吾が雪中の叫びを鐘の声に聞け




元拍手話。

再び得ることの出来ない肉親へ で一度登場した、ククールの外孫エッラの語りです。






















「ヴィルジニー観察官殿!!」

敬礼する聖堂騎士に私は言う。


「何用ですか。」

そうは言うけど、何となく用件は分かってる。

うん、今日は一年の終わり。


「…名誉院長殿が…」

ひどく言いづらそうな口調で彼がそう言うのを聞いて、私は顔が渋くなるのを感じた。


「ああ、名誉院長殿が、また、ね。まったく…」


我がマイエラ修道院の「名誉院長」殿は、「名誉聖堂騎士団長」その他、私の両手、両足で数えたって足りないくらいの称号をお持ちの元救国の勇者だっていうのに、いつまでたっても落ち着きがないのよ。

口の悪い修道士なんかは「もうボケていらっしゃるのだ」とか言うし。

失礼ねまったく、人のおじいちゃんに!!


「最後まで言わなくても分かりました。私が行きましょう。皆にはそう伝えて下さい。」

私は答えると、すぐに身を翻し、鐘撞塔へと向かった。








私はマイエラの聖堂騎士ヴィルジニー。

監察官なんて官職を得ていることから分かるように聖堂騎士キャリアは割と長くなってて、この「ヴィルジニー」ってセカンドネームで呼ばれることばかりになった。

今じゃ小さい頃からの愛称「エッラ」なんて、家族くらいしか呼ばない名前になってしまった。

おじいちゃんのお母さんの名前だっていう「ヴィルジニー」って名前は、聖堂騎士になるまでは正式名を書かなきゃならない時くらいにしか使わなかったのに。

そうよ、だって私はいまじゃ「ヴィルジニー観察官殿」って重厚な存在だもの。


私が「エッラ」から「ヴィルジニー監察官殿」になるまではいろいろあったのよ?

まず、ゼシカおばあちゃんには大反対された。

騎士さまになりたいならトロデーンの騎士になればいいし、どうしても女神にお仕えしたいならシスターになればいいじゃないってさんざ怒鳴られた。

正直、今でもゼシカおばあちゃんがなんであんなに反対したのか分からない。あばあちゃんは理由を教えてくれないまま、もう女神さまのお膝元に行ってしまったから。

お父さんもお母さんも渋い顔をした中で唯一、私に反対しなかったのがおじいちゃん。

おじいちゃんは珍しく大真面目な顔をして

「この子がなりたいって言うんだから、それは止めるべきじゃない」

って言って、おばあちゃんにスゴい目で睨まれても一歩も引かなかった。

いっつも、おばあちゃんに怒鳴られたら「はいはい」って引き下がるおじいちゃんなのに。


おじいちゃんに仕込まれた剣術は自分で言うのもなんだけどかなりの腕になってたし、勉強も割と得意だったし。

おじいちゃんは私が見習いの間は何も言わないで、そして正式叙任するときに聖堂騎士としての名前を決めなきゃなんないって時になって

「ファーストネームは使うな。セカンドネームのヴィルジニーを名乗れ。」

って珍しく命令口調で言った。

おじいちゃんがそんなに厳しい口調で私に何か言うのを私は初めて聞いた。


そうして聖堂騎士になって初めて聖堂騎士の制服を着た私を見て、おじいちゃんはぽつんと呟いた。

「血は争えねーもんだな。」

って。


どういう意味なのか、口が軽いはずのおじいちゃんは、未だに説明してくれたことはない。







「おじいちゃんっ!!」

鐘撞塔の梯子を上がって、私はすぐさま怒鳴る。


「うわっ!!」

おじいちゃんのびっくりする声。


「もう、毎年何度同じことしてんのよ。何度も何度も言うけど、鐘を撞きたいんなら、ちゃんと正面から入って来て下さい。裏からこっそりはいって来たら、ドロボーと間違えちゃうじゃないの。」

