七つの大罪ー嫉妬編




「妬みの感情は、悪人の超基本」
なので、極悪人の兄貴は間違いなく、嫉妬心の塊だと思います。つーかゲームでもコンプレックスの塊っぽい人だから。
という訳で「怠惰編」の続きです。

(注)この話を読む前に

@レンタルビデオ屋に行って「Shall We ダンス?」を借りてきて、見る。

A「役所広司かわいいー♪」と、ときめく

Bときめきを抱いたまま、この駄文を読む。


さあ、GO!!









闇世界でのレティスとの戦い、そしてゲモンとの死闘を制したものの深い悲しみも味わったエイタスたち一行は、だが、神鳥のたましいを得、しばしの安らぎのひと時をレティシアで過ごしていた。




「さ、次のハニーは誰だい?」

一人のレティシア乙女の手を離し、ククールは彼を取り囲む女性たちに笑顔で呼びかける。

乙女たちは、互いにつつきあいながら、既にステップをとるククールを、慕わしげに見つめていた。




「なによ、デレデレしちゃって…このスケベっ!!」

レティシア乙女には見当たらない赤毛の乙女が、可愛い面立ちにぷりぷりと怒りの色を浮かべ、ククールを怒鳴るように声をかける。

「なんだよゼシカ。オレは隔絶された大地の乙女たちと、しばしのダンスを楽しんでいるだけじゃねーか。」

「あー、はいはい、女の子の手を握って、腰に手を回して、ひじょーにゆーがでよろしゅーございますわねっ!!」


ぷりぷり怒るゼシカに、エイタスが宥める言葉を発した。



「まあまあゼシカ、ダンスって結構そんなモンだから…」

そしてククールに言った。

「しかしククール、まさかレティシアの踊りを知っていた訳じゃないんだろ?よくこんなに上手く踊れるね。」

エイタスの言葉に、ククールは“当然”という面持ちで、気障ったらしくさらさらの銀髪をかき上げた。


「なあに。オレが女神さまに与えられたのは、この美貌だけじゃねーんだぜ?天性のリズム感ってヤツ?それも女神さまはオレにプレゼントしてくれたのさ。」

嫌味ったらしいククールの言葉に、ヤンガスは素直に頷いた。



「いやあ、羨ましいこってガス。アッシはダンスってものが苦手でね。足を上げたり下げたり、ステップだのなんだのと…アタマが痛くなっちまうでガスよ。」

「心配しなくてもヤンガスは、 ステテコダンス は絶品の踊り手じゃない?」

ゼシカの微妙なフォローに、ヤンガスはやはり微妙な表情になった。




すかさずエイタスは話題を戻した。

「いやでも、ダンスが上手いってやっぱりすごい事だよ。僕もお城で育ったけど、ダンスはさっぱりだもの。ミーティア姫が何度も教えてくれたけど、やっぱりダメ。才能がないのかな。だから、君がちょっと羨ましい…」



珍しくエイタスに羨望され、ククールは嬉しかったのか、照れ隠しのように二度、三度と髪をかき上げたが、何かを思い出したのか、暗い面持ちになった。




「どうしたんでガス?」

「いや…でもオレ、この天性のダンスの才のせいで、
兄貴に死ぬほど嫉妬されちまったからさ…」




隔絶された大地まで来て兄貴ネタかよっ!!




ククール除く三人は、 もういい加減慣れたとはいえ 一応お約束みたいに心中でツッコんだ。。


そしていつものように、 ククールの可哀想な兄トーク(“可哀想”がどこにかかるかは各自推量せよ)に耳を傾けるのだった。









「そう、アレはオレが聖堂騎士になってすぐの、どっかの貴族のお屋敷での舞踏会でのことだった。いつものように兄貴が、 世界を慄然とせしめんばかりに優雅なメヌエット を、そこのマダムと踊って、そして招待された貴族のご夫人だの、ご令嬢たちとの、舞踏の時間になってからさ。」

