再び得ることの出来ない肉親へ




もう一年以上前から書く書くと決めてきた後日談。
なのに、どうして2009年に入ってからの書きはじめなんだろう。

サイト開設前から書いているこの「童貞聖者シリーズ」の、シメ…になるかもしれないお話のひとつです。






















「おじいちゃんとお散歩に行って来るね。」
わたしがそう言うと、お母さんが言った。

「おじいちゃんがいるとはいえ、暗くなる前に帰ってくるのよ、エッラ。」

「はーい。」

わたしはお返事して、おじいちゃんとの待ち合わせ場所に急いだ。









「おお、オレの最愛のフラワーハニー。今日は一段と可愛いね。」

おじいちゃんはそういって、わたしにほおずりして、そしてキスした。




おじいちゃんは、わたしのことを「フラワーハニー」って呼ぶ。




ちなみに


おばあちゃんは「ハニー」で、

おかあさんは「リトルハニー」で、

そしてわたしは「フラワーハニー」


どれも「最愛の」が頭につく。




「ハニー」はいいとして、どうして「リトル」の次が「フラワー」なんだろう。




って前おじいちゃんに聞いたら、




「君の髪の色は、遠い遠い国にある、100年に一度だけ花をつける伝説の花の色をしているからだよ。」

って答えが返ってきた。


おじいちゃんは若いころは冒険者で、おばあちゃんと一緒に世界のすみずみまで行った事があるって言うから信じてたら




「あたしは見たことないわよ。」

って、おばあちゃんに一瞬で否定された。


ちょっとショック…




「おじいちゃんの言うことはデタラメとホラが多いから、話半分に聞くくせをつけなさい、エッラ。」

そういうおばあちゃんの言葉はいつも、おじいちゃんにはとってもキツい。


っておじいちゃんに言ったら


「ハニーはオレにベタ惚れだから、君に妬いてるんだよ。」

って答えが返ってきた。




おじいちゃんの言うことは、いつも分かったようで、わからない。









「君の美貌は言うまでもなく、君のこの髪の色、どんな画家だって色を調合できないに違いないよ。」

確かに、おじいちゃんの言うことはいつもおおげさだ。


わたしの髪の色は、お父さんとおんなじ。

でも、お父さんがお母さんにプロポーズしに行ったときに、おじいちゃんはこう言って反対したらしい。




「何もかも気に食わねーけど、特にその髪の色が気に食わない。なんだ、その夜の海みてーな辛気臭い暗い色はっ!!」

お父さんはとても面食らった顔をした…とおばあちゃんが言ってた。




つまりはおじいちゃんは、とっても気まぐれだ。

好きだけど。









「おじいちゃん、今日もあの丘に行くの?」

「そうだよフラワーハニー。」


「おじいちゃんはホントにあの丘が好きね。」

「素晴らしい景色じゃないか。君は嫌いかい?」


「ううん、大好き。」

わたしが答えると、おじいちゃんは嬉しそうに笑った。


わたしは、おじいゃんの笑顔が好きだ。

みんな

「エッラのおじいちゃんはカッコいいね。」

って言ってくれる。


「エッラのおじいちゃんは、昔は輝くばかりに美しい人だったんだよ。」

って教えてくれるおじいさんやおばあさんもいる。




っておじいちゃんに言ったら、おじいちゃんは不満そうな顔をする。


「『だった』じゃなく、今でも美しいんだよ、な?」

「うん、おじいちゃんの白髪とか、お日さまがあたるとキラキラしててきれいだよね。」

「白髪じゃねーの、コレは銀髪っ!!」


白髪と銀髪って違うのかな?

おじいちゃんのこだわりは、やっぱりイマイチよく分からない。











丘に着いた。

わたしは、お母さんが作ってくれたお弁当を広げた。


ここはいつも気持ちいい風が吹いていて、”島”が見えて、わたしの大のお気に入り…

なんだけど、ほかの人は来ない。




”島”のことをみんなは”地獄の島”って呼んでるから。


ここから見ると、山があって、砂浜があって、女神さまが住んでそうなくらいきれいな島に見えるのに。

事実、昔はあの島に、大きくて美しい女神さまの像があったらしい。




けど今は、地獄まで続いているっていう、大きな、大きな穴があるだけ、なんだって。

その穴は昔、悪い神さまが出てきた穴で、そいつは女神さまを壊して、この世をとんでもないことにしようとしたんだって言う。




そして、そいつを倒した勇者さまが、おじいちゃんで、おばあちゃんで、あとその仲間の人。

だからとっても偉いんだ、うちのおじいちゃんとおばあちゃん。







おじいちゃんは、お弁当のサンドイッチを食べながら、ずっと島を眺める。

わたしと来ると、いっつもその島を眺める。

わたしといない時も、ここに来ているのかな?