「だってよ、正面から入ってくる時ぁ、『マイエラ大修道院名誉院長兼名誉聖堂騎士団長』らしいカッコで入って来なきゃなんねーじゃん。うっとぉしくてよ。」

「まずっ!!その口調からも少しマジメにしてよ。おじいちゃん、もういい年なんだから。」

「オレは永遠の美青年だぜ?」


そう言ってカッコつけるおじいちゃん。

未だに「銀髪だ」って言い張るその髪は、やっぱりもう年相応に真っ白で、降る雪に紛れちゃいそう。

「だいたい、毎年恒例でビックリしないでよ。毎年、こうやっておじいちゃんをここに注意しに来るの私の仕事になっちゃったんだからね?おじいちゃんだって私と分かって…」

おじいちゃんは微笑む。


「そうかな、オレは毎年、その黒い髪と緑の瞳を見るたびに…」

口の中でもごもごと、言い淀む。


「…に一喝されてんじゃねーかと思うぜ。」

「…誰?」

おじいちゃんは、ニヤって笑う。


「ま、一喝の迫力が足りなさ過ぎだがな。」

そして、私の質問には答えてくれない。


おじいちゃんがこの話題になるとごまかすのはとうに分かってるから、私は話題を変える。

「で、地位相応の挙措振る舞いで入ってくるのは面倒なくせに、毎年、年越しにこの鐘を撞きには来たいのね?」

「勿論。」

そしてウインクする。

孫娘のひいき目かもしれないけど、さっすが「全世界の女性のナイト」を今でも名乗ってるだけって、それはキマってると思う。


「愛する君の人生初にして今のところ最大の冒険の戦利品だぜ?」

ちょっと嬉しい。

未だにって思われるけど、私、自他共に認めるおじいちゃん子だもの。

おじいちゃんに褒められたら、嬉しい。


「かの冒険は、麗しくも勇猛な、我が愛しの孫の名、マルチェッラ・ヴィルジニーの名と共に永遠に語り継がれるだろうさ。」







昔は聖堂騎士は男性しかなれなかったらしい。

とは言っても、私が生まれた時にはもう、女性の聖堂騎士なんて特に珍しくなくなってたんだけど。

でも、未だに前世紀の遺物みたいなじいさま騎士たちが「女が聖堂騎士なんて」なーんてブツブツいう時もある。

だから私は、聖堂騎士になってすぐに冒険に志願した。

だって、武勲が欲しかったんだもの。


志願した冒険は、「贖罪の鐘」探索。

この「贖罪の鐘」は、その名の通り、その鐘の声を聞く者の罪を祓い、心の邪さを消え去らせる働きがあるっていう、とびっきりの品。


古文書で居場所が分かった法王庁主催のその探索行で、私は自分が聖堂騎士にふさわしい事を証明しようとした。

でまあ、その探索行の総隊長がおじいちゃん。

まあ、元「救国の勇者」だって言うんで、名誉隊長…つまりはお飾りのはずだったのよ。


探索はかなり難航した。

鐘が眠っていた洞窟は天然の迷路で、しかも生き残っていた魔物たちはとても強かった。

その中でおじいちゃんは、見事な指揮ぶりを発揮した。

私が一番感激したのは、おじいちゃんの剣捌きがまるで老いてなかったって事。

そりゃ私だって小さいころはおじいちゃんに稽古付けて貰ってて、だから聖堂騎士を志したのだけれど、おじいちゃんの本気はそんなレベルじゃなかった。

最初は「隠居の道楽だ」って顔して見てた他の騎士たちも、どんどんおじいちゃんを尊敬の眼差しで見るようになったのが、私には快感だった。


そうでしょ?

私のおじいちゃんはすごいでしょ?

だから私もおじいちゃんに負けないように頑張った。

おかげさまで、私はその探索行での武勲が認められ、多分、聖堂騎士としてはエリートコースを歩んでる。

ま、「祖父の七光だ」って言う奴は今でもいるけどね。




贖罪の鐘の音が響く。

おじいちゃんの活躍で得た鐘だから、マイエラにこの鐘を置くことに異論は出なかった。

あの探索行ではあんなにカッコ良かったおじいちゃんだけど、家に帰ったらすぐにダウンしちゃって、おばあちゃんに「年甲斐のないことするからよ」ってぷんぷん怒られてた。

そしてそれ以来、おじいちゃんは私にカッコいい所は見せてくれない。


贖罪の鐘の音が響く。

おじいちゃんはこの鐘を手に入れてから、毎年、この大みそかになるとこの鐘を鳴らしに「こっそり」この塔にやってくるようになった。


そのことを聞いて「あらあら」って上品に微笑まれていたミーティア女王陛下も崩御され。

そう聞いて、黙って俯いたヤンガスおじさんが死んで。

「アンタはホンっトに成長しないんだから、いい加減ッ!!」って毎年怒ってたゼシカおばあちゃんが死んだ時も、死んでひと月も経たないって言うのにここに来て鐘を撞いた。

私が聖堂騎士になってから拝謁したエイタス大公はこの話を私がしたのを聞いて、穏やかに笑われて「うん、君を見ていると分かるよ、エッラ」って、私にはまるで分からない謎の言葉を解き明かして下さらないまま、先日崩御された。


