ぎん色のおとうと




ククールの銀髪ははぐれメタル色だよね?
というお話…ではありません。
ところで、マイエラ兄弟の父親の邸って、マップ上のどこにあったんですか?ご存知の方、教えて下さい。






















奥様は、赤ちゃんをお生みになった。









お父様は、狂喜して赤ちゃんを抱いて邸中を走り回った。

赤ちゃんの乳母になるというおばあさんが、心配してそれを追い回すけど、お父様は気にしない。

僕も、気にしない。

邸の使用人が、ひそひそと僕の顔を見て何か言うけど、




僕は、気にしない。
気にしても仕方ないことを、僕は知っているから。




お父様は、僕のところへも来て、赤ちゃんを見せ付ける。



「マルチェロ、お前みたいな悪魔の子とは違う。この子は“ちゃくし”だ。女神の子なんだよっ!!」


ちゃくし…家督を相続する子、あとつぎ。


“ちゃくし”は、赤黒い色をしていて小さい。
女神さまのような奥様とはちいとも似ていないようで、あの銀色の髪だけはしっかりと似ていた。
きっと、まだ閉じられたまぶたの中は、宝石のような青い色なんだろうと思う。

お父様は、愛しくて仕方がないといった様子で、赤黒い、そして銀色の赤ちゃんにほおずりした。
僕は、なんとも思わずに、それを見ていた。

「俺の子、俺の子、俺の跡継ぎのククール…」
僕は、赤ちゃんの名前がククールなのだという知識だけを得た。




赤ちゃんは生まれたけれど、お母さんも、気にした様子はない。
いつもと変わらず、愚図だと、そしてもっとひどい言葉で罵るお父様に愛想を振りまいている。




奥様は、おやつれになった様子で、ぼんやりとベッドにいることが多くなった。








赤ちゃんは、だんだん大きくなって、そしてきれいな子になっていった。

「天使みたいなおぼっちゃまですこと。」
お客の奥さんたちは、そう言って赤ちゃんをほめる。

僕は、その場にはもういない。
そんな場に出ることは、許されなくなった。
奥さん達も、だから、もう僕の存在には触れない。



家庭教師の先生も来なくなった。
天使みたいな赤ちゃんが出来たから、“悪魔の子”の僕はもういらなくなったんだ。
僕はそう理解した。


だから、僕は蔵書室で本を読む。
本は、うるさい事は何も言わないから。

僕は一日、日当たりのあまり良くない蔵書室で本を読む。
いらない子なら、僕はずっとここでこうしていてもいいのに。





そう思いながら、時間は過ぎていった。





その日、お父様はいなかった。
きっとまた、カジノに行ったんだと思う。

奥様は、部屋からほとんどお出にならないと、邸のひとたちが話していた。



僕は、べつにそうしたかったわけじゃない。
ただちょっと、赤ちゃんがいる離れの辺りを歩いていただけだった。




「まあ、マルチェロおぼっちゃま。」
善良そうなおばあさん、赤ちゃんの乳母さんだけど、が僕を呼び止めた。

「ククールおぼっちゃまにお会いに来られたんでしょう?」
僕はなにも言っていないのに、彼女はそう決め付ける。

「ごきょうだいだというのに、お顔も会わせられないなんて、お気の毒ですこと。ええ、ええ、旦那様には申しません。ご存分にお会いくださいな。」

彼女の中には、なにか勝手に僕と赤ちゃんに関しての“お気の毒な”お話ができているらしかった。
僕が何も言わないでいると、彼女は僕を引きずるようにして部屋の中につれていった。




光の中、赤ちゃんはゆりかごの中で眠っていた。

「おぼっちゃま、ククールおぼっちゃま、おにいちゃまですよ。」
微妙な節回しで、歌うように彼女は言った。
僕がなにも言わずに立っていると、彼女はまた一人合点した。

「ええ、ええ。お抱きになりたいんでしょうね。かまいませんよ。赤ちゃんは思ったよりも重いから、お気をつけられて、ね。」

彼女は赤ちゃんを抱き上げると、僕に押し付けてきた。

「…赤黒くない…」
この間見たときは、確かに赤黒かったのに、今、目の前にあるものは、透き通るような白い肌をしていた。
彼女は笑う。
「そりゃあそうですとも。もうこんなに大きくなられたんです。ええ、ええ、健康なおぼっちゃんで。よく奥様のお乳もおのみになるんですのよ。」


僕は赤ちゃんにお乳を含ませる、奥様の胸元をふと想像してしまい、赤面した。
こんな“みだらなこと”は想像すべきじゃない。


「ククールおぼっちゃまー、お起きなさい。おにいちゃまですよー。」
彼女が柔らかく赤ちゃんの頬を叩く。

“おにいちゃま”


