あくま の 子 「小さな聖者」




ウチの院長が、どうしてマルチェロに甘すぎるのかというお話。
でも、マルチェロ当人は、甘やかされている自覚がないのがいいカンジ。






それは、女神がワシに下された天啓であった。




オディロよ、道を急ぎなさい。
道の先には、聖者となるべき魂があります。

オディロよ、心しなさい。
それは、罪びとの魂でもあります。






それは、アスカンタから帰還の途中のことであった。







供の聖堂騎士団員に言って、馬車を急がせた。
団員は不審そうであったが、それに従った。



そして女神の言葉どおりそこには、黒い髪をした小さな聖者が、血まみれで立っていた。







マイエラ修道院。
黒髪の女が、オディロに跪いて感謝の祈りを捧げる。
もう何度も同じ事を聞いた。

「ちょうどマイエラ修道院を目指していたんです。そしたら、魔物に襲われて…院長様が助けてくれなかったら…」

ワシは答える。

「ワシではないよ。お前さんの、あの勇敢な息子さんが助けてくれたんじゃよ。」

黒髪の女は答える。

「まあ、あの子はただの子どもですよ。」






黒髪の少年は、母親をかばおうとして魔物に立ち向かったのだと一目で知れた。
恐怖で逃げることすら叶わなかった母親をかばい、自分も怖かったろうに、逃げずに魔物に立ち向かったのだった。
血まみれで、ひどいけがをした少年は、それでも苦しい息のもとでこう言った。

「お母さんを助けて…」



ワシは女神のお言葉が正しかったとすぐに分かった。


この子は小さな聖者。
限りなき慈愛と勇気を併せ持った、小さな聖者だと。






ワシの治療呪文で傷は塞いだものの、傷は小さな体にはあまりに深かった。
だからワシは、少年を修道院でしばらく治療することにした。






少年の母親である女から、事情は聞いた。
少年はマイエラの領主の庶子だと。
嫡子が生まれたので、追い出されたのだと。

少年と同じ髪の色と、同じ瞳の色をした女は、しきりに領主の非道を訴え、お慈悲を、と言った。


その領主のことは、とてもよく知っている。
いや、この近辺で知らぬものはないくらいの有名人である、悪名の方だが。



ワシは女に、しばらくここで子どもの療養をさせていきなさいと勧めた。
女は従った。いや正しくは他に行くところがなかっただけなのだが。







深夜

少年の寝室をワシは訪れた。
特に深い意味のある行動ではない。ただ、あの少年は眠れているのかと心配であっただけだ。


小さなうめき声。
傷が痛むらしく、少年は小さく呻いていた。


「…」
看護についていた女は、眠りこけていた。


ワシは女を起こさないように、少年に近づく。
そっと手を当てると、治癒呪文を唱えた。


「…院長…さま?」
少年はうっすらと目を開けて、ワシを見上げる。
ワシは、床に膝をつけ、少年と目線を同じ高さにした。

「まだ傷は痛むかの?」
少年は、まだ目を覚まさない母親にちらと緑の瞳を向けた後、はっきりと答えた。

「いいえ、院長さまのおかげをもちまして。」


女はようやく目を覚まし、ワシの姿を見てあわてて言った。
「まあ、院長さまがいらっしゃるなんて…」
ワシは黙ってあいまいにうなずくと、少年に言った。

「苦しかったら、いつでもお呼び。」
少年は、視線を下に向けたまま答えた。

「僕は、平気です…」






少年は回復していた。
そしてワシは、少年の母親である女を自室に呼んでいた。
理由は一つ。


「すまんがの、フリアよ。修道院にいつまでもお前さんのような若い女子を置くわけにはいかんのじゃ。」

女は驚く。

「まあ、院長さま。それはあんまりです。あたしにどこへ行けと。」
ふるふると体を揺らすと、胸にかけたペンダントと共に、豊かな胸元が揺れる。
ワシがもっと若かったら、罪を予感してしまうかもしれん。

十にもなる子どもの母親とはいえ、女、フリアは若く、そして修行中の修道士や騎士団員の目の毒になりそうな美艶であった。
女はまた、それを包み隠そうとしない質であったため、女が修道院を闊歩するだけで、空気が甘くなった。

若い騎士団員は彼女の姿を眼で追い、甚だしいと口笛を鳴らしたし、謹厳な修道士たちは露骨に顔をしかめ、院長たるワシに処置を求めてきた。

しばらくはなんとも言葉を左右にしていたが、遂には
「あれは院長の情婦ではないか。」
という穏やかならざる噂まで出始め…ワシのような枯れ果てた爺さまに一体なんの色事の期待をしているのかは知らんが、ワシもそろそろ放置してはおけなくなった。



