あくま の 子 「罪と免罪と少年」




「地獄の沙汰も金次第という諺を悪用する輩=堕落した聖職者ども」という図式も成り立つんだと少年が知ってしまったお話。






僕は、孤児院の世話係りの修道士と、もう一人のお坊様と一緒にお邸へ向かっていた。

僕に気を使って、二人ともなにも言わない。
僕もなにも言わない。






ひっそりと行われる葬儀。
僕も小さくて低い声でお祈りを唱える。




その場にいる、お邸の他の使用人たちは、僕を遠慮のない目で見ているのを、僕は知っている。





「おお、敬虔なる女フリアよ。無慈悲なる病に襲われた若き女よ。女神の慈愛深きお膝元で、永遠の生を謳歌せよ。」
お坊様が最後にそう言って、葬儀のお祈りは終わり、僕は最後の別れを促された。





花を手向ける。
彼女は、青い色の花が好きだったから、青い花を。

彼女の顔色は、花に負けず劣らず青白い。
あんなに健康で、血色の良い肌をしていた人なのに。
急激にこけた頬と、苦悶の色をどうしても隠せない表情。


あんなに笑っていた彼女は、今、苦しみの表情で女神の御許へ召される。



僕は花を手向けたそのついでに、彼女の腹部を触った。
そこには、なんのふくらみも感じられなかった。



どこに行ってしまったのだろう。
僕の、妹か弟になるはずだった“あくまのこ”は。





花を手向ける人が続くが、一人、泣き叫ぶ若い女がいた。

「ああフリア、フリア!!可哀想なフリア!!」
女は号泣しながら花をぶちまけるように彼女の遺体に散らした。

僕は、その光景を眺める。
泣くべきだと分かっていたが、涙はどうしても出てこなかった。

そうこうしているうちに、世話係りの修道士と僕と葬儀を主催したお坊様は、お邸のご主人さまに呼ばれた。





「いやあこのたびはなんというか…その…若いのに気の毒になあ…病なんて…」
ご主人さまは、このあいだ会った貧相で気の弱そうな男だった。
やたらと落ち着かない様子で、どこに視点があっているのか分からない視線で僕たち三人を見回す。
そして、僕を落ち着かない様子で見ると、微妙に視線を外しながら言う。


「小さいのに大変だなあ…えっと…」
「マルチェロです。」
「あ、ああマルチェロ。お母さんをこの年で亡くすなんて、その…」

僕は、心の中で頭をもたげてきた疑念を努めて隠しながら、礼儀正しく言う。
「ありがとうございます、領主さま。母も領主さまには大変よくして頂いていたと申しておりました。」

