あくま の 子 「お母さまとお母さんと奥様とメイドと悪魔」




マルチェロの幼少期捏造話第二段。
ちょっぴり成長しました。相変わらずお利口さんです。






僕 の お母様 は 女神さま だ。





僕は、奥様に話しかける。
「“お母様”お飲み物はいかがですか?」
奥様はうなずかれるので、僕は飲み物を差し出した。
ちゃんと、“貴族の子弟としての礼にかなった”作法で。

パーティーに出席している他の奥様がたは、口々に言う。

「なんてお利口なおぼっちゃまでしょう。」
お母様がそれに微笑を浮かべて軽くうなずくのは、“社交場の礼儀”だと僕は知っている。

つまらない。
僕は“可愛らしくてお利口なご領主のおぼっちゃま”として、子どもらしい笑顔を浮かべるのに疲れた。

奥様のお顔を見る。
奥様は表情が薄いけれど、同じくうんざりしていらっしゃるのを僕は知っている。


お父様に“社交場の笑顔”をふりまいている人たちが、ふだんかげでどれだけお父様を“悪魔”と罵っているか僕は知っている。
ぼくを可愛い子ども扱いする人たちが、かげで僕のことを“メイドの子”とバカにしていることを僕は知っている。

みんな嘘つきだけど、僕は嘘はつかない。
嘘は悪い事だって、神父さまがおっしゃってた。
だから僕は、心の中に思っていることを言わないだけにしている。


奥様も嘘はお嫌いらしい。
だから、奥様もなんにも言わない。
表情も、浮かべない。

でもそんな奥様は。
絶対に人にこびない奥様は、女神さまみたいだ。




お邸に戻ると、奥様はお父様に優美にご挨拶なさる。

「では殿様、お休みなさいませ。」
そして、優雅に去っていかれる。

お父様は、とても不愉快そうにそれを見送る。
こんな時のお父様に何か言うと、きっとムチでぶたれてしまうので、僕は
「お休みなさいませ、お父様。」
と小さな声でご挨拶して、部屋に戻る。





夜中。
僕はトイレに行きたくなった。
お部屋の近くのトイレは、“故障中”って書いてある。昼間、そういえばみんなが騒いでいた。
明日になったら直るんだろうけれど、今は仕方がないので、ぼくは奥様のお部屋のある離れの方へ向かう。



どんどんどんどん




すごい音がする。
泥棒かもしれない。
奥様が危ない。
僕は怖かったけれど、音のする方へと歩いていった。



どんどんどんどん
地の底から湧き出してくるような音だった。
叩いてるのは、“悪魔”



「開けろ!!」
“悪魔”は、女神さまのお部屋を叩き壊しそうな勢いで、ドアを叩く。
丈夫なドアは、まだ壊れてはいない。

「開けやがれヴィルジニー!!このお高く止まったクソ売女が!!俺はお前のなんだっ!?」
“悪魔”は、お酒をたくさん呑んでいた。こんな時、“悪魔”はとても怖い。


「女神さま…奥様を助けて。」
僕は、天の上にいらっしゃる女神さまにお祈りした。


どんどんどんどん

「いい加減にしろよ!?結婚してから何年たったと思ってる!?そんなに俺の子を産みたくねえってのかっ!?あのメイドの子が跡継ぎでもいいってのかッ!? 社交界で何言われてるか知ってんだろうがよ。
『どうして銀髪の奥様のお子が、あんな真っ黒の髪なんて、不思議ですこと。』
だとさッ!?俺が黒髪だとでも言いたいのか!?」


“悪魔”の髪は、色の薄い茶色だ。
黒い髪なのは、僕のお母さん。


いくら叩いても、女神さまはドアに守られている。
天の上の女神さまは、やっぱり地上の女神さまも守ってくれるんだ。


いくら叩いても無駄だと気付いたのか、“悪魔”は、叩くのをやめた。



「これで俺が諦めたと思うなよ、ヴィルジニー。嫌でも俺の子を産ませてやるからな。」


そして、どすどすと立ち去った。






子どもを、産ませる?


