あくま の 子 「神の剣」




「我等聖堂騎士はマイエラ修道院とオディロ院長をお守りする神の剣だ。」って台詞カッコいいよね。でも、マイエラ地方のフツーの人とかは守ってくれないのかな?とゲーム中で思いました。
まあ所詮は軍隊の一種だからねえ。国家と元首は守っても、国民は二の次三の次だよね♪
とまあ皮肉な物言いをしてしまうのは、八月十五日が近いからだと思います。






修道院に付設された孤児院に、子ども達がいる事が出来るのは、十二になるまで。
十二になれば、そこを出て行かねばならない。
もっと置いてやりたいのは山々だが、さすがにそうも行かない。不幸な子ども達は…女神の慈悲をもってしても続々と現れるし、そして孤児院も修道院の予算も有限だ。




だからワシは、子ども達の将来を考える。
彼らの行き先を考える。
子ども達が、出来うる限り幸せになれるように。




孤児院では、規律正しい生活と、そして自分の事は自分でできるだけの技能。そして不十分ではあるものの、読み書きと計算が出来る程度の教育を与えている。
それだけの事が出来れば、職人や商人に徒弟や丁稚として雇われることが出来るからである。
マイエラ修道院は聖地であり、商売の安全や繁盛を祈って商人や職人の親方もよく訪れるため、自然とその手のコネは出来ていた。 彼らは子ども達を見て、見所のありそうな子どもを引き取る。その際に、きちんと親方や商人たちの人柄を見抜くのが、オディロの責務の一つであった。

幸い、今まで孤児院から引き取られていった子ども達の多くは、一生懸命働き、ささやかな幸せを得る事が出来ているようだ。
もちろん、女神の慈悲から遠いところに言ってしまった子も、けして少なくはないのだが。



そして。
いくらかの“恵まれた子”は、貴族の邸に養子として迎えられることもあった。

跡継ぎがない貴族もあれば、さらに子どもが欲しい貴族もある。更に見目形の良い女児は、政略結婚用の手ごまとして所望されることもあった。
けして最善の道ではないが、それでも養女になる事を望む子どもも多かった。
“だって、お姫様みたいな生活ができるのよ。”
日々のパンにも事欠いた生活から孤児院に入った女児がそう目を輝かせたとしたら、ワシは彼女の選択を尊重した。



女神は人の選択を尊重される。
人が自ら選び、そして幾多の苦難を乗り越えて、そして行きつく先が女神の道であることを女神はお望みになっておられるから。



男児でも、見目形の良さは尊重された。
というか、養子を望むほとんどの貴族は見た目の愛らしさ、美しさを求めた。

ワシはそれでも何も言わない。子どもが望み、親となるはずの貴族が悪人ではなければ、養子として送り出した。
いつか、魂が通うことがあると信じて。





ワシは、孤児院の子ども達の一覧表をめくる。

この子は手先が器用だから、職人がむいているだろう。
この子は愛想が良くて人と向き合うのが好きだから、商人に向いているかもしれない。今度、礼拝に来た商人がいたら、話をしてみよう。



ワシは一覧表をめくり、そして“マルチェロ”という名まえにいきついた。




マルチェロを養子として欲しいと言って来た貴族は、片手では足りないくらい多かった。

マルチェロは侍祭見習いとして、方々の邸に出向いていて顔が知れ渡っていて、更に頭がよく、教育もしつけも行き届いており、しかも端正な容貌をしている。
明日から貴族の令息になったとしても、全く見劣ることがない。…まあ、元々は領主の跡継ぎとして育てられていたから当然ではあろうが。



ワシは、コツコツと額を指で叩いた。

この子と初めて会ったときの女神からの啓示が頭の中に重い。


オディロよ、道を急ぎなさい。
道の先には、聖者となるべき魂があります。

オディロよ、心しなさい。
それは、罪びとの魂でもあります。



「女神よ、あなたは何をお望みですかの?」
ワシは独り言を呟く。


聖職者に育てろということか、それとも罪びとと成らせないようにせよということか。
ワシは悩んでいたが、あの子の母親が死んだとき、あの子が犯したかもしれない“罪”を思い、ワシは心を決めていた。