贖罪の鐘の音が響く。

「まったく、みんなオレ置いて行くんだからよ。」

おじいちゃんは鐘を叩きながら呟く。

贖罪の鐘が響く。

「死んだら耳聞こえねえんだから、オレが鳴らしたってこの鐘聞こえねえのに。」

「おじいちゃん、亡くなった方々はみんな立派な方々だから、今さら贖罪の鐘なんて要らないんじゃない?」

おじいちゃんはニヤって笑う。

「ってコトになってるが、アレでいろいろ悪い事はしてたんだぜ、みんな。」

「おじいちゃんだって、いっぱい悪い事してたんでしょ?おばあちゃんから全部聞いてるんだからねっ!」

おじいちゃんはまたニヤって笑う。

「さぁて…『全部』かな?」

「…」

私がおじいちゃんを見つめると、おじいちゃんは贖罪の鐘をまた撞いた。


「ま、でもあいつらにオレの悪行加えたって、まだまだ『あいつ』にゃ比較対象にもなんねーか。」

独り言。




贖罪の鐘の声は自らの罪業と邪心を祓うというので、年末にはその鐘を聞きに来る巡礼者で賑わう。

おかげさまでわがマイエラ修道院の歳末収入はなかなかいい感じで、有りがたいお話なんだけど。

しかも撞いてるのがおじいちゃんこと、暗黒神を倒した勇者の一人ククールって話は別に広めてる訳じゃないのに広まってるみたいで、善男善女のみなさまがありがたやありがたやって言ってくれる。


「おじいちゃん、なんで毎年、この鐘を撞きに来るの?」

私は問う。

「そりゃおじいちゃんが撞いてくれるのはマイエラ修道院としては有りがたいお話なんだけど、別に撞く人によって御利益が変わる訳じゃないし、何よりおじいちゃんもう年なんだから、何かあったらと思うとみんな心配してるのよ?」

私は毎年訴えてることを今年も訴えた。

「ほら、だから来年からは騎士団長様か、それともおじいちゃんがお亡くなりになった方々に祈りを捧げながら撞きたいというなら、おじいちゃんは付添に来てくれたら、私が代わりに祈りを込めながら撞きます。だから…」