メイドの口でよければ、いくつか紹介すると言うと、女は手のひらを返したように笑顔になった。



「まあ慈悲深い院長さま。出来ればお金持ちのお宅にしてくださいね。」
ワシはうなずくと、いくつかの貴族の家や、金持ちの家や、裕福な女子修道院を候補に上げた。
女はためらわずに、その中で一番裕福な領主の家を選び取った。

「やっぱり、大きなお邸がいいわ。あたし、料理は得意だからきっと旦那さまにもお邸の人にも可愛がられるわ。」
無邪気に喜ぶ女に、ワシは一言付け加えずにはおれなかった。

「なあフリアや。お前さんの息子…マルチェロはどうするね?」
女は、まさに今気付いたといいたげな顔をした。

「あら本当だわ。あの子はどうしよう。あの子ってば、お邸のおぼっちゃま育ちだから、今更使用人なんて出来るかしら。」




ワシは、しばしの沈黙のあと、女に言った。

「なあフリアや。ワシはこの修道院で孤児院もやっておる。もしお前さんさえ良ければ、向うで落ち着くまではワシに預けていかんかね? あの子は利口そうな子だから、ここでもうまくやっていけるじゃろうし。」

「まあまあ院長さまのホントに慈悲深いこと。それならばぜひお願いするわ。あの子はお利口な子だから、きっといい子にしてるわよ。」
女は即座に礼を言った。


ワシは、うんうんと頷く以外に、女になにも言わなかった。






少年にことの次第を告げると、少年は黙って聞いていた。

「お前はお利口だから、お母さんが呼ぶまで待っててくれるわね。」
女の言葉に、少年はあいまいな笑みを浮かべた。
ワシは耐え切れずに、少年に言う。

「なあマルチェロよ。どうしても寂しいのなら…」
「僕は平気です。」

きっぱりと言い切った少年を、女は抱きしめた。
「お前はほんとうにお利口な子ね。」
女に抱きしめられながら、その豊かな胸にうずまるように強く抱きしめられながら、


少年の笑顔は、どうしようもなく固かった。






女が新しい雇い先の邸に出発する日が来た。

「じゃあお母さんは行くわ。元気でね、マルチェロ。お邸に慣れたら呼んだげるからね。」
女は強く少年を抱きしめた。

「ムリしないでね、お母さん。」
少年は、そっと抱き返した。



そのまま立ち去ろうとする女に、ワシは声をかける。


「なあフリアよ。このまま去ってはマルチェロも寂しかろう。なんぞ形見になりそうな品でも置いていかんかね?それ…そのペンダントでもなんでもいいんじゃ。母親を思い出すなにかが欲しかろうて。」

「え、これですか?…そうね、ええそうですね、院長さま。」


女は胸からペンダントを外すと、マルチェロの首にかけた。
少年は、ペンダントを軽く握った。

「それじゃあね、マルチェロ。いい子にしてるのよ。」
「うん、僕、いい子にしてるよ。」




立ち去った女を、少年はその姿が見えなくなるまで見送った。
気付けば少年は、ペンダントを強く握り締めていた。



女の姿が完全に消え去ってもそのままの少年に、ワシは声をかける。


「なあマルチェロよ。この修道院に預けられてる子はみんなお前の兄弟じゃ。」
少年の翡翠色の瞳は、まだ地平の彼方をみていた。


「そして…の。うん、お前がよければで構わん。ワシを父とも思うておくれ。」

少年の翡翠色の瞳が、ようやくワシを見た。



「…」
瞳にだけ感情を宿して、少年は無言でワシを見る。



「…」
だからワシも、少年の瞳をけしてそらさずに、少年と向き合った。






どれだけ時間がたったのか。







「院長さま。」
少年はようやく、少年らしい笑顔でワシに笑いかけてくれた。






2006/7/25




子マルの笑顔は、きっと天使みたいに可愛かったから院長は一目惚れしちゃったに違いない…いつからウチはオディロ×団長サイトになったんだ!?(笑 といいつつ、そのうちなるかもしれない予感でいっぱいです。)
院長は今回はほとんどなんにも言いません。てか、院長は個人とか家族とかのプライバシーに関することには首つっこまない主義なんじゃないかなと思っています。兄とククの時も
「時間が解決してくれる」
としか言ってないし。そういう事は他人が口出しすべき事じゃないという考え方の人なのかもしれません。で、今回のマル母の行動及び発言にも、一切非難がましいことは言わせてません(お節介は焼いてるけどね)
で、マルチェロのペンダントの設定ですが、とりあえずこんな風にしてみました。も少し捏造設定はくっつけます。




肉欲の女と罪の子

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