どうして眺めるのかな?











「手紙を書こう。」

お弁当が片付いたところで、おじいちゃんは唐突に言った。


「誰に?」

「…それは言えない。」

また、おじいちゃんの”よく分からない”が始まった。


「おじいちゃん、言えない人に手紙は書けないよ。」

わたしの反論はとってももっともだと思うんだけど、おじいちゃんはにっこり笑って言う。


「フラワーハニー、人生は長い。」

「うん…」

「そして君は、まだまだ人生について学ぶべき年だ。」

「うん。」

「そして、人生には、誰だか言えない人に手紙を書かねばならないこともあるっ!」

「う…ん…」

「だから君は、手紙を書くべきだ。」

「うーん…」


「オレも書くから。」

「分かった、書く。」

納得しちゃった。




わたしは、おじいちゃんが用意した紙に書き始める。




こんにちは

そしていきなりつまる。


わたしの名前はエッラです。

またまたつまる。


お元気ですか。

でも、元気かどうかも分からない人に、「お元気ですか」は失礼かも。




わたしはとても考えたけれど何も思い浮かばなかったので、おじいちゃんが書いている姿を見る。

すごくスラスラ書いている。


さすがおじいちゃん、”誰だか分からない人”にもお手紙がかけるんだ。

これが「年の功」ってやつかな?


って言うとおじいちゃんが怒りそうだから、わたしはいわない。







「フラワーハニー、苦戦してるね。」

「おじいちゃんはどんなこと書いたの?」

「気になる?」

「すごく。」

おじいちゃんは微笑むと、


ちらり

と、”地獄の島”を見た。




「聞いてみるかい?」

「うん。」

そしておじいちゃんは、手紙を読んだ。













あんたはこの長い月日をどう過ごしてきたんだろうか。

オレには、あんたの今の姿がほとんど想像できない。

ただなんとなく分かるのは、どっかで生きてるんだろうってコトだけだ。




オレがあんたと知り合って共に過ごした月日より、さらに長い月日を、オレはあんたと会わずに過ごしてきた。




オレは今、あんた以外にも肉親がいる。

孫だっている…もちろん、あの美貌はかけらも衰えちゃいねーけどな。






オレはあの頃、あんた以外の肉親を持たなかった。

そのことはオレに、あんたを掛け替えのないくびきにさせた。

そしてあんたはオレを、「自らの望まない肉親」という理由で憎んだ。




そんなあんたは今、いったい誰といるのだろうか?

それともやはり独りなのだろうか…かつてのあんたのように。







わたしはおじいちゃんに聞く。

「ねえおじいちゃん、それは本当に”知らない人”へのお手紙なの?」


おじいちゃんは答える。

「”知らない人”じゃない”誰だか言えない人”への手紙だよ、フラワーハニー。」


「わたしの知ってる人?」

「知らない人だよ。君も、君のお母さんも知らない。いや、知っている人はほんの僅かで、そしてそのうち、誰も知らない人になる、人だ。」




「どうして誰もその人のことを覚えていてあげないの?」

わたしはそんなつもりじゃなかったけど、わたしの言葉はおじいちゃんの顔色を変えてしまった。




「続きを読むよ。」

「…うん。」











オレはあんたを探したが、あんたは見つからなかった。

あんたはオレが死ぬまで、オレの目に触れることはないのだろう。


オレはあんたと和解したいと、今でも思う。

あんたはオレが死んでも、オレの和解の手を握り返すことはないに違いない。




だからオレはもう、あんたに手は伸ばすまい。




ただ、オレはオレとしてここにいる。

会いたかったら来てくれ。






再び得ることの出来ない肉親へ


多分あんたにとっては、今でも唯一の肉親より。











”肉親”っていうのは”家族”って意味だ。

おじいちゃんの家族?

