空と海と大地と




「ー呪われし姫君」と続いてもいいけど
DQ8は本当に、空と海と大地がきれいなゲームだと思います。
そして、それはプレイヤーだけでなく、ゲーム中人物にとっても…

ククール、脱皮するの巻






















オレの帰る場所は、ただ薄暗い場所。

そこは、闇色の髪をして、悪魔のような緑眼を持った、“神の剣”が支配する場所。





暗い

暗い

暗い




オレはただその暗闇に閉じ込められていた。














オレは、それから逃れる為にドニの町へ行く。

小さいけれど、喧騒と光のある場所。


オレはそこで、酒を飲み、イカサマ博打を打ち、そして女の子と遊ぶ。




「ねー、ククールぅ、修道院って楽しい?」

旅芸人の踊り子の無邪気な問いに、オレは答える。

「楽しい訳ねーじゃん。朝起きてから夜寝るまで、ぜぇんぶやんなきゃなんねーコト決まってんだぜ。」

「だったら、そんなつまんないトコ辞めて、アタシたちと一緒においでよー。」



オレは、内心の動揺を悟られないように、自慢の美貌に、お愛想笑いをたあっぷり込めて、皮肉な口調で答える。



「やれやれ、オレみてーな超美形が辞めちまったら、“イケメン揃いの聖堂騎士団”の看板がウソっぱちになっちまうじゃねーか。」

「ホントねー。」

あはははは、踊り子と一緒に笑いながら、オレの心臓は僅かに動悸を早めていた。









「よくもよくも、毎度毎度、規則違反を繰り返すものだな。」

魔性のような魅惑の効果を持つバリトンが、オレの上から叩き付けられる。


「君の脳みそは、マイエラ修道院の規則も覚えられぬ程のお粗末な出来なのかね?」

“修道院の絶対の支配者”は、大理石の彫像のように端正すぎて、おすまししていると生気の感じられないその顔の表面には、皮肉がたぁっぷりと浮かび、お得意の嫌味を言うその口調は、生き生きしていた。



「オレはなんせ忙しいんでね、あんな数ばっか多いつまんねー規則なんて、いちいち思い出してる暇なんかありませんよ、団長どの。」

やめればいいと分かっていながら、オレは三回に一回は余計な口答えをした。

魅力的な“修道院の魔王陛下”のお答えは、いつも一つ。




「気に入らんのなら、いつでもこの修道院を出て行け。」









オレはガキのように、修道院の聖者さまの所に甘えに行く。

「オディロ院長ー、兄貴がオレに

『お前なんか出て行け』

って言ったー。」

自分の規則違反なんて棚に上げてオレが甘えつくと、院長は優しい目で、こくりこくりと頷いた。


「なーオディロ院長、オレはいらない子?」

オレは、甘い回答しか返ってこないと知って、院長に聞く。


「お前は女神の愛し子、いらないなんてとんでもない。」

院長は、期待通りの答えを返して、そして期待通りに付け加えてくれる。



「お前はずっとここにいていいのだよ、ククール。」









オレは、つい、言いすぎた。

余計な事を言うのはその時に限った事じゃなかったけど、オレはその時は、本当に“魔王様”の逆鱗に触れてしまった。



あと少し、制止の声が遅ければ、オレは背骨を叩き折られて死んでいただろう。



さしもの“慈愛深い聖者様”も、その時ばかりは色をなして、“愛しくて優しい子”を叱り飛ばした…らしい。

意識がなかったから、オレは見てないし、当然覚えてない。


気付くと、オレは院長室に拵えられたベッドに寝ていて、“聖者様”が直々に回復呪文を唱えてくれていた。


オレは瞬間的に“こりゃ、あいつは嫌がっただろうな”と思い、その後、“聖者様”の顔を見た。

「おお気付いたかね、ククール。」

“聖者様”はいつものように優しく微笑むと、ガキの時のようにオレの頭を優しく撫でた。


「ゆっくり養生するのだよ、ククールや。」

“聖者様”は、なんでオレが体を起こせないくれー痛めつけられたかも、なんで一般療養室でなく院長部屋でオレが寝かされているかも、なんでわざわざ院長が直々に看護しているかも、なにも説明しなかった。


だから、オレも聞かなかった。




オレは、“聖者様”の献身的で親身な介護のお陰で、めきめきと回復した。

そろそろ聖堂騎士としての一般職務に戻れそうになった時、オレは言われた。


「なあククールや、西の大陸の騎士団が、聖職騎士を求めているのだがね…」

行ってみる気はないかね?

