あくま の 子 「肉欲の女と罪の子」




マルチェロが女性と一人の人間同士として向き合えない原因及び、他人と対等なコミュニケーションをとるのが昔から苦手であった一例証。







修道院暮らしにも僕は大分と慣れた。


孤児院にいる子ども達は、親を亡くした子以外にも、いろんな理由…僕と似たような理由でいる子もいたから、僕は一人だけ浮かずに済んだ。
修道院の朝は早かったし、掃除や洗濯や食事の当番も全部自分たちでやらなければならなかったけれど、だからといって辛いとは思わなかった。

僕は一生懸命、掃除や洗濯や食事の支度も覚えて、すぐに上手になった。

それだけじゃなくて、他の子達に字の書き方や本の読み方も教えてあげられたし(他の子達は、僕より年上の子でも、字の読み書きが出来ない子がたくさんいたからだ)、もっと小さい子の世話も焼いてあげた。

それに僕はお邸で古代語も学んでいたから、修道院の中の祈祷書も読むことが出来たし、そうやってお祈り文句を覚えたら、修道士の人たちの礼拝にお手伝いとして連れて行ってもらうことも出来た。
僕はそこでお祈りを唱えたり、聖歌を歌ったりして、そしてそこの家の人からいくらかのおこづかいも貰うことが出来た。


僕は、毎日一生懸命お勉強した。
僕は、毎日一生懸命働いた。
だって

「マルチェロや、お前はえらいのう。」


オディロ院長がそう言って、笑いかけてくださるから。


「でもの、あんまりムリはいかんぞ。体は大事にするのじゃ。」
「院長さま、僕は体は丈夫だから平気です。」

そう言うと、院長は手を伸ばして僕の頭を撫でて下さる。
僕の身長はだんだん伸びていて、院長さまより大分と高くなってしまっていたからだ。

「そうかそうか、では丈夫な体を下さった親御さんに祝福があるように、女神さまにお祈りするんじゃぞ。」





僕はお祈りする。
でも、あくまにはお祈りしない。
だってあいつは、あくまだもの。

僕はお母さんに祝福あれと祈る。
そう、女神さまにお祈りする。


お母さんからは手紙が二度ほど来ただけで、音沙汰がない。

僕はお母さんを恨まない。
お母さんは、字が書けないから、手紙を出そうとしたら代筆してもらわなきゃならないのを知っているから。
前来た手紙も、最後にたどたどしい字で“フリア”とあった以外は別の人に書いてもらっていた。

だから、きっと向うで一生懸命働いて、僕を呼ぼうとしてくれているんだと、僕は思うことにする。



でも僕は正直に言って、ずっとここにいたい。
ここはきっと、僕の本当の居場所だから…







お母さんから手紙が来た。
最後の部分に、あのたどたどしい字で“フリア”とある。
僕は、手紙を開けた。
手紙の内容はとても簡単だった。


とてもいいお知らせがあるから、お勤め先のお邸までおいで。



という事だけ。そして、お邸への行き先が書いてあった。



僕は世話係の修道士に許可をもらうと、お邸のある町へ向かう乗合馬車に乗った。





「まあマルチェロ、久しぶりね。ほんとうに大きくなったわ。」
お母さんは会うなり僕に抱きついた。
僕はちょっと面食らう。


「男前になってきたわね、でも、あいつに似なくて良かったわ。」
お母さんは、今まで見たこともないくらい上機嫌で、僕の顔に手を当てる。

お母さんの着ているメイド服は、なんだか必要以上に胸元が開いていて、お母さんの…その、胸の部分が沢山見えてしまっていて、僕はなんだか赤面した。

「お腹減ってるでしょ?修道院てば、ロクなもの食べさしてくんないもんね。いま、おいっしいごはんを出したげるわ。新鮮なお肉があるの。」
軽やかな足取りで身を翻したお母さんの胸元で、キラキラしたペンダントの宝石が光った。
別れ際に僕にくれたものより、とても高価そうなペンダントだ。


僕は、とても嫌な予感がした。





お母さんが手作り料理を出してくれたのは、使用人用の食卓だった。
それは別におかしくはないんだけれど、他の使用人たちの誰もそれを咎める様子が見えないのが、僕には不思議だった。
使用人が勝手に邸の食材を使って、僕みたいな邸の外の人間に食べさせてどうして誰も何も言わないのか。