あの子は、俗人として、平凡な人間として、一生を送らせよう。なぜなら…





「あの子は、“力”がありすぎる。」





罪には、暗愚なゆえの罪がある。
そして罪には、力が有り過ぎるがゆえの罪がある。


鋭利な頭脳、図抜けた力、そして強靭な精神力が、全て罪に向かって費やされる事がある。
そうして犯された罪は、余りに重い。




聖者となるべき者には二種類ある。

完全に無垢な魂の持ち主。
そして

罪を犯し、魂の根底を揺るがすほどに苦悩し、そしてそれを神への献身に昇華するだけの強い魂の持ち主。


“悪に強き者は善にも強し”
人は簡単にそう語るが、それがどれほどの苦痛を伴うものかは、経験したものにしか分かるまい。




ワシは、胸を押さえた。

魂が、痛む。

ワシは人からは“マイエラ修道院の聖者”などと呼ばれてはいるが、実態はそんなたいした物ではない。
強い魂の持ち主でもない。
だが、罪は犯し、それに苦悩し、そして神に全てを捧げると誓った。
ただそれだけの事なのに、それがどれほどの苦痛を伴ったか。





マルチェロは、聖者になれるとしても、無垢な聖者にはなれないだろう。
死すとも許されぬ罪を犯し、そしてそれに全人生、全人格をかけて苦しみ、そしてその果てに聖者になれるのだとしたら、それはなんと残酷な人生であろうか。

そうまでして聖者になる必要などどこにあろうか。
女神は全ての人を等しく愛してくださっているというのに。



だからワシは思う。
マルチェロには、平凡に恵まれて、平凡に幸福な将来を与えてやろうと。
鋭利な頭脳も、図抜けた力も、そして強靭な精神力も、それが牙となり爪となり、罪を犯す道具となる、そんな人生を歩まないように。





そしてワシは数日後、マルチェロを伴ってある貴族の邸へと向かった。






その貴族は、大貴族というほどではない男爵家だが、まあ裕福で、そして望ましいことに政争の只中にいるというわけでもなかった。
マルチェロを養子にと求めて来たのも、なにかの礼拝の時にマルチェロが供としてついていったのを、夫人が気に入ったという単純そのものの理由だった。
どうもマルチェロは、貴婦人に好かれる性質を生まれ持っているらしい。


「まだ子どもだから良いようなものを…の…」
「は?院長さま、なにか?」
「いやいや、ワシの独り言じゃ。…それ、もう着くぞい、マルチェロよ。」

潔癖症なのも困りものだが、あまり女好きになってもらっても困る、とワシはいらぬ心配をした。




邸に着くと、男爵夫人が笑顔で出迎えてくれた。
たいそうな美人というわけでもなく、また聡明というほどでもないが、貴族社会では稀有な美点を兼ね備えた女性である。

親切で善良なのだ。



男爵夫人はマルチェロの肩を抱くように屋敷内に招き入れる。
マルチェロはやや不審そうにワシを見上げてきたが、ワシがうなずくとされるがままになった。



礼拝などはとってつけたような理由で、ワシとマルチェロはすぐに中庭にしつらえられたテーブルに招待された。
お茶会といった風情である



卓上には非常に美味しそうなお菓子が山と用意され、男爵夫人はメイドに命じて、しきりにマルチェロにそれを勧めるが、マルチェロは礼儀の範囲を超えるほどにはそれを食さない。

「ほんとうに礼儀正しい子ですこと。よっぽど修道院でのご教育がよろしいのね。」
ワシは黙って微笑む。
「いいえ、僕なんかは…」
礼儀正しい応答をするマルチェロ。
男爵夫人はしきりに話しかける。

