あくま の 子 「お父さま」




ようやく「マルチェロ一代記」に本腰を入れ始めましたよ、この腐れ管理人てば。
というワケでみなさまお待たせしました(待ってない?待ってたよね。待ってたって言ってさ。) マルチェロの幼少期捏造話です。題して「彼は如何にして弟を憎むようになったか」






ぼくのお父さまは あくま だ。







ぼくは、おやしきでお勉強をする。
ノルマがたっせいできなかったら、お父さまにムチをくらうから。
ぼくは、いっしょうけんめいお勉強をする。
ぼくは、りっぱなあとつぎにならなきゃいけないから。



おやしきには、お父さまはあまりお帰りにならない。
“べるがらっく”という街の“かじの”にお行きになっているらしい。
けど、“かじの”がどんな所か誰も言わない。
ぼくは本を開く。分からないことがあったら、まず自分でしらべてみなさいって、せんせいは言っているから。


かじの…とばくじょうをちゅうしんとしたごらくしせつ。


とばくっていうのは、ギャンブルってことだとぼくは知っている。
ギャンブルっていうのが、悪いことだってぼくは知ってる。
ごらくっていうのが、楽しいことだってぼくは知っている。
そして
“楽しいこと”っていうのは、悪いことだって、ぼくは知ってる。
教会のお説法で、神父さまはいつもそう言う。



なんじら 人の子 よ。 かいらく に おぼれて は ならぬ。かいらく に おぼれる は 弱き 心 弱き たましいの あかし なるぞ。



“かいらく”っていうのは、楽しいことってことだとぼくは知ってる。
“弱い”っていうのは、悪いことだって、ぼくは知ってる。



お父さまは、ぼくに言う。いつも言う。




「人に負ける事は許さん。お前は常にすぐれてあれ。すぐれていなければ、お前に“そんざいりゆう”などない。」




ぼくは本を開く。ぼくは本を開くいていみをしらべる。

そんざいりゆう…あるじしょうのそんざいするげんいん。じつざいこんきょ。




ぼくはまだ小さいから、どういうことなのか分からない。
大きくなったら分かるように、ぼくはがんばってお勉強をする。



「“かいらく”というのは悪いことなのに、どうしてお父さまは“かじの”に行くの?“かいらく”にまけるのは弱いことで、弱いというのは、悪いことだと神父さまが言っていましたのに、お父さま。」

ぼくは、お父さまにそんな質問をしてはいけないことを知っている。
ぼくは、お父さまに決して口答えをしてはいけないことを知っている。





時間になった。




ぼくのお勉強部屋に、奥様が入ってこられる。
奥様は、月の光みたいな銀色のとてもきれいなかみをなびかせて、お歩きになると、とてもゆうがな動きでいすにおかけになる。

「今日はなにをお勉強しましたか、マルチェロ。」

奥様は、あおくすきとおった宝石みたいな目で、ぼくをごらんになる。
ぼくは答える。
「今日は、古代語の文法の、動詞の活用をお勉強しました。」
そして、家庭教師のせんせいにうながされて、ちゃんと暗唱してみせる。

「よくがんばりました。」
奥様は、鈴を転がすようなお声でぼくをほめてくれる。

「では、今日はもう遊んでもよろしいですよ。」
奥様のお言葉で、ぼくの今日のノルマは終る。

「ちゃんと復習を終えてから、遊びに行ってきます、奥様。」
ぼくが言うと、奥様は軽くうなずいた。


奥様は、おやしきの奥様で、ぼくのお父さまの奥様だけど、ぼくが奥様を
“お母さま”
とお呼びしていいのは、お客様がいらっしゃる時だけだった。

おやしきにいる時は、奥様とお会いできるのは、朝と昼と夜のお食事の時と、お勉強が終った報告の時だけ。
いつもは、奥様はご自分のお部屋にいらっしゃる。


奥様は、ゆうびな動きでドアから出ていかれる。
ぼくはちょっと急ぎ足で、ドアを押さえてあげる。
奥様は、空のおほしさまみたいな目でぼくを見る。


奥様は、ぼくを見て、けしてほほえまれない。
ううん、誰と会っても、けしてほほえまれない。



女 よ なんじ つみぶかき 者 よ。 笑いかけては ならぬ。 お前の ほほえみ は 人 の 心 を ゆりうごかす。 美しさ は つみで ある。 女 よ 笑いかける な。 なんじ は つねに つつしみぶかい ひょうじょう で あれ。