「やっぱりあのデコは、ダンスは上手いわけ?」

「たりめーじゃん。兄貴に不可能事なんかあるかよ。」

ククールはさも当然そうに言うと、付け加えた。

「ただ歩くだけで、 あれだけ優美なターン する人のダンスが下手って、 それって絶対騙されてるだろ?」

「そうね。それは騙されてるわ。」

ゼシカはあっさり納得した。




「オレは、まあ聖堂騎士としちゃ新米だったけど、 なにせこの美貌 じゃん?ダンスのお相手に誘う声が、引きも切らずでさー…曲代わりごとにいろんなダンスをいろんな別嬪さんと踊ったけど、なにせこの天性のダンスセンスがあるからさ、どれもこれも完璧だったワケよ。」

「羨ましいお話でガスなあ…アッシもちびっと、嫉妬しちまいそうでガス。」

「そんでさ、小休止が入った時に、どっかのご婦人がオレに言ったんだ。

『本当にお上手ですけど、いったいどこで習われたんですか?』

って。いや、そりゃ聖堂騎士って貴族の屋敷に行くことが多いから、ちょっとは稽古と称して齧ったことがあるけど、習うってほど練習したワケじゃねーから、オレは正直に答えたんだ。

『いや、別に。カンと見よう見まねですよ。』

って…そしたらさ…」



ククールは、 大魔王に睨まれた子犬のようにぶるると身を恐怖に震わし 言った。




「ザラキーマの呪文を視線そのものにしたような眼光で睨まれた。」



「…」




誰も、

「だれに?」

なーんて野暮な事は聞かなかった。






「オレは あんまりに怖かったから その日はそれ以上踊らねーでいたんだけどさ…でも、変だと思わねー?下手に踊ったとか、ついでに別嬪さんを口説いたってゆーならともかく、なんでオレが殺気満々に睨まれるのさ?オレなんにも悪いことしてねーじゃん?」

「そうね。いくらあのデコが、 アンタの存在そのものが忌まわしい からって、わざわざその時に睨まなきゃいけない理由が分からないわ。」

「うん、オレもそう思ってさ。修道院に戻って、いろんなヤツに聞いてみたんだけど、誰も答えが分かんねーし。つーワケで、兄貴と付き合いの長いトマーゾに聞いてみたら、 すげえ微妙な表情で沈黙 するし…」

「トマーゾ、って誰でガス?」

「ん、タラコ唇で色黒でデカいあいつ。兄貴と同期の聖堂騎士。」

「あの人と同期なんて…そのトマーゾって人、 よっぽど悪い星回りの元に生まれた んだろうね…」

エイタスの言葉は、ククールの耳には入らなかったようだった。



「こりゃ最後の手段!って、オレは夜中にオディロ院長の部屋まで行って、院長に聞きただしてみたんだ。そしたらさ…院長は、すげえ衝撃の事実をオレに教えてくれたんだ。」

「…なんでガス? あのお人が実は、大魔王だった くらいなら、アッシもアニキもゼシカの嬢ちゃんも、意外にすら思いヤせんぜ?」

ヤンガスの皮肉もなんのその、ククールは思いっきりためると、“衝撃の事実”を口にした。





「兄貴は実は… ダンスがとんでもなく下手だったんだ…」







一同は、しばし、




うそーん?


という表情で硬直したが、しばらくしてエイタスが口を開いた。




「でもククール、君はさっきマルチェロさんが、 世界を慄然とせしめんばかりに優雅なメヌエット を、そこのマダムと踊ったって言わなかったっけ?」

「うん、オレもそう思ってオディロ院長に言ったさ。そしたら院長は院長室から空を見上げて、そして、 とても哀しい事を思い出してしまったような表情になって、目にうっすらと涙まで浮かべると オレに言ったんだ…

『ククールや…マルチェロがあそこまでになれたのは、の…マルチェロの、 血と汗と涙にまみれた努力の賜物 なのじゃぞ』…って…そして院長はオレに、その 兄貴の血ヘドを吐かんばかりのダンスの苦行 について、話してくれたんだ…」




