「マルチェッラ。」

おじいちゃんは鐘を撞く手を止めないで、でも鐘の声に負けない、凛とした声で私の名前を呼んだ。


「有りがたいお話だよ。オレが死んだらそうしてくれ。」

おじいちゃんは不敵な笑みを浮かべたけど、「死」という言葉が私をドキリとさせた。

そうだ、おじいちゃんはもう「死」が身近にある年なんだ。

客観的な事実としては分かってるけれど、この年になってもまだ、おじいちゃんが死ぬかもしれないって事は実感としては遠い。


「…でもな、オレが生きてる間は、オレが撞かなきゃなんねーのさ。だって、『あいつ』の事を覚えてる人間じゃねーと、きっとこの贖罪の鐘の声は届かねーと思うからさ。」


昔から、うすうす気づいてる。

おじいちゃんも、もう亡くなってしまったゼシカおばあちゃんも、そして同じく亡くなった「勇者たち」はみんな、私の、いいえ、私たちの知らない「誰か」を共有してるって。

その「誰か」がつまりおじいちゃんの言う「あいつ」

その呼び方からしておじいちゃんのとても身近な人で、そしておじいちゃんのとても大事な人。


「ま、『あいつ』の罪をこの鐘の声聞くだけで消し去ろうと思ったら、世の中が消え去るまで毎年聞き続けなきゃなんねーけどな。はは、ムリだろな、気の短い人だしよ。」


「おじいちゃん、その邪悪極まりない人は、誰?」

聞いてはいけない問いだとは分かってるけれど、この機会を逃したら二度と聞くことができなくなるんじゃないかと私は悟ったから、聞いた。


「はは、ははははは、『邪悪極まりない人』ときたか、あはははは…」

おじいちゃんは大笑いする。

鐘の声が早まる。

風が強くなってきて、おじいちゃんの真っ白な髪がもうもうと白い中に消え去りそうになる。


「あ、そんな悪い人じゃなかったら…」

「いや、悪い人さ、とびきりのな。悪い人には違いない。」

おじいちゃんは笑いを止め、そして真顔に戻った。


「悪い人には違いねーのさ。そう…」

おじいちゃんの目が、私をじっと見つめる。

私の緑の瞳を。

視線が私の黒い髪にいった気がする。

じっくりと私の聖堂騎士の制服を見つめる。


「悪い人…だよ。」

そしてついた息が、雪と同じ色になって、すぐに溶けた。


「おじいちゃん、その人の事教えて。」

おじいちゃんは困った顔をする。


「おじいちゃん、私知ってるわよ?その人って私と同じ目の色をして、私と同じ髪の色をして、もしかしたら私と同じ聖堂騎士で…」

「やれやれ、君は聡明過ぎて困る。」

おじいちゃんは大げさな身振りで誤魔化そうとする。

私は誤魔化されない。


「おじいちゃん、私知ってるわよ。このマイエラの聖堂騎士団長就任記録に何年か分の穴があるって。修道院長就任記録にも不自然な穴があるって。七賢者の子孫である、聖者オディロ大修道院長亡きあとのことよ。ちょうど、おじいちゃんが聖堂騎士だった頃の事でしょう?その人って、院長と聖堂騎士を兼任してて…」

「止めなさい。」

おじいちゃんが静かに止めた。

それはとても穏やかな口調だったけど、私を一瞬で黙らせる奇妙な迫力があった。


「もう、年が明けるな。あと十…」

おじいちゃんは私と話しながらも、鐘の数をきちんと数えていたらしい。

穏やかだけれど、厳粛な面持ちで残り十回の鐘を撞く。


「さあて、マルチェッラ、新年おめでとう。」

おじいちゃんは全て撞き終わると、急に老けこんだようによろめいた。


私は慌てて支える。

「…来年は、撞けるかな…」

おじいちゃんは独り言を言う。

「おじいちゃん、ともかく中に入ってあったまりましょう。」

私はおじいちゃんを支えながら、鐘撞塔を降りる。

おじいちゃんはぶつぶつと何か言う。


「でも、この生ある限り来るからな。どうせ聞いてんだろ、分かってるよ、あんたはいつだってオレを無視して、そしてしまいにゃオレの視界から消え去ったが、でもあんたはオレを忘れ去る事は出来ねえんだって…」

ホントにボケたんじゃないかと不安になる。

「聞かせてやる、あんたが望まなくたって、あんたの罪を消し去るのにオレが一役買ってやるよ。聞くたびにオレの事を思い出せ…」

「おじいちゃ…」

「マルチェロ…」

「なに?」

私は自分の名前が呼ばれたんだと思って問い返した。


おじいちゃんはようやく私の方を向いて、いつものおじいちゃんの笑顔で言った。

「何でもないよ、オレの可愛い孫のマルチェッラ・ヴィルジニー。」

そして付け加えた。


「そうさ、君の名前はマルチェッラであって…」

その後は、もごもご。


「ねえ、おじいちゃん…」

「出世しなよ、マルチェッラ。全世界にその名を鳴り響かせれば…誰か、知らず語りにその『マルチェッラ』の名で『あいつ』を忘れさせやしないから…そうさ、全世界の誰もが忘れない…」

あとは、聞こえなかった。



そして私は、結局、その言葉の意味を知ることはなかった。








2010/ 1/1




エッラの一言感想「だから何がなんだか分からないんだけど?」

そうですね、分からないですよエッラ。てか分かっちゃダメ。
エッラの外見について質問を頂きましたのでここで回答。
黒髪で翡翠色の目という、どっかの誰かを彷彿とさせる外見です。どうやら背も高い模様。背の高さはククールもそうなんですが、黒髪は父親譲り。翡翠色の瞳は…まあ父方か母方かを辿ってったら、緑色の目の人くらいいるよなってコトです。つまり、どっかの一日法王さまとは直接関係ないのですが、なぜか似ていると ククールは 思っています。それは目と髪と、聖堂騎士の制服効果じゃないかな?

自分の祖父が一体何を口走っているか皆目知らないエッラは、けっこう筋金入りのおじいちゃん子です。多分ククールも彼女が聖堂騎士になって「ヘンな虫に可愛いエッラを渡さずに済んだ」とちょっと嬉しいのではないかと。


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