僕は、一つの理由を思い描いていたけど、それが事実だと認めたくなかった。




「ね、美味しい?」
「うん、お母さん…」

僕はそう答えたし顔も笑顔にしていたけど、本当はあんまり美味しくはなかった。

修道院の食事はこんなに豪華じゃなかったし、お母さんの手料理は美味しい。そしてお母さんは笑顔で僕の食べる姿を見ている。
でも僕の胸には、疑問がつまっていて、料理はすんなりとのどを通ってはいかなかった。

お母さんはそんな僕の気持ちにぜんぜん気付いていないのか、せっせとお代わりを勧めてくれる。
僕は頑張った笑顔で、うんうんと頷く。



「じゃ、そろそろデザートにしましょ、マルチェロ。今日のケーキは自分で言うのもなんだけど絶品よ。」
お母さんはうきうきとした様子のまま、こぼれるような笑顔で僕にケーキを出してくれた。





僕がケーキの最後の一片を、お茶で胃の中へ流し込んだのと同時に、お母さんはついに我慢しきれなくなったのか口を開いた。



「ね、マルチェロ。手紙に書いた“とてもいいお知らせ”ってなにか知りたいでしょ?」


ついに来た。

僕は一応、礼儀として頷いたけど、本当は…出来ることならずっと知りたくなかった。



「あのね…」
お母さんは、そんな僕の様子に気付かない。



「いい子で待っててねって言ったけど、もう待たなくていいのよ。ようやく…ようやくまたあんたと一緒に暮らせるの、嬉しいでしょ?」
お母さんは、うん、と僕がうなずく事を前提で聞く。


僕は、頷かない。


お母さんは、気にしないで続ける。



「ここのご主人様は、あいつよりよっぽど気前がいい人だもの。ちゃんと認めて、家までくれるって約束してくれたわ。ええ、あの丘の上にある素敵な家よ…あたし、中をどういう飾りつけにしよう。ね、マルチェロ。あんたはどんなおうちがいい?」

「…僕、その家がどんなだか知らないよ…」
僕は、別にどうでもいい返事を返した。
お母さんは、だのに、頷く。

「それもそうね。じゃあ、あとで一緒に見に行きましょ。お手当てもあるから、家具だって揃えられるし。そんなに広い家じゃないけど、三人なら十分の広さだわ。」




三人




僕はお母さんの、もともと豊かではあるけど更に豊かになったように見える胸元と、そして座っているからよく見えないお腹に目をやった。



三人


僕と、お母さんと、そして…




「ね、マルチェロ。あんたは妹と弟と、どっちがいい?」






あくまのこ…神に祝福された結婚の秘蹟なしに、男女の肉的交わりのみによって受胎された子。肉の罪の証。






「あなたは…」
僕は、笑顔でぺらぺらと喋り続ける女に言う。


「お母さん、あなたは…あなたはまた、“あくまのこ”こを産むのですかっ?」
女は、目の前の事態を理解できずに、笑顔のまま表情を固める。



「結婚という、女神の祝福なしに生まれた子どもは…僕も含めて、罪の子、“あくまのこ”となるんです!!」






修道院で、僕は自分が“あくまのこ”だと改めて知った。

あの悪魔領主の子という意味でない、“あくまのこ”
結婚の秘蹟なしに懐胎された私生児。
生まれて存在しているだけで罪となる子。



その事実を知ったとき、僕は怖くて怖くて眠れなくなった。
僕はいることだけが罪になるということが、怖くて怖くて仕方がなかった。


どうしようもなく怖くて、オディロ院長におすがりしたら、院長は慈愛に満ち満ちた瞳で僕をじっと見つめて、おっしゃった。


「全ての子は、女神の愛し子じゃよ。悪魔の子などいるものか。」

でも、ぼくは知っていた。それは院長が聖者だから言える台詞だと。
他の人たちは、修道院の修道士や聖堂騎士の人たちも含めて、他の人たちはそうは言ってくれないし、そうも思ってくれないということを。