「そう…アレはマルチェロが、聖堂騎士副団長になってすぐの話じゃ。お前も知っての通り、先の団長のジューリオはこってこっての血統主義者で選民主義者じゃったから、マルチェロを心から嫌っておってのう…それなのにワシがマルチェロを若くして副団長に推挙したので、しばらくは事ある毎にマルチェロをいびろうとしたのじゃ。」

「でもさ、院長。兄貴だって、黙っていびられるよーな生易しいタマじゃねーじゃん?」

「そうじゃ…じゃがマルチェロは、僅かでもジューリオ団長に足元を見られんように必死じゃった。そもそもあの子はプライドが高すぎる子じゃからのう。どんな些細な事でもゆるがせにせず、常にカンペキであろうと努めておった。まあ、それがジューリオにはますます気に食わんかったみたいでの。二人の間には常に、ギスギスしたものが漂っておったわい。」

オレも、先の騎士団長と兄貴が事ある毎に対立してたのは知ってた。



「そう、あの時もワシと聖堂騎士団が舞踏会にお呼ばれしてのう…特にマルチェロは、ほれ、貴婦人方に人気があったからの、

『お若い新副団長どのと、ぜひワルツを踊りたいですわ』

という、マダムのご指名つきじゃったんじゃ。…ジューリオはそれがますます気に食わんかったらしいが、人前でそれを言うわけにもいかず、マルチェロにそのご指名を伝えたんじゃ。

『舞踏会は一月後だ。せいぜいマダムのご機嫌を損ねないようにな。』

と…マルチェロは黙って受けておったが…ワシは見逃さんかった。いつも冷静沈着なマルチェロの顔に、 うっすらと困惑のいろが浮かんだのを。じゃからワシはジューリオに言うたよ。

『なあジューリオや。あのマダムは社交界の花、ダンスも本当に巧みに踊られる方じゃ。対してこの修道院の聖堂騎士は、剣も学問も学ばせてはおるが、さすがにダンスの稽古まではしておらんじゃろう。どうじゃね?マルチェロに少しはダンスの稽古をさせてやっても良いかの?』

ジューリオは、微妙に嫌そうじゃったが、まあ頷いた。そしてワシは、ワシが懇意にしておるとあるダンス教室の善良なご婦人の元へマルチェロをやったのじゃ。」

「兄貴のことだから、すぐさま上手くなったんじゃねーの?」

「それがの…マルチェロと一緒に行ったトマーゾは、戻ってくるなり、 ものすごく困惑した表情 で、ワシを見たんじゃ…ワシは嫌な予感がした。続いてマルチェロが院長室に入ってきた。ワシが首尾を問うと…マルチェロは がばりと跪いて、


『面目ございませんっ!!』


と、 血を吐くように叫んだのじゃ。…ワシが問いただすと、俯くままのマルチェロに代わって、トマーゾがぽつりぽつりと答えたのじゃ…おお、女神はあの子に、 一滴の芸術的天分というものをお与えにならなかった のじゃ…」


そう、兄貴は実は、 もんのすごい芸術オンチ なんだ。

絵とか彫刻とか見ても、 それが金銭的にどんだけの価値があるかは一瞬で分かる のに、それがキレーとか、心が癒されるとか、そーゆコトには、まるで無頓着なんだ。


ただ、 兄貴はすんげえ博学 だから、歴史的な薀蓄とかがすげすぎて誰も気付かなかったけど…な。




「ワシはマルチェロに言うたよ。何かの用事にかこつけて丁重にお断り申し上げたらどうじゃと。じゃがあの子は、あの瞳に強い意志を込めてワシを見上げて言ったのじゃ。


『いえ、この不肖マルチェロは、院長の格別のお引き立てを蒙りましてこの若さで、聖堂騎士副団長という大役を仰せつかりました身。 院長のご期待には一滴たりとも背かぬ覚悟 でございます。かくなる上は、舞踏会ごときで逃げ隠れする訳には参りません。ええ、 たとえこの皮膚がずたずたに裂け、血の最期の一滴まで流れつくすことが有ろうとも、必ずや舞踏会までにワルツを習得する所存にございますっ!!