「この中庭はどう?」
「はい、とても素晴らしい庭園だと思います。」
「あらそう、ありがとう。でも観賞用というわけでもないから、男の子が走り回っても大丈夫なのよ。」
「…はあ…」
「なにせ宅の主人も、似合いもしないのに剣の稽古をすることだってあるもの。あなたは剣術もとてもお上手だと聞いたわ。宅の主人なんか、三合もあわせないうちに負けてしまうわね。」
「いえ、その、男爵閣下のお手並みは拝見したことはございませんが…」

状況が分からないものの、それでも礼儀正しく会話を進めるマルチェロと、なんとか気に入ってもらおうと必死な男爵夫人。

彼女も黒髪なので、ここに引き取られて母親ということになっても、それほどマルチェロの外見は浮かずには済むだろう。

そしてこの場にはいないが、邸の主たる男爵も貴族には珍しく善良で誠実な男のため、マルチェロがこの邸に引き取られても不幸にはなるまい。
確かに最初はまごつくだろうが、マルチェロは利口な子なのですぐに慣れる事が出来るだろう。
そして、たまには怒ったり、甘えたり、時には親子喧嘩もしつつ、いつしか本当に家族となって、大人になって本当に愛する人を見つけて結婚して、愛する家族に囲まれて暮らせるようになれば、マルチェロの中にあるという“罪びとの魂”も目覚めずに済もう。

それでよいではないか。
なにも好んで苦難の道を歩くことはない。




延々と引き止められた帰り道。
心からの笑顔で
「またいらっしゃいね。」
と男爵夫人が見送ってくれて、ワシとマルチェロは馬車に揺られる。


「疲れたかのう、マルチェロ。」
「はい、少し…男爵夫人はお喋り好きな方ですね。」
「あれにはワシも少し辟易したが…まあ、良い方であろ?」
「はい。女神に愛される善良さを持った方ですね。」

とりあえず、悪印象は持たなかったらしい。ワシはマルチェロに向かって笑いかけた。
マルチェロは一瞬、不思議そうな顔をしたが、それでもにこりと笑い返した。






院長室で、ワシは男爵に返事を書こうとする。

ペンは進まない。



何が不安なのだろう。
養子にやるとして、あれほど好条件のところはそうそうあるまい。
ワシはあの子に平凡に幸せになってほしいのに、何を危惧しているのだろう。



あの邸に引き取られて、新しい両親にも慣れて、少し子どもっぽい所も出つつも幸せにくらすあの子の笑顔が浮かぶ。
たまにはマイエラ修道院にも礼拝に来るだろう。あの子は優しくて礼儀正しい子だから、母親のエスコートくらい進んで行うに違いない。
男爵夫人も喜んで、子どもにエスコートされるに違いない。
そしてワシの姿を認めると、あの子は笑顔で言うに違いない。

「お久しぶりです、院長さま。」


…ワシは、不安の原因を見つけ出した。



「もう、あの子と毎日顔を会わせる事は出来なくなるんじゃな。」


全く、なにを子どもの駄々のような事を考えているのだろう。養子に出すという事は、そういう事に決まっているではないか。

なのに、寂しいという感情が胸をよぎる。


「まったく、年を取ると人恋しくなっていかんわい。」
ワシは一人ごち、手紙の続きを書こうとする。

ペンは、進まない…。




とんとんとん


礼儀正しいノックの音。
ワシは言う。
「お入り。」
「失礼致します、院長さま。」
入ってきたのは、微妙に表情をこわばらせたマルチェロだった。





「おおマルチェロよ。こんな遅くにどうしたね。」
ワシは言いながら、何気ない仕草で手紙をしまいこむ。

マルチェロはそんなワシの手元など見ずに、言う。
「院長さま、僕が今日のお邸に養子に出されるというのは本当ですか?」




「…」
ワシは嘆息する。
今回の