僕は院長に訴えた。
院長は、とても困った顔をなさったけど、僕は止められなかった。
最後に院長はおっしゃった。


「ならばマルチェロよ。みなの幸せに奉仕すればよい。罪は、善行によって打ち消されるのじゃ。…それがどうしても罪だと思うのなら、の。」

僕は、ようやく納得できた。
「はい院長さま、でしたら僕は、一生懸命、女神とこの修道院と…院長さまのためにお役に立ちます!!そう、女神さまに誓います!!」


院長は僕の誓いを聞いて、なぜか、とても哀しそうなお顔をなさった。






僕は、目の前の黒い髪をした、罪深い女の肉体をもった者に語る。




この邸の主人には、もう奥方がいるはずだ。
あなたはもう、一度、そんな男の“あくまのこ”を生んで罰されたではないか。



「お母さん、あなたはどうして、同じ過ちを何度も繰り返そうとするのですか?」




僕は一気に言って、女の表情を窺う。
罪を悔い改める女の顔を期待して、僕は女の顔を見る。



「…ったくこの子は、役にもたたない抹香臭い本ばっか読んでるから…」
女の顔に浮かんでいた表情は、うすら笑い。


「あのね、マルチェロ…」
そして女は、何度言ってもいう事を聞かない三歳の子どもに言って聞かせるような顔と妙に甘ったるい声で続けた。



「世の中ってのは、そういうモンなの。」





僕が固い表情を崩さないのを見ると、女はあからさまに不機嫌さが見て取れる表情になって、言った。



「あんたね、女が他にどんな手段で生きてけるっていうの!?」



僕は、反論を探した。
頭のなかから、女に対する反論を探した。


僕は、自分の目に涙が浮かんできたのを感じた。


反論ではなくて、僕の心には言葉に出来ない感情しか浮かばなかった。

その感情はふくれあがり、僕の中から言葉となってほとばしった。





「お母さんなんかきらいだっ!!」






駆け出して、途中で立派な身なりをした男と、その妻であるらしい女とすれ違ったのは覚えている。
貧相で気の弱そうな男だった。
僕はいろんなものへの嫌悪感で吐きそうになった。




そして次に気付いたときには、僕はぜいぜいと息を荒げて、修道院の勝手口に立っていた。











あれから、お母さんからの手紙はない。
僕も、手紙を出さない。



僕は修道院で朝から晩まで今までのように、
一生懸命働いて、
一生懸命お勉強をして、
一生懸命他の子ども達の面倒を見て、
一生懸命修道士や聖堂騎士のお手伝いをした。


新しくはじめた事といえば、剣のふるい方を教えてもらったこと。

簡単な護身術として教わったものだったけれど、僕は筋がいいと褒められて、もっと本格的に教えてもらえることになった。


体を動かしていると、嫌な事が忘れられる。
剣をふるっていると、嫌な事を考えなくてもよくなる。

だから僕は、一生懸命、剣をふるった。



「このまま上達すれば、聖堂騎士にだってなれるぞ。」
僕は、聖堂騎士たちが笑いながら口にするその言葉を、冗談にはしたくないと思い始めていた。









この修道院は僕の家。
僕のお父さまは、オディロ院長。




それでいいじゃないか。
それがいいんだ。






僕がそう思ってようやく心の安らぎを得た頃。
僕は、院長に呼ばれた。






院長は、沈痛そうな瞳で僕を見た。

僕は、そんな院長の瞳から、そっと目を逸らした。


僕の心臓は、嫌な予感でどきどきと弾けそうだった。




「マルチェロよ…」
院長は口を開いた。







2006/7/26




「お母さんなんかきらいだっ!!」
と叫ぶ子マルが書きたかっただけのお話。大きくなって、頭の回転も人生経験も知識も増えても、マルはなんか精神年齢はこの時のまんまな気がして仕方がない今日この頃。
この話はマル視点で書いてるのでマル母が嫌な女に見えますが、彼女にしてみれば
「じゃあさ、特殊技能どころか字もかけないない女が父無し子抱えて、どうやって無垢のまま生きていけるってのよ、バカじゃない。」
と心底思っているに違いありません。てか、これが息子でなかったら
「黙れ!!腐れ童貞!!」
と叫んでいるに違いありません。
普通の女性は(てか普通の人間は)置かれた環境で、持てる能力だのなんだのをフル活用しなきゃ生きていけないのであって、それに使用するのが人様よりキレイでえっちいな肉体であったとしても、一体誰が責められよう…
ええ、残念ながらお母さま、あなたの息子さんはそんな環境自体を変えようとする“狂人”になっちゃうんですよ。
「えー、ウソ、あたしのせいじゃないもん。あれよアレ、父親が悪いのよ。そもそもかなりネジ飛んでるオトコだったし。」
ちなみにマル母は、髪の色と目の色は息子とおんなじで、大柄なえっちぃグラマーボディの(それも息子と一緒だ)女性(でも顔は似てない)だといいなと思ってます。んで、十五六でマルを生んでるから、まだまだ二十六七の色っぺーねーちゃんだといいなーと。いやもう、そういう設定にしときます。ついでにクク母より年下だといいです。てか、オフィシャルでも間違いなく年下だと思いますが。
子マル話も、後四話で完結です…って、あと半分あるじゃん!!まだまだ先は長いなあ…




罪と免罪と少年

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