とな…」


「…なにも ワルツの一曲ごときで死ぬ覚悟しなくてもいいのに…」

「うむ、ワシもそう思うたのじゃが、なにせあの子の事じゃ。 一度やると申したら、死んでもやり遂げる子じゃからのう…かくしてマルチェロの、ダンス苦行は幕を開けたのじゃ…」




まあ、 常人なら血ヘドを吐きそうな生活を日常生活にしてる兄貴 だから、その兄貴が 苦行 つーんだから、そりゃ苦行だろうな、と予想はしたよ、したけどな…




「まず、日中は普通に副団長業務をこなしての…なにせあの子は 人に弱みを見せるのは大嫌い なコじゃから、ジューリオには ダンスの練習をしているなんぞという素振りは一滴も見せず にのう…他の面々が寝静まる頃になってようやく、 副団長室にトマーゾを連れ込んで 練習を開始していたのじゃ…ほれ、例えばこんなカンジじゃ。」




マルチェロ「さて、では始めようか…」

トマーゾ「あの…副団長殿、質問。」

マルチェロ「なんだ、トマーゾ。時間がないのだ、質問は明瞭に、かつ簡潔にだ。」

トマーゾ「なんで俺? なんで俺が、女性用パートを踊らなきゃなんないの? 俺、副団長殿よりさらにデカいんだけど…」

マルチェロ「…トマーゾ、お前、私に敵が多いことは知っているだろう?」

トマーゾ「ああ、はい。」

マルチェロ「そう、この聖堂騎士団にはあのジューリオ団長に雷同し、私を追い落とさんと目論む輩が蠢いている。そんな輩に、僅かなりとも私の弱みを晒す訳にはいかん!!その点、お前はダンスの心得も有り、かつ、あのジューリオ団長の派閥に属しているわけでもない。だからだ。何か文句があるのか?」

トマーゾ「いや…」





「おお、可哀相なマルチェロ…あの子は恥ずかしがり屋じゃから、素直にトマーゾに、

『君の事は信頼できる友達だと思っているから、是非手伝って欲しいんだ』

と言えんかったのじゃ…幸い、トマーゾは心優しい子じゃったので、黙ってマルチェロに付き合ってやることにしたようじゃ…かくしてマルチェロは、来る夜も来る夜も、 クイック、クイック、スロー、スロー とステップから、 寝る間も惜しんで 練習しておったのじゃ…」


「まさに“寝る間も惜しんで”だね。そもそも兄貴は睡眠時間は少ないのに、よくやるなあ…」


「うむうむ、じゃが期限は一月しかないのじゃ。しかも、ワシとてダンスの心得があるとも言えんが、そんな素人目から見てもマルチェロのダンスの才は、 いっそイタい と評したくなるものじゃったからのう…マルチェロもそれは痛いほど分かっておったようじゃ。じゃから時には、こんなコトもあった…」




マルチェロ「くっ…ダメだ、こんなものではっ!!」

トマーゾ「副団長どの…ちょっと休まれては?つーか、俺がむしろそろそろ寝たい…」

マルチェロ「いや…こんな体たらくでは、おちおち寝てもおれん。ジューリオ団長が 舞踏会でせせら笑う様子が目に浮かばんばかりだ…」

トマーゾ「でも副団長どの、そもそもムリな事ですよ。“神の剣”たる聖堂騎士にダンスは別に必須じゃないし、副団長どのは聖堂騎士副団長として、職務でも剣の腕でも学識でも恥じる事はないんです。だったら、ダンスがちょっとばかし上手くなかったとしても…」

マルチェロ「…トマーゾ…お前は何故、ダンスが出来る?」

トマーゾ「え?そりゃ、実家にいる時に習ったから…」

マルチェロ「そうだ…お前は伯爵家の生まれで、そして生家で教育を受けた… 対して私はどうだ!? 領主のメイド腹の庶子として生まれ、 嫡子のスペアとしての扱いしか受けず、しかも幼くして生家を追われた…私が舞踏会で、このような拙い踊りなど披露してみろ?私を快く思わん輩は ここぞとばかりに私を嘲弄し そして言うだろう…