ああ、僕はこの赤ちゃんの兄になるんだ。
僕ははじめて気付いた。


赤ちゃんは、目をあける。
奥様と同じ、青い瞳。

赤ちゃんは僕を、不思議なものを見るような目で眺めた。

僕も、不思議なものを見るような目で見返す。




おとうと




ぼくの、おとうと




でも。
僕は思う。
僕と、この赤ちゃんをつないでいるのは、女神さまじゃなくて“悪魔”。



僕は、強い嫌悪を感じた。
赤ちゃんも、それを感じたのかもしれない。




赤ちゃんは、抗議を叫ぶように泣き出した。
だから、僕は赤ちゃんを彼女に返すと、逃げるように立ち去った。



「あらあら、赤ちゃんの泣き声にびっくりしたのねえ。」
後ろでは、そんな呑気な声が聞こえていたけれど。











「健康なおぼっちゃんだから、大丈夫そうねえ。」
「そうそう、これは育つよ。」
「じゃあ…ねえ。」
「そうだよなあ。」




そんな声がだんだん大きくなってきていた。
僕は、相変わらず一人で過ごす。
みんな、僕の存在なんて覚えていないと思っていた。
それでいいと思っていた。



でも、覚えてられていた。








僕は、広間に呼ばれた。




広間に立つのは、お父様とその腕に抱かれた赤ちゃん。

お母さんは跪き、僕もそれに倣って跪いた。




頭の上から聞こえてくる声。
それは、とても単純な命令を発した。

「ここから出て行け。」




僕は、頭が真っ白になった。







お母さんのわめくような声が聞こえる。
「ああ!!ああ!!あたしを追い出すの!?あたしにどこにいけというの!?」
ねえ、お母さん、僕のことは?

「あんたがあたしを買ったんだから、最後まで面倒見てよ!!」
ねえお母さんてば、僕のことは?

「子どもまで生んでやったじゃない!!」


お父様という名称の悪魔は、冷然と返す。
「悪魔の子だろ、しょせんは!!俺にはもう正統な跡継ぎが出来たんだよ!!な、そうだろう?愛しいククール。」
見えないけれど、悪魔が銀色の赤ちゃんにほおずりしたと分かる。





追い出されるなんて、思っても見なかった。
部屋の片隅にでもずっと置いてくれるものだと、僕は根拠もなく信じていた。
僕はこの邸は嫌いだけれど、この邸以外の世界を知らないから。



追い出されたら、どこに行けばいいのか、僕は知らない。






「金を出しなさいよ!!女一人と子ども一人でどうしろと…」
「黙れ売女!!金を出して買った女をタダで出してやるんだ。金なんぞくれてやれるか!!さっさとその忌まわしいガキを連れて出ていけ!!」
「あんたのガキじゃないのっ!!あんたがベルガラックであの夜、あたしに“ぶちこんだ”から出来たんでしょうが!!」



お母さん、お母さん
僕はそんな言葉は聞きたくないよ。
お母さん、一言でいいからぼくをかばって。

この子だけは追い出さないでって、言って。




女神さま、もし僕がどうしてもこのお邸から追い出されなければならないのなら、それは我慢します。
誰も恨みません。
だから、女神さま。
お母さんが、一言でいいから僕をかばってくれますように。





お母さんは胸にかけたペンダントが揺れる位の怒りに身を震わせていた。
お母さんと悪魔は、ずうっと汚い言葉で言い争っていた。
それがどんな意味になるのか、僕は知らない。
知りたくない。




聞きたくなくて、見たくもなくて顔を背けると、“女神さま”が、ドアの向うから僕を見ていた。

きれいな青い瞳で、僕を見ていた。




女神さまは、でも、何も言わない。




そして悪魔は、ついに吠えた。
「そいつらをたたき出せ!!なにもやる必要はない!!着のみ着のままだ!!」


暴れるお母さんと、そして僕は使用人にひきずられて、部屋から引きずり出されようとした。




見下す悪魔の顔。
その横にいる、きれいな青い瞳と、ぎんいろの髪と、ばら色のほおをした赤ちゃん。

悪魔は凶悪な喜びに満ちた顔で
赤ちゃんは、きょとんとした顔で

僕を見下ろしていた。




僕は、口を開いた。
「お父様…どうして僕を憎むの?」

悪魔は答えた。
「この子がいるからだ。」
悪魔は続けた。
「おれが欲しかったのは、この子だけだ!!」
悪魔はまだ続けた。
「お前は邪魔なんだよ!!」




僕は、引きずり出された。









門が閉じる。












お母さんは、一人うずくまって泣き続ける。
汚い言葉で、罵りながら一人でなき続ける。
お母さんは、僕を抱きしめて泣いてくれない。

だから僕はひとり、お邸を見上げる。




女神さま、僕は憎まれるほど悪い子でしたか?追い出されるほど悪い子でしたか?

