でもありませんでした。

むしろ、限りなく何事も無かったかのよう にふるまっていました。



まあ、確かにそうでしょう。

現法王さまが、 賄賂貰って取り立てた法王警護役が、実は 激しく電波な思想の持ち主で、 徳高き前法王を暗殺し、現法王を煉獄島に監禁 した挙句、高位聖職者を脅迫して、 神の代理人たる法王にまで成り上がった挙句に、 聖地ゴルドと女神さまを多数の貴族ごと崩壊させて暗黒神を復活させた なんて知れたら、 善良なる民草は、誰も女神さまと法王を信用しなくなってしまう でしょう。








向うさまとしては、兄は死んでてくれたら有難かったので、そういう事にしておいて、さっさと生きてる兄を片付けてしまいたいという事に違いありません。

何事にも、ホンネと建前が違うという事はつき物 です。










「そうですか…」
兄は瞬時に理解したようでした。




こう考えると、 兄が暴れ牛鳥の皮をかぶって自分達を追っていた というのが 贖罪の為 という兄の発言も、きっと本音ではなかったのでしょう。顔が割れたらまずいという理由にちがいありません。まあ、確かに 特級犯罪者の元法王が暴れ牛鳥の皮をかぶって逃亡している なんて誰も想像すらしない でしょうから、なかなか巧い逃亡方法には違いありません。

 それが分別のあるオトナのやり方かどうか は、ともかくとして。








しかし、だとするとますます 口封じされる可能性が高く なってきました。









「マダム。」
マルチェロは再び口を開きます。


「簡潔にお聞しよう。貴女は私を、 法王庁に売るおつもりか?」








場の雰囲気が、 凍える吹雪並みに冷え切りました。





                                        続く

2006/8/3






「ここで売ったら、恋物語にならないじゃない!?」
というツッコミは置いていてください。
指名手配書は、似顔絵くらいつけるべきだと思いますが、そこはそれ。
うちのククールは兄が大好きですが、兄を一グラムも信用はしていないようです…それはとても正しい認識だと思いますが。

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