『所詮、奴は下賎な生まれ、悪魔の子に過ぎん』

とな…」

トマーゾ「いや…確かにそうかもしんないけど…」

マルチェロ「そうは言わせん…確かに私には高貴な血は一滴たりとも流れてはいない かもしれんが、私は聖堂騎士副団長というこの地位を 自らの力で掴み取ったのだっ!! そうだ…私はけっしてへこたれん…私は私の力を、実力をっ!常に示し続けねばならんのだ… 私は決して負けんっ!!ゆくぞッ!!トマーゾっ!!再開だっ!!」

トマーゾ「え゛…」





「おお、可哀相なマルチェロ…あの子は生まれのせいで苦労の連続じゃったから、 なんでもかんでも血筋に結び付けて考えてしまう のじゃ…」

「うん、兄貴って確かに 極論大好き人間だから、なんでもかんでも、 物事を最悪にシミュレート しちまうよな…ダンスと生まれは関係ねーのに…」

「本当に可哀相な子じゃ… 常に自分の存在価値を示しておらんと、存在価値がないように考えてしまうなんてああ…女神よ… 育ての親として、ワシの愛はあの子には足りませんかっ!?」

充っ分すぎるほど充分だと思うけど…それで?」


「うむ、という訳でマルチェロのダンス苦行はまだまだ続いた。 なにせあの子は努力家じゃから…」

「つーか、兄貴のアレは “努力”なーんて生易しい言葉で表現しちゃダメ だと思うけど…」

「アレだけイタいダンスしか出来んかったのに、三週間でどうにかこうにか、ダンスの教師に

『まあ、これなら良いでしょう。最初はどうなる事かとおもいましたが、よく頑張られましたね。』

というレベルまでこぎつけたのじゃ…」


「おお、さすが兄貴。」

「ところがの…なにせあのマルチェロじゃからのう…その台詞に、 あの可愛いおデコに怒りマークを浮かべて 答えたのじゃ。




『“まあ、これなら良いでしょう”?ミストレス、貴女はそう仰った…つまり私の今の舞踏の技量は

“これなら恥はかくまい”

と、その程度のレベルだ…ミストレス、貴女はそう仰りたいのですな?…冗談ではないッ!! ミストレス、私が望むのはそんなレベルではないッ!!私が望むのは…そう、 万人を納得させ、いっそ畏怖させんばかりの舞踏だッ!!



ああマルチェロ…本当に可哀相な子じゃ。 なにせあの子は凝り性じゃから 中途半端なレベルに留まるのは、我慢ならんかったのじゃろう。かくしてマルチェロは、 万人を納得させ、畏怖させんばかりの舞踏 を習得すべく、 血反吐を吐かんばかりの修行を続けたのじゃ…」




マルチェロ「トマーゾっ!!続けるぞ!!」

トマーゾ「ま…待って…俺、俺もうダメ…今晩は勘弁してくれ…」

マルチェロ「何をいうトマーゾ、 夜はまだまだこれからだろうが!!」

トマーゾ「そんな…つーかマルチェロ…いや、副団長どの、いくらなんでも、 毎夜毎晩、あんだけ激しくやられたら、カラダが持たない んですけど…」

マルチェロ「泣き言を言うな。まさかお前、 私に一人でやれとでも言うのか?」

トマーゾ「ちょ… お願いだからもうやめて!!もう腰が立たないからっ!!」





「ああマルチェロ… お前は本当に頑張りやさんのエラい子じゃ…じゃがの、お前が連日連夜のダンス苦行をしている間、どれだけワシが心配して見ていたか…」

「ああオディロ院長、思い出し泣きすんなよ…よしよし。」

「おおすまんククールよ。どうもトシをとると涙もろくなっていかんのう…」

「で、結局どうなったの?」

「うむ、そして運命の日じゃ。 一月の間、ほとんど寝ておらんかった のに、それでも疲れの色すら窺わせず、聖堂騎士副団長の正装を完璧に整えたマルチェロは、舞踏会の会場となった屋敷に悠然と赴き、招待主のマダムに、 緊張の欠片も感じさせん優美な挙措でダンスを申し込む と、曲が始まった…おお、それを見ていたワシは、 十字架をまさぐって、女神にただひたすら祈りを捧げ ながら見守るしかなかった…」