いいえ、僕は自分で答える。

あの子がいるから、僕は憎まれたのです。あの子がいるから、僕は追い出されたのです。



女神さま、あの子はぎんいろの、とてもきれいな子でした。
悪魔すら愛する、とてもきれいな子でした。
だから、みんなあの子を愛するでしょう。

女神さま、だから僕は誓います。



僕は、みんながあの子を愛する分だけ、あの子を憎みます。

二度と会えないかもしれません。
でも、僕は憎みます。

“ククール”という名を、僕は呪います。




もしそれが悪いことなら、女神さま、すぐさま天罰を下してください。
人を憎むのが悪いことだと僕は知っています。
死に値するほど悪いことだと、僕は知っています。


「ああ、あの野郎!!許せねえ!!畜生、畜生、呪ってやる!!」
お母さんはあの悪魔を呪っています。
僕は、あの子を呪っています。



だから、死を以って罰してください。













僕とお母さんは、さまよう。

呪うばかりで何も出来ないお母さんの手を引いて、僕は歩く。

「ここをずうっと歩くと、マイエラ修道院っていうところがあって、そこの院長様はとても慈悲深い方だから、きっと助けてくれるよ。」
僕は、神父様から聞いた話を頼りに歩く。



僕は子どもで、お母さんは女で、だから、歩いても歩いても修道院は見えてこない。

「本当に、本当につくの?」
お母さんは何度も僕に問う。
「きっと着くよ、お母さん。」
僕は答えるけど、本当はお母さんに「きっと着くわ。だからがんばりましょう。」って言って欲しい。



昔聞いた、神父さまのお説教が頭に響く。

弱き 者 よ。 なんじ の 名 は 女。 愚か なる もの よ。 なんじ の 名 は 女。



仕方ない。
僕は知っている。
お母さんは女で、女は弱くて愚かなものなのだから。

お邸の奥様は賢明で、しかも昂然と頭を上げていたけれど、結局悪魔に負けてしまった。
女は弱い。女は愚かだ。僕は男だから、お母さんを守ってあげないと。

だから僕はお母さんの手をひいて歩く。


町も村も見えない。




お腹が減って、目がかすんでくる。



「ひいいいッ!!」
お母さんの悲鳴に、僕は視線を向ける。

あばれうしどりだ
僕は本で読んだことがあった。
獰猛な魔物だ。

「お母さん、逃げ…」
お母さんの手を引こうとしたけど、お母さんはぺたんと座りこんだまま、動けないようだった。


「お母さん…お母さん!!逃げなきゃしんじゃうよ…」
でも、お母さんは動かない。恐怖にひきつった顔のまま、動かない。

じりじりと近づいてくる、魔物。



闘わなきゃ。
でも僕は、闘う術を知らない。


逃げなきゃ。
でもお母さんは、逃げることも出来ない。




僕は、お母さんをかばうために、あばれうしどりに立ち向かった。





そこから後の記憶は、とてもきれぎれだ。




すごい悲鳴



ひどい痛み



足音



蒼くひるがえる何か



剣の音



魔物の断末魔





僕は覚えている。
その後、優しい声が僕にかけられたのを。





僕は覚えていない。
それに対して、僕が言った言葉を。





僕はこう言ったと、オディロ院長は僕に教えて下さった。

お前は本当に感心な、女神さまの愛し子だとオディロ院長は僕におっしゃりながら。

だから女神さまは、お前の命を助けて下すったのだと。




僕は、こう言ったらしい。

「おねがい、お母さんを助けて…」






2006/7/21




わりとあっさり書けてしまったおうち追い出され編。
ちなみに拙サイトの二人の年齢差は、九歳です。(あの時、兄十四歳、弟五歳で。)だから、今回はちょうどマルは十歳くらい。
いろんなサイトさまを見て回って思ったのは、みなさん、マル母は幸薄い心優しい女性に書いてらっしゃるということでした。 確かに、ゲームの中の「邸の主人の子どもを生まされた挙句、嫡子が生まれたから子どもごと放り出されてすぐに死んだ」という台詞からは、あんまりマイナスイメージの女性像が出てきようにないんですが。
しかし、拙サイトは「ナンバーワンよりオンリーワン」を合言葉に、よそさまにない設定を目指しまくっているので、あえて嫌な女にしてみました。
理由は、まあ理由ってほどでもないんですが、ゲームでマルがいっぺんも母親の事を話さないから、なんか話したくない理由でもあるのかなーと思って。いやそりゃね、三十すぎた男がやたらと母親の話するワケないからしないって、理性では分かってるんですよ?でも、そこを妄想力で補うのが同人女道じゃないですか!?
というわけで目指してみたのは「自分に余裕がない時は子どもを愛せないし、愛するフリも出来ない愚鈍な母親」
まあ、マルがお利口にすぎる子どもなので、いろんな事に明敏に気付きすぎてしまうってのもあるんですけどね。それでもお母さんはお母さんなので、愛してあげようっていう子マルの気持ちがどう 裏切られる かは次回のお楽しみに。
あ、ククの事いうの忘れてた。
という訳で、子マルは「健やかなる時も病める時も、この命尽きるまで奴を憎むことを誓」ってしまったワケなのですよ。さて、この「童貞聖者」シリーズの最後では、この呪いが解けることがあると…いいですねえ。



小さな聖者

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