赤ちゃんは、女神さまが天上からお遣わしになった特別なはぐれメタルが、お母さんのおなかに届けてくれるんじゃないの?
だから、赤ちゃんのほしいおうちは、はぐれメタルの好物のきらきらした銀貨を玄関においておくんじゃないの?


分からなかったけれど、僕はとても怖くなった。
トイレを済ませると、だから急ぎ足で、お母さんの部屋へと向かった。





「お母さん、お母さん。」
部屋をとんとんと叩いたけれど、お母さんは出てきてくれなかった。だから僕は、“礼儀に外れる”ことだけど、勝手にドアを開けて中に入った。

「お母さんてば。」
お母さんはとってもよく眠っていたけど、僕は頑張って起こした。

「…マルチェロ…?」
お母さんはぼんやりとした目で僕を見る。
「お母さん、お母さん…」
僕はいいながら、涙がにじんでくる。

僕はとても怖かったんだ。
とても怖かったから、なぐさめて。
だきしめて。



お母さんは、まだぼんやりして目で僕を見ている。
言わなくてもわかって欲しい。

でも、人は言わなきゃ分からない…って、先生が言っていた。
僕は口を開き…かけたところで、



どすどす



“悪魔”がやってきた。
僕はとっさに、お母さんのベッドの下に飛び込んだ。





「ご主人様…」

お母さんの声のあと、乱暴な叫び声のような声(“悪魔”の声だ)がして、ベッドの上になにか…お母さんだと思う、間違いなく、が押し倒された音がした。

お母さんが、殴られちゃう。

僕は思ったけど、怖くて体が動かなかった。



びりびりという、何、布を引き裂くような音がした。

お母さんの、小さな悲鳴。
でもそれは、“悪魔”の
「黙れ。」
という声の後、聞こえなくなった。



ぎしぎし

音がする。
なんでベッドが揺れるんだろう。



女神さま、お母さんを助けて。
さっき、奥様を助けてくれたみたいに。




だけど、音はやまない。
“悪魔”も出ていった気配はない。



「…ったくてめえみてえなクソ売女しか、俺の子を産みやがらねえ。」


汚い言葉だ。
“ばいだ”ってなにか、ぼくは知らない。
でも、とっても嫌なひびきがする言葉だ。
“悪魔”はお母さんを“ばいだ”って呼んでるんだ。




「相変わらず、デカいケツだな。ベルガラックでなんでお前を指名してやったか知ってるか?もう何度も言ってやったから、てめえのカラッポの脳みそでも覚えてるよな。 踊りはヘタクソだったが、いいケツしてたからさ。ガキの五人や六人は産めそうなケツさ。」


お母さんは、小さくうめいた。

「ああ、あん時ぁ、ガキさえ出来ればなんでもいいと思ってたのさ。てめえみてえなメイドの子でもな。」

僕の事だ。

「畜生、もう二三人はその腹に仕込んでやろうか…いや、やっぱダメだ。どうせまた生まれるのは、黒髪のガキさ。」

僕の事だ。

「畜生畜生、俺の欲しいのは黒髪のガキじゃねえんだよ。あの女にブチ込んで作った、そうだな、銀髪の子だ。」

“ぶちこんだ”?
なにを?
赤ちゃんは、そうやって“つくる”ものなの?
女神さまがくれるんじゃないの?

なにより…黒髪の子どもの僕は、いらないの?




「銀髪の…ああ、綺麗な子だろうな。俺の欲しいのは…」

“悪魔”のうっとりした声と、お母さんの苦しそうな声。

僕はどうしようもなく怖くて、耳をふさいだ。

相変わらずゆれ続けるベッド。

はやく終って。
なんでもいいから、はやく終って。

僕は泣き出しそうだったけど、がんばって我慢した。
ここで泣いてしまうと、きっと間違いなく、もっと怖いことになる。



女神さま!!