院長は、思い出すように目を閉じた。




「おお…左足からのクローズ・ド・チェンジ。

ナチュラル・ターン。

右足からのクローズド・チェンジ。

リヴァース・ターン。」



院長は、兄貴の一挙一足をなぞるようにそう呟き始めた…




「そして、コーナーでのチェック・バック…おお…マルチェロの舞踏はまさに…」




院長の閉じられた瞼から、涙が一筋、流れ落ちた…







「まさに優美の極致、至高の芸術品じゃった…」




















ぱちぱちぱちぱち

レティシア乙女たちの中から、静かに拍手が湧き起こった。




外界から隔絶されたレティシアに生まれ育った彼女たちは、聖堂騎士も、オディロ院長も、マルチェロも、いや、それどころか、舞踏会も、ワルツのなんたるかさえも知らない。


けれども、ククールの語ったマルチェロのダンス苦行は、 そんなものを遥かに超えた感動 を彼女たちの心に湧き上がらせたのだった。






「ううっ…アッシはあのマルチェロって人は見るだけで背筋が痒くなりやすが、それはそれとして感動しやしたぜ…」

ヤンガスも痛いくらいの拍手を惜しまず、そして鼻をすすった。



「うん、アタシもあのデコは大嫌いだけど、それでも努力家ってトコは凄いと思ったわ。」

ゼシカも手を叩きながらそう言い、そして続けた。


「けど、いくらあのデコでも一月も寝ないで大丈夫だったの?」


「ああ、平気さ。 だってオレの兄貴だもん♪ 安心したのか、 トマーゾは曲が終ると同時に疲労でブッ倒れたらしいけど、兄貴はそっから後、 ダンス申し込みに殺到するご婦人方全員と舞踏会が終るまで休みナシで踊ってでも翌日は、 フツーに仕事してたらしーから。」

「いや… 人としてその体力はどうかと思うけど…」

エイタスは一応、リーダーとしてお約束のツッコミをかました後、続ける。


「で、その話と君がお兄さんに死ぬほど嫉妬されちゃった 話とのつながりは?」

「ああ…つーワケで兄貴は、 血と汗と苦痛の果て にダンスを習得したワケじゃん?なのにオレは天性の才能でさらっと踊っちまったからさ… 兄貴はオレに新たな殺意を覚えた らしかったのさ…あの後、騎士団長室で

『おのれ… これが高貴な血の賜物 というわけなのか… 庶子である私には望んでも得られぬ才 だと…?認めん、私は決して認めんぞッ!! ククールっ!!私は貴様を決して認めはせんっ!!』

って…殺気まんまんで呟いてた から…」




「なんか…嫉妬というより、 ただのひがみ根性な気もするけど…」

エイタスはそう言って、いつものように シメのツッコミ に入ろうとしたが、ククールが先に口を開いた。






「でもさ…オレ、 兄貴の思考は間違ってる と思うんだ…」




「何っ!?」


一同は思わぬ展開に驚愕しまくった。




“あのククール“が…


“あの盲目的に兄好きなククール”が…


兄を否定するなんてっ!!