奥様は、“つつしみぶかい”方だから、笑わないのだって。
やたらと笑ったり、哀しんだりするのは、いけないことなんだって、ぼくは知っている。





復習を終えてから調理場に行って、ぼくは言う。
「お母さん、お外に遊びに行ってくるね。」

「あらあらもうお勉強は終ったの。今日も先生は褒めてくれた?」
巾を外すと、お母さんの黒いかみがこぼれた。

「うん。奥様がほめてくださったよ。」
「まあ、この子はほんとうにおりこうな子ね。」
お母さんは、とてもうれしそうにぼくのあたまをくしゃくしゃになでてくれた。
お母さんが胸につけたペンダント…お父さまがお母さんにくれたものなんだって、がゆれるくらいはげしくなでてくれた。
だから、ぼくのかみの毛はくちゃくちゃになる。

「ほら、お食べなさい。」
そして、料理とちゅうのリンゴのパイを一つくれる。これって、今日の夕ご飯のデザートじゃないのかな。

「ううん、つまみぐいはいけないから。」
ぼくが断ると、お母さんは心外そうに
「まあ、クソ真面目なんだから。」
と、ちょっと汚い言葉で言う。
「お母さん、そんな汚いことばを使っちゃだめだよ。」
また、「だから、めかけにすらしてもらえないんだ」って言われちゃうよ。
“めかけ”ってなにかしらないけど、メイドよりえらいみたい。


お母さんがぼくの顔を見てなにか言おうとしたら、

「おーい、フリア。はやくこっちを手伝ってくれ。」
向うから料理長がお母さんをよんだ。

「ったくグズなんだからよ…おお、これはマルチェロぼっちゃま。今から遊びに行かれるんですか?」
「うん。」
「まいにち毎日、お勉強で大変でしょう。ごぞんぶんに遊んでいらっしゃい。」
料理長は笑顔を浮かべて、ぺこぺこする。
いやな笑顔だ。ぼくは、こんな笑顔はきらいだ。



だからぼくは、おやしきを出て、遊びにいくのが好きだ。







「また村の娘に手をつけたらしいぞ。」
「まあ怖い。ああ、女神さま、どうしてウチの領主はあんな あくま なんでしょう。」
「そう心配するこたないよ。ギャンブルで財産を使い果たしてるって言うじゃないか。破産したら、ここからいなくなるさ。」
「まあ、それはざまあみろだけど、あの綺麗な奥様がお困りになるでしょうよ。」
「なあに、あの奥様は名門の貴族の出だから。実家にお帰りなればいいだけのことさ。」


お邸から出ると、みんな言う。
おやしきにいたら聞こえないけど、みんな言ってる。
みんな、ぼくが子どもだから分からないと思ってるけど、ぼくは知ってる。



ぼくのお父さまは あくま だ。




「でも、そうしたら、あのおやしきのおぼっちゃんはどうなるのかねえ。」
「なあに、どうせメイドの子じゃねえか。」
「可愛らしい子じゃないか。」
「見た目にだまされるなよ。あの あくま だって、ツラはいいが あくま じゃないか。それに加えて あくまの子 なんだからよ。ロクデナシになるに決まってる。」
「おりこうな子だよ。」
「あの目を見ろよ。魔界のヤツらってのは、あんなふうに緑の目をしてるらしいぜ。おんなじ色してるじゃないか。」




そしてぼくは あくまの子 だ。
ぼくは、知ってる。












2006/7/17




しばらく続きます。だんだん大きくなっていくマルチェロ少年のお話。
修道院に来た時のククールくらいの年のイメージで小マルを書いてみたのですが、さすが団長!!賢すぎですね!!
神童は二十歳すぎればただの人らしいですが、二十歳すぎても常人でなかった彼がどんな末路(笑)を迎えたかと思うと、おとなしくただの人になれた神童は幸せかもしれません。




お母さまとお母さんと奥様とメイドと悪魔

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