“悪魔”が出て行った音がした。

僕は、おそるおそるベッドの下から這い出る。

とても、嫌な臭い。
生臭い、とても嫌な臭いがした。

ベッドの上のお母さんは、お母さんじゃない。

「…マルチェロ…」
だから、名まえを呼ばれたくなんてなかった。






僕は、逃げ出した。











僕の一日は続く。

僕は、お勉強をする。
家庭教師の先生は、同じ年頃の子よりとてもよく出来るってほめてくれる。
でも僕は、“同じ年頃の子”をほとんど知らない。

奥様は、やっぱり僕のお勉強が終ると
「よくがんばりました。」
と鈴を転がすような、でも、感情のこもっていないお声でぼくをほめてくれる。


“悪魔”はベルガラックのカジノに行かずに、お邸にいる。

奥様は、“悪魔”に会っても平然と
「ごきげんよう、殿様。」
とだけ言って、さっさとお部屋に戻られる。


僕は、奥様のためにお祈りする。
天の上の女神さまが、地上の女神さまみたいな奥様をお守りくださいますように、って。



奥様は、だんだん顔色が悪くなられてきたけど、それでも昂然と頭を上げて、
「ごきげんよう、殿様。」
と、かんぺきな礼儀作法と、なんの感情もない声で“悪魔”に会うたびに挨拶なさる。



女神さま、ほんとうに、ほんとうにお願いします。
奥様をお守り下さい。









その日のお勉強が終ったけど、奥様はいらっしゃらなかった。

僕は待っていたけど、奥様はいらっしゃらない。


家庭教師の先生は耳打ちされて、もう帰るというので、僕は玄関まで先生を送った。




僕はふと気付いた。
玄関に並べられた、きらきらした銀貨。
赤ちゃんを運んでくるはぐれメタルの好物の、きらきらした銀貨。




僕は、走った。





“悪魔”は、奥様の部屋から出てきていた。

「石女として離縁されて、実家で生き恥晒したかったのか!?それとも、不義密通をやらかしたってコトにして、ブチ殺されたかったのか!?ええっ!?!!」

“悪魔”は、服を羽織ながら部屋の中に罵声を放つ。
そして、思う存分、罵ったあとでようやく、僕がいる事に気付いた。

「…悪魔の子…」
“悪魔”はそう言って、薄ら笑うと立ち去り際、僕の顔を思いっきり殴った。





とても痛かったけど、僕は部屋の中のほうが心配だった。


奥様


そう言って中に入りたかったけど

部屋の中からは
奥様の
昂然と顔を上げていた“女神さま”の
大きな大きな
人目も憚らない
泣き声が
聞こえてきていた。









それが、天の上の女神さまがお遣わしになったはぐれメタルが運んできたのか。


悪魔が“ぶちこんで”つくったのか。


僕は、知らない。












奥様は、赤ちゃんが出来た。












2006/7/18




ドロドロしてきましたね。いや、予定内ですが。
ウチの団長が、歪んだ純潔主義者なのと、女性観が歪んでるのは、まあこんなカンジのコトがあったから…ということにします。(拙サイトオフィシャル)
ちなみに、名まえがないとやっぱり激しく不便なので、勝手に命名。

マルチェロ実母…フリア(スパニッシュ。ちなみに英語ではジュリア。)特に深い意味の命名ではありません。強いて言えば、短くて呼びやすいから(笑)
奥様(ククール母)…ヴィルジニー(おフランス。英語ではバージニア)うん、アレだよ。このシリーズのhtmlファイル名とタイトル見れば、命名意図が分かるよ。

「さばえなす」設定。この世界では赤ちゃんは、コウノトリならぬはぐれメタルが運んできます。あの素早さ256の俊足で、お母さんのおなかの中に配達してくれるそうです。だから、赤ちゃんがほしい人は、はぐれメタルの好物のキラキラした銀貨(本当はオリハルコンがベストらしいですが)を玄関においておいて、はぐりんが来るのを待つそうです。ええ、そういう事にしてください。
そういや、兄弟父の名前を決めてない。
てか、決めなくても話は書ける気がしてきた(笑)いるなら、適宜決めます。




ぎん色のおとうと

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