一同が愕然としているのにも気付かず、ククールは淡々と語る。


「だってさ…ほら、今、レティスが横切った…レティスみてーな神鳥含め、鳥が空を飛べるのは、女神サマが翼を与えたからじゃん?そしてオレたち人間は、鳥みてーに空を飛べない。でも、だからってオレたちが鳥を羨むのは間違いだろ?だって鳥は、オレたちみたいに走れる訳でもねーし、手足を動かして何かを創り出せる訳でもねー。」


「ククールってば…一体どうしちゃったのかしら? マトモな事喋ってるわ…」


「女神サマに与えられた能力が違うだけで、どっちがエラいってワケじゃねーんだ。兄貴も…そりゃ女神サマは兄貴に芸術的能力を与えなかったかもしんねーけど、人並みはずれた剣の腕も、アタマも、容姿も、 化け物みてーな体力も与え てんだ。別に嫉妬する必要ねーじゃんな?」


「確かに…確かにそうでガスよ、ククール。いいトコに気付きやしたね…クッ」


「それにさ。結局、兄貴は努力で欠点を克服したんだ…天性の才能が努力で手に入れたものに劣るなんて、誰が決めたよ?…兄貴は充分エラいんだ…スゴいんだよ…それを恥じるなんて… 兄貴の思考は間違ってるよ、やっぱり…な、そう思わねー?」




「ククール…」

エイタスは、ククールの肩をがっしりと掴んだ。



「エイタス?」

不思議そうにそれを見つめるククールに、エイタスは、 とびきり素晴らしい笑顔で言った。




「君がこの旅を通して成長してくれて、僕はとても嬉しいよ!!」



ぱちぱちぱちぱち

レティシア乙女たちの中から、静かに拍手が湧き起こった。




外界から隔絶されたレティシアに生まれ育った彼女たちは、もちろん、ククールがかつて どれだけアホの子であったか など、知ろうはずもない…

だが、エイタスの言葉に込められた賛辞は、そんな彼女たちの心の 感銘という名の琴線に確かに触れたのだった。




ゼシカとヤンガスも、 心からの温かい笑顔と拍手 をククールに向けた。





そして拍手は、静かに、だが長い間、続いたのだった。






















「クイック、クイック、スロースロー…痛っ、こらエステバン、足を踏むな。」

「あー、やめやめ、どーもこの“しゃこーダンス”って奴は、パルミドのチンピラ出身なオレにゃ性に合わねーや。どうしてもやんなきゃやんねーのかよ、トマーゾ?」

「当たり前だろ、エステバン。お前は聖堂騎士なんだ。サヴェッラで舞踏会にお呼ばれする時だってあったろう?ワルツの一つも踊れないでどうするよ?」

「いーじゃねーか。どーせ世のご婦人方の視線は、マルチェロ団長の豪奢なアルマンドに釘付けなんだからよ。…ところでトマーゾ、なんであんた、こんなにダンスの指導が上手いんだ?フツーの野郎は、ダンスの女パートなんてこうスラスラ踊れねーモンじゃねーの?」


「人生にゃいろいろあるんだよ…」


「あ…そう…」




終る


2007/1/17




なんつーかこう…「兄貴」と「嫉妬」って取り合わせはかなり絶妙なので、どう料理してやろうかと思ったのですが、昨日ふと

「ククールの天性の才能に嫉妬するマルチェロ」

ゆーネタが浮かんだので、ダンスにしてみました。

ゲーム中であんだけ優美な動きをしてくれる団長ですので、天然でダンスは上手そうな気もしましたが、なにせあの人は想像を絶する努力で自己を極限まで磨き上げる人 だろうと思っているので、あの優美な裾の翻りも、芝居がかった挙措のお辞儀も、 全て血の滲むような修練の賜物(鏡の前とかで何千回も何万回もやってる)だろうと思い、だったらダンスだって…とこう考えてみたわけです。
対してククは、なんかこーゆーコトは天然で上手そうな気もしました。アレですかねやっぱ生まれが!?

べにいもも限りなくどんくさい人で、リズム感ゼロの人間なので 天然でリズム感ある人は、微妙に嫉妬します…マルチェロほどの殺意は覚えませんが

そして、どこまでもマルチェロに甘い院長…なんつーか、前団長がマルチェロをいびる原因の四割くらいは院長の偏愛のせいではないかと思わないでもないです。今回も、孫の学芸会を見守るおじいちゃんのような…

さて、これで「七つの大罪」も六つ消化しました。はい、残る一つは、マルチェロそのものといっても過言ではない傲慢の罪。一体どんな話になることやら…お楽しみにー♪




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