わたしと、おばあちゃんと、お母さんと…


でも、みんなおじいちゃんといるのに。




「ねえおじいちゃん、”再び得ることの出来ない肉親”って、誰のこと?」

おじいちゃんは、皮肉っぽい笑いを浮かべた。




「フラワーハニー、こんなお話を知っているかい?

むかしむかし、ある女の人がいました。その女の人の、夫と、子どもと、そして兄弟が、戦争で敵に捕まってしまいました。女の人は捕まえた敵に命乞いに行きましたが、敵は一人しか助けてやれないと答えました。女の人は言いました。

『ならば、再び得ることの出来ない肉親だけを助けてもらいます』

って。」


「ふたたびえることの出来ない肉親、だけ?」

わたしは分からなかったので、おじいちゃんに正解を教えてもらおうとおじいちゃんを見上げた。

けどおじいちゃんは


「子どもに出す問題じゃねーやな。」

と呟いて、答えを教えてくれなかった。




仕方がないのでわたしは、がんばって”誰だか言えない人”への手紙を書いた。









「よく書けてる、よく書けてる。」

おじいちゃんは褒めてくれた。

わたしは嬉しくてにっこりする。




「でも、一つだけ、直そうな。」

おじいちゃんは、


わたしの名前はエッラです。

のところを書き直す。




「どうして?わたしの名前はエッラよ?」

「違う。」

わたしの抗議は、いっしゅんで却下された。






「君の名前は、マルチェッラだ。」




エッラは、マルチェッラを縮めただけなのに。

みんなそう呼んでるのに。

おじいちゃんだけは、頑固にそう呼ばない。




だからわたしは、おじいちゃんが「エッラ」を「マルチェッラ」に直すのを黙って見てた。




「さあ、出そう。」

おじいちゃんは、わたしとおじいちゃんの手紙をビンに入れて、海へ勢い良く放り投げた。




「届くかな?」

わたしが言うと、おじいちゃんは笑う。


わたしはおじいちゃんを元気付けたくて、だっておじいちゃんがとても元気じゃなさそうに見えたから、付け加える。




「女神さまがきっと届けてくれるよ。」

「どうかな?」

おじいちゃんは、いっしゅんで否定した。




「”女神さま”は、届けちゃくれねーよ。」









帰り道、おじいちゃんの後をわたしは着いていった。

真っ赤な夕日がおじいちゃんを照らしてる。


おじいちゃんは赤色が好きだし、赤色はおじいちゃんに似合うけど、なんだか…




「長生きするんだよ、マルチェッラ。」

おじいちゃんは唐突に振り返って言った。




「君が生きている限り、その名を持つ限り、どんな力も忘れさせられないんだから、さ。」

そう言うおじいちゃんは、夕日に溶けちゃいそうに見えた。
















おうちに帰ると、おばあちゃんが来てた。

「おじいちゃんとのデート、楽しかった?まったく、いつまでたっても”若いコ”が好きなんだから。」




あたしは思い切って聞いてみた。

おじいちゃんが書いた手紙のこと。


おばあちゃんは黙って微笑んで、そしてカレンダーを見て、呟いた。




「ああ、あの日ね。」

「何の日?」




おばあちゃんも、何も答えてくれなかった。








2009/ 1/18




エッラの一言絶叫「何がなんだかわかんないよっ!!」

エッラ嬢には気の毒ですが、彼女は永遠に真実を知ることは出来ないのです。
なぜなら、 愛情と労りと優しさと で書いたように、接サイトのマルチェロに下された判決は「記録抹消刑」
マルチェロという人間が存在した一切の痕跡をこの世から消し去ることなわけです。
よって、ククールやゼシカですら、肉親にですら、マルチェロのことは語れない、と。

しかし、いくら兄のことを忘れたくないからといって、よくも孫娘に「マルチェッラ」なんてギリギリライン(しかも、どっちかっていうとアウト)の名前をつけたものですな。
そりゃみんな(つかゼシカの配慮でしょうけど)愛称でしか呼ばないよ。

ということで、これが拙サイトのククールがたどり着いた結論です。
いくつの「おじいちゃん」なのかは、ご自由にご想像ください。


最後に問題。

ククールが言った昔話の「再び得ることの出来ない肉親」とは誰のことでしょうか?そして、どうしてそうなるのでしょうか?
理由つきのお答えをお待ちしております。


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