院長がそう言い出すや否や




「オレを追い出すのっ!?」

オレは、弾ける様に叫んでいた。




「オレを追い出すの?オレをこの修道院から追い出すのっ!?オレはここで育ったのに、ここがオレの家なのに、院長はオレをここから追い出すのっ!?」

“聖者様”はオレの取り乱しようを見て、珍しくおろおろした。

「そんな、追い出すなどと…お前はワシの子も同然ではないか、ただ…」

「じゃあ、兄貴がオレを追い出すの?」




オレは“聖者様”の反応を窺った。

“聖者様”も、オレの様子を窺った。




小さなため息。

「お前はずっとここにいていいのだよ、ククール。」

もう一つ、ため息。

「じゃあ、オレはずっとここにいる!」

さらにもう一つ、ため息。

「でものう、ククールや…」

さらにさらにもう一つ、ため息。



「この修道院の外には、たくさんの光が満ち溢れているのだよ…」

大きな、嘆息。



















オレは“冷たい支配者”の、厳然たる支配から逃れるために、酒と博打と女を求めてドニへ行く。

どんなに遅くまでそこに居座ったとしても、帰る場所は“暗い場所”。

そこは“黒髪の魔王”に隅々まで支配され、オレは息が詰まりそうだった。



けれど、オレの帰る場所は、そんな“大悪魔猊下”の翡翠色の視線が隅々まで張り巡らされた“暗い場所”だけ。









オレは何度も、“支配者”と交わる夢を見た。


温かくて滑らかな肌。

熱い吐息。

更に熱い深奥。



オレと“魅力的な人”は、泥沼にずふずふと身を沈ませるような交わりを繰り返し、しまいには泥の奥底まで沈みきってしまって、ゆるゆると窒息した。




オレは何度も、“絶対者”を組み敷く夢を見た。


力の限り抵抗する腕。

オレの囁きを聞くまいとする耳。

オレの唇を傲然と避けようとする唇。



オレは“愛する人”のそんな抵抗を、易々と押し返し、しまいにはオレの思うままに陵辱し、時には切り刻んだ。









それは夢。

全部夢。




うつつには、“彼”は空に浮かぶ冷たい月。

触れようとしても手が届かず、もし触れえたとしても冷たいばかり。



うつつには、“彼”は燃え盛る青い焔。

輝くばかりに燃え盛り、そして触れるものを圧倒的な力で焼き尽くすばかり。









オレは、呼吸に苦しさを覚え、何度も粗末なベッドの上で目覚めた。


暗さ

支配



眠るオレは、それに圧し掛かられ、窒息しそうな苦しさを覚えた。




そんな目覚めのあとでも、オレは睡魔には勝てずに再び寝入る。


暗さ

悦楽



眠るオレは、それに熔かされ、苦悶と快楽に身もだえした。









オレを捕らえて離さぬ愛があればいい。









“聖者様”さえオレを愛さなかったら、オレは自暴自棄という破滅的な力でもって、この“暗い場所”を飛び出す事が出来たろう。




“オレの唯一の家族”が、ほんの一滴の愛情でも、いや、“おざなりの愛情を示す”くらいの事をだけでもしてくれたら、オレは喜んでそれに騙され、そして彼にがんじがらめに束縛され、支配される事を受け入れたろう。









中途半端な愛情と、いくじなしの恐怖心が、オレを“暗い場所”に閉じ込めた。



















オレは、“暗い場所”を追い出された。




“愛情なき支配者”は、ただあっさりと、“オレの家”を奪い去った。



















マイエラ修道院の外

ドニの町よりさらに遥か




そこには、空と海と大地が広がっていた









オレは何を恐れていたのだろう。

“暗い場所”の外には、

「この修道院の外には、たくさんの光が満ち溢れているのだよ…」

“聖者様”の言葉どおり、たくさんの光が満ち溢れていたのに。




「やれやれ、また敵さんのお出ましでガスよ、アニキ。」

「ん、ゼシカはベギラマを、ククールはバギマを頼む。」

「オッケー、先手必勝ね。あたしの炎でイッパツよ。三人の出番なんかないわっ!」

「頼むよハニー、美青年の出番は残しておくモンだぜ。」



家族というつながりではないけれど、信頼と友情という名の“愛”も、そこにはたくさんあったというのに。




この目で空を眺め

この鼻で海の香りを嗅ぎ

そして

この足で大地を踏みしめなければ



オレは知らないままだった。





修道院の外には、光が満ち満ちていることを。



















“我が最愛の大悪魔”

“オレが心から憎んだ聖騎士”


彼はオレを、あの“暗い場所”よりなお暗い、煉獄島というこの世の地獄に叩き落した。









オレは痛感した。




兄貴は心から、オレが憎いのだ

と。




とうに分かっていた事だけれど、とうに分かりきっていた事だけれど。



この世の地獄に叩き落しても、なんら苦にしないほど、オレが憎いのだ。









オレは、鉄格子ごしに上を見上げる。

空は見えない。

潮の香りもしない。

大地はただ、不毛で、


そして、光は差し込まない。









オレには分かった。




ここは、あんたそのものだよ、兄貴!!









強くて賢くて何でも出来る、オレの凄い兄貴。




あんたは博学だ!!



だけどあんたは、オレの見た広い空を知らない。

あんたが纏う聖堂騎士団長の服より、さらに青く美しいその色を知らない。


あんたは潮の香りも、その香りをかいで生きる人たちも、その幸せも知らない。


人に恵みも災いももたらす大地の、そのあんたの力も及びがたい威力も知らない。




兄貴、あんたは不毛だ!!


あんたは自らの知ろうとする事しか知らない。

あんたは自分の目で見た世界しか世界だと思っていない。

狭い狭い世界の中、あんたは狭い障害だらけの世界で、その障害を排除し、排除し、そして罪と血に塗れることしか知らない。




兄貴、あんたの生き方は不毛だ。

あんたは何も生み出さない。


だってあんたは、空も海も大地も、暗い修道院の外に広がるものを何も知ろうとしないから!!









煉獄島は、この世の地獄。

一片の光も差し込まぬ、暗黒の獄。




けれど、オレはもう恐れない。

オレは決してここから出ることを諦めない。




だってオレはもう、空と海と大地が外に広がることを知っているから!!





























船上。

助けに来たトロデ王の、恩着せがましい言葉を聞き流し、オレは船べりに寄りかかる。




どこまでも続く青い空。


ひたすらに続く海の香り。


そして左右に広がる大地。



















そしてオレには光がある。










2007/1/24




一言弁解「不毛つったって、兄貴のデコの話じゃないからねっ!!」

いきなり余韻をブチ壊してすいません。でも、まあお約束なネタかな、と。
結局、マルチェロがククールに敗れたのは、“視野の狭さ”かなあ、と思わないでもないです。小さい頃から修道院に入って、その中で立身出世を果たして(そしてそのためには相当えげつない事をして)いった人で、それはもちろん彼の弛まぬ努力と行動の結果ではあるのですが、逆に言えば彼は、他の生き方を知らなかった(知ろうとしなかった)のだなと。彼が追い出したククールは、おかげで、世界にはいい人も悪い人もいろんな人がいて、いろんな生き方があって、そして世界は広い、という事を実感することで人間として成長できたのですが、マルチェロはその機会をある意味自ら封じた…それが彼の失敗の原因かなと。
以上の理由から、もし、ゴルドで彼が勝利出来ていたとしても、結局彼は上手くいかなかったんじゃないかと思います。そう考えたら、おとなしく弟に敗北したこの形が、彼にとっては“最良の”負け方だったかな…と。

既にまとめのような後書きを書いてますが、もちろん、ゴルドでの戦闘はちゃんと書きますよ?
つーわけでお次は、「兄貴ラヴっ!!」という“不毛な”呪縛からようやく解き放たれたククの“建設的な未来”のお話です。拙サイトでヒマワリといえば…?




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