「え…わ、わたしの事をなにか…?」
見て取れるほど動揺した男に、僕は続ける。
「はい、とてもよいご主人さまであったと。」

僕の答えに、男は安堵のため息をつく。

「あ、ああそうか、それはどうも…ああ、利口な子だなあ、君は。困ったことがあったら、いつでも言ってくれたまえ…」

僕は、完璧に礼儀正しく、そして健気な子どもに見えるように答える。
「ありがとうございます。でも僕は修道院の方々がよくしてくださるので平気です。」

男はあからさまにほっとした表情になると、
「では、これは葬儀費用とお布施ということで…」
と、金貨をお坊様に渡した。





その金額は、主人が使用人の葬儀にだしてやる金額にしては、不自然なほど多かった。








僕は、修道士からご主人に頼んでもらって、もう少しだけお邸に滞在出来るようにしてもらった。


「お母さんに、しばらくお祈りを捧げてあげたいんです。」
僕のその願いを“否”と言えるだけの冷たい人間は、いなかった。







僕は毎日、彼女のお墓に欠かさずお祈りをした。
お邸の人たちの目にとまるように、とても欠かさず勤勉に。

お邸の使用人達は、僕に少しづつ好意を持つようになっていった。


「まだ小さいのに感心ねえ。」
「フリアも、こんな立派な子がいるのに早く死んじゃうなんて、さぞや無念だったろうね。」

同情的な言葉に、僕は出来うる限り少年らしい、そして健気なそぶりで対応する。


「お母さんがさみしがると思うんです。」
「でも、おやしきのみなさまがお母さんによくしてくださったから。」


邸の使用人たちは、だんだん無用心に僕のそばで囁き交わすようになる。



「まったくフリアも可哀想にねえ。」
「ああそうさ。奥さまも、嫉妬深いたって…ねえ?」
「あれはご主人さまも悪いのさ。」

僕は気付いていないようなそぶりで、しっかりそんな会話を耳をとめた。



僕はたくさんの情報を得ていた。

彼女は、死ぬほんの数日前まではとても元気だったこと。

ある夜彼女は、邸の奥さまに呼ばれ、邸中に響くような口論があったこと。

その夜深夜、急に医者が呼ばれたこと。

数日して、彼女が息を引き取ったこと。

邸のご主人さまがおろおろする中、奥さまが逃げるように“里帰り”したこと。



ご主人さまは、僕の姿を見るたびに、視線をさけるようにする。
または、不審なまでの愛想をふりまいてくる。






僕は、まだ我慢した。





「マルチェロ、あなたは本当にえらい子ね。」
若い女は、しきりに僕と話したがった。

「あたしはね、フリアのお友達だったの。」
彼女の“ともだち”としきりに強調する女だった。
葬儀のときに、場違いなまでに大声で泣いていた、あの若い女だ。


「ホント、フリアは可哀想だわ。まだまだ若くてキレイだったのに…ううん、だから、ね。」
意味ありげに語尾を濁す。

「ああ、話しちゃいけないって命令されてるけど…ああ、本当に可哀想だわ、フリアもあんたも。」
涙を浮かべながらそういうけれど、多分、話したくて話したくてたまらないんだと、僕は知っている。

だから、僕は続きを聞かない。
聞きたいそぶりを見せると、いたずらに警戒させる事になると、僕は知っている。


「僕はだいじょうぶです。だって、お邸のみなさんも僕には親切にしてくれますから。」
そういって何も気付かないふりをしていると、向うはもっと話したくなると僕は知っている。

「ああ、なんて健気な子なの。」
若い女は、同情の顔をつくったが、瞳に喜色が浮かんでいたことに僕は気付く。
相手の知らないことを自分だけが知っていて、それを“教えてやれる”快感を感じている瞳だ。


「あんたね…お母さんが、ご主人さまとどういう関係だったか…知らないの?」
僕は、無邪気な顔で答える。
「ご主人さまはご主人さまでしょう?」
若い女は、満足そうな不満を口にする。
「あんたは子どもだから分からないだろうけどね…」


そして若い女は顔だけは辛そうに、そして瞳は嬉々として“彼女”が邸に来てからの顛末を語った。
僕はなんとか、純真な少年らしい表情をつくろうことに成功していた。



「まさか…お母さんはそんな不潔なことはしません!!そして、ご主人さまもそんな方ではないと僕は信じています。」

若い女は、猥談を子どもに聞かせるような下卑た笑みを浮かべて続ける。


「ほんとうにウブな子ね。…でも本当よ。奥さまは、フリアがおっきなおなかを抱えて歩いてるのがめざわりだったのね。ついに我慢できなくなって呼び出して、うん、フリアも負けてなくて口論になったわ。 ふふ、よっぽど腹に据えかねてたのね、あのヒス女。近くにあった大理石の壷を、フリアに投げつけたの。ホントよ、あたし見てたもの。フリアはおっきなおなかしてたから避けられなくて…」
若い女はそこまで一気に話したところで、後悔の表情を浮かべた。そして
「ああ、可哀想なフリア。痛かったでしょうねえ。死ぬまでの数日、下半身血まみれで泣き喚いてたもの。
『痛い痛い、死にたくない死にたくない!!女神さま、助けて!!』
って。本当にかわいそうなフリア…」




もう、若い女の言葉なんてどうでもよかった。

僕は「やっぱり」としか思わなかった。


彼女は、“罪の子”を生もうとしたから、女神さまに罰されたんだ。






でも僕は、罪は彼女にだけあるとは思わなかった。

だから僕は、ご主人さまにお会いできるように、お願いした。










ご主人さまは、相変わらず落ち着かない様子でそわそわと室内を見回していた。

「一体なんの用だね。」
僕は答える。
「僕は明日、マイエラ修道院に帰ります。長い間泊めて頂いてほんとうにありがとうございました。」

ご主人さまは、安心したように言う。
「ああそうか。わざわざ礼を述べにくるとは感心な子だな。」
「いいえ。だってご主人さまには、お母さんのお葬式やお布施までたくさんいただきましたから。いくら感謝してもたりません。」

僕は、ご主人さまの表情をうかがう。
わかりやすいくらい、びくびくしている。
だから、僕は続ける。


「ご主人さま、最後にもう一つ、申し上げてもよろしいですか?」
「…なんだね?」
「マイエラ修道院では、罪を消し去ることが出来る免罪符もお分けしております。ご主人さまも一枚いかがですか。」

男の顔に、驚愕と、それを覆い隠そうとする怒りの色が浮かんだ。


「いったいわたしになんの罪があ…」
僕はすかさず大声で言う。




「ご主人様の奥さまと、生まれ出ることがなかった赤ん坊の罪のためにも!!」




僕は見ていた。
ご主人さまが崩れ落ちるように椅子に倒れこむのを。
僕を、恐怖のまじった瞳で見つめているのを。


「め、女神さま…女神さま…お許しを…」

弱弱しく救いを乞う男は、やはり、吐き気を催すほど、醜いものだった。










僕は、オディロ院長に呼ばれた。


院長室でオディロ院長は、僕に優しく椅子を勧めてくださった。


「マルチェロよ。気を落とすでないぞ。母御は気の毒な事になってしもうたが…この修道院の皆は家族も同然じゃ。」

「僕は平気です。院長さまという父上がいらっしゃいますから。」
僕がはっきりと答えると、院長は言いづらそうに口を開く。



「マルチェロよ…言いたくなければ、なにもいわんでええぞ。じゃが、ワシに話してもよいとおもうのなら、女神の名の元に真実をお言い。」
院長は十字を切ると、僕の目をじっと見た。
「母御の雇われておった邸の主人が、免罪符を求めて来た。おお、深い苦悩を浮かべた顔での。そして、多額の布施を差し出した。」
僕は、目を伏せる。


「マルチェロよ。」
院長の言葉は、それでも優しい。
「そして主人は言うたよ。お前にくれぐれもよしなにと、な。」

僕は、うつむいたまま。

「マルチェロよ…」

僕は、うつむいたまま口を開く。




「院長さま…母は、“あくまのこ”を宿していました。」

「…ん…」


「母は、悔い改めませんでした。」
「…」
「女神さまは、母に罰を与えられました。」
「…」
「女神さまは、でも、もう一人の罪人には罰を与えられませんでした。」
「…」
「僕は、彼も、罰せられるべきだと思いました。」




院長は、黙ったままだった。



僕も、黙る。
でも、やっぱり思いなおして口を開く。





「母は、女神さまの罰として、でも直接手を下したのは人の女で、“あくまのこ”を流産させられたそうです。」




「院長さま。僕は思います。女神さまはやはり“あくまのこ”を憎まれるのではないでしょうか。だってあの“あくまのこ”は、この世に生まれでることさえ許してもらえませんでした。」



「院長さま、僕も“あくまのこ”で…」
「“悪魔の子”などいない!!」
院長は、今まで聞いた事のないくらい厳しい声で僕の声をさえぎった。
僕は驚いて顔を上げる。


「悪魔の子などおらん。全ての子は女神の愛し子!!お前も、その、生まれる事が出来なかった子も、みんなじゃ!!」
院長は、叫んだ。
僕は、胸がいっぱいで苦しくなる。


「でも、院長さま。僕は女神さまに愛されているかどうか分かりません。だって、だって僕は女神さまにたくさんお祈りしたけど…女神さまはぼくを…」

「なれば、ワシが愛そう。」
院長は、おっしゃった。

「女神に全てを捧げたワシが、お前を愛そう。お前が女神の愛をその身に感じられるように。お前の心に、苦悩と疑念の変わりに慈愛が満ちるまで、ワシがお前を愛そう。」
「院長さま…」
僕は、椅子から滑り落ちて跪いた。

院長さまは僕の肩を抱いて、僕の額に祝福のキスをして下さった。

とてもあたたかいキス。


僕は、頑張って涙をこらえた。




しばらく黙ってそうしていた。
とっても幸せだった。




院長は、僕の首にかかったペンダントを手に取ると
「形見になってしもうたの…」
と呟き、小さく十字を切ってから、それに祝福のキスをなさった。




「マルチェロよ、大事におし。」
僕は、大きくうなずいた。







2006/7/27




「少年が初めて犯した罪は、恐喝でした」というオンマウス説明を使いたいがために書いたお話。
結局、マルチェロとマル母は意思疎通することなく死に別れてしまいました。マルチェロはともかく、マル母もけっして悪人ではないと思います。ただ、絶望的に思考回路が息子と異なっていたのが悲劇だっただけで、彼女は彼女なりに幸せになるために頑張って生きて、息子も幸せにしてやろうと思っていたにちがいありません…まあ、自分の方が優先ではあったみたいですが。
前回あんなに子ども子どもしていたくせに、いきなり第一級の犯罪者みたいになってしまったマルですが…ええ、アレですよ。彼はきっと、身内の事になると、冷静な思考が出来なくなる人なのですよ。ククに対する態度だって、そうじゃないですか?
そういやククが出てこないなあ…まあ、まだ赤ん坊だから仕方ないですけどね。
えーラストのキスはですね。最初はファーストキスにしてやろうかと思ったんですが、なんだかオディロ院長がいきなりセクハラじじいと化しそうでいやだったので、慎み深くおデコにしました。でも、あの可愛いおデコにキスできるのはとっても羨ましいなー。




神の剣

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