せんせえ、王さまって何ですか? その三




強い男がふと弱気なコトを言う…
女として!!サイッキョーに萌える瞬間だと思います。













アローザ奥様は、お休みの挨拶をして外に出て行ったトロデ王一行を見送り、椅子に座ったまま無言のマルチェロに声をかけました。


「マルチェロさま?いかがなさったのですか?」
マルチェロは無言です。


「久々にお友達と語り明かしなさったので、お疲れなのですね?もうお休みになられては?」
マルチェロはそれでも無言でした。

仕方がないので、奥様は、部屋の椅子にこしかけました。
ええ、いつも(無駄に)活力に満ち溢れ、雄弁な 彼が無言など、あまりいい事態とも思えなかったからです。




しばらく両者無言の後、マルチェロは言いました。


「マダム、貴女がこの部屋にいらっしゃる訳は?」

「ご迷惑ですか?」

「いや…」
マルチェロは否定して、アローザ奥様に向き直りました。

奥様はその憂いのある翡翠色の瞳に ときめき を感じてしまいましたが、顔には出さずに返答なさいます。


「あなたはアルバート家のお客様で、わたくしはアルバート家の女主人です。お客様にご不快のないように過ごしていただくのがわたくしの義務であり、ですから、もしお加減が悪いようでしたら、最善を尽くすのがわたくしの務めです。」


奥様の返答に、マルチェロは苦笑しました。

「私がまだ“お客様”扱いとは思わなかった。これだけのびのび気ままにふるまっているというのに。」


まあ、財布まで預けられていますからねえ。


「まあ、のびのび気ままとおっしゃいますか?あれだけわたくしどもに気を使って、振舞っていらっしゃるというのに。」
奥様の言葉に、マルチェロは問い返します。


「ほう、私のいったいどのような所が?」




奥様は返答なさいました。

「その、椅子のかけ方…」


「椅子?」
マルチェロは少し目を見張ります。


「マルチェロさま。あなたはこれまで一度も、ええ、わたくしの前のみならず、弟さまとくつろいでいらっしゃる時も、 一度たりとも、背もたれに背を預けて座っていらっしゃった事はありません。 いつも、直立不動の姿勢でおかけになっていらっしゃいます。それは、お気を使っていらっしゃる証拠ではありませんか?」




マルチェロは、少し驚いた表情になると、その固い表情をほころばせ、奥様を見て笑いました。




「…何かわたくしが、おかしな事でも申しました?」
「いや、失敬マダム。…だが…だが私がそれで気を使っている事になるというのなら、貴女はどうだ?」
「わたくし?」


マルチェロは、奥様に言いました。
「あなたもそうではないか。あなたのお屋敷だというのに、あなたが一度でも背もたれに背を預けて座っている姿など、私は見たことはない。」


「あら…」
奥様は、思わず振り向きました。
ぴしいっ、と延ばされた背筋は、もちろん背もたれには預けられていません。




ええ、奥様はご幼少のみぎりから、 立派なレイディ になるべく、厳しく行儀作法を仕込まれました。
そうして いかなる時、いかなる状況にあっても、どこから見てもレイディ になった奥様は、仕込まれた礼儀作法が 完全に本能と同一化 してしまっていたのでした。





「あら…いやだ…でも、これはただの習性のようなものですわ。わたくしはこれが普通で…」

「そうおっしゃるなら、私もこれが普通だ。ただの習い性で、気を使っているという訳ではない。」

「ご立派なご両親でいらっしゃったのですね、そんなにしつけをきっちりとなさっているなんて。」
奥様は何気なく褒めたつもりでしたが、マルチェロは再び、黙ってしまいました。




「…何か、お気に障る事でも…」
「いや…貴女は何も悪くない。」

「ではやはりお体のお加減が…」
「私は昔から丈夫なのが取り柄でしてな。」


「…失礼ですが、なにかお悩みでいらっしゃるのですか?」
奥様は、ちょっと押し付けがましいかな?とは思いました。

迷惑そうな顔をされたら、謝って部屋を出ようかと思っていらしたのですが、マルチェロは、憂い顔のまま、奥様をしっかと見据えました。




奥様のときめき度が五倍アップ になりました。


奥様が、

「実は貴女の事がずっと好きだったんです。」

とか言われたらどうしよう!?

なあんて、 小学校高学年の夢見がちな女の子 みたいな期待を密かにしている事など露知らず、マルチェロは 真剣至極な顔で言いました。





「王とはなんだろう?」











ええ、昔からマルチェロはこうでした。
“こう”とは何かというと、昔から 突如、突拍子もない事を言い出す 人間でした。



これは一つには、 彼の頭の回転が速すぎる という事が挙げられます。
人の二歩も三歩も四歩も先が読めてしまうため、 ついつい話題が先回りしすぎてしまう のでした。

これに加えて、彼の性格として 人の話を聞かない というものがあり、この二つがいいカンジでミキシングされ、
マルチェロはいつも突拍子も無い事を言い出す、ヘンな奴だ!!
という評価が成り立ってしまったわけでした。


もちろん、大人になってからは分別というものもつき、少しは自重出来るようにもなりました。

それでも、こんな彼を 理解する つもりと能力のある人 はほぼ皆無であり、結果、彼の周りには彼を

よく分かんないけど、なんかスゴい人らしいと、崇拝する

何考えてんだか分からんが能力はあると、利用しようとする

ヤバい奴だからと、排除しようとする

輩ばかりが蠢くことになり、つまり彼は いつも孤独 でした。











アローザ奥様は、礼儀上、微笑しながら、思考が停止しました。


ええ、前もこんな事がありました。




彼女は、聡明な頭で
この人は一体、なんの意図があって、わたくしにこんな事を聞くのだろう

という理由を考えてみました。




一番最初に浮かんだ理由は この人はおかしい人だ というものでしたが、彼女の 恋パワー が、その考えを打ち消しました。そして、五分後に出た結論は

マルチェロさまのように立派な騎士さまは、きっと毎日こんな 哲学的な命題 を自問自答していらっしゃるんだ、なんて高尚なんでしょう!!

という、 論理性と根拠に激しく欠ける ものでした。




「人は血筋なくしては王たり得ないのか、そして、王たる血筋に生まれたものは、それだけで王たり得るのか!?だとしたら、 血とはなんだと思われる、マダム!?」


奥様は、 憂愁の中に、混じりけの無い純粋さと、真剣さを秘めた翡翠色の瞳 が、 やっぱりこの人は本気でおかしい人なんじゃないか という疑問を 心の奥底からも綺麗に消し去っていく のを感じました。





「マルチェロさま。」
奥様は、うっとりしそうな気持ちを抑え、翡翠色の瞳をじっと見返しました。




「血とは、誇りのことだと思います…」




2006/9/3






恋は人を一種の狂気に導きます。まして、そもそもおかしい人に恋したなら尚更です。
ちなみに、背もたれに背を預けない…云々は、「風と共に去りぬ」のスカーレットのお母さんのエピソードからとりました。あの映画ですが、
「立派なレイディには、妻がいないと全然ダメンズの夫がつく」
という教訓話なのかと思いました。だからやっぱりべにいもは、レット・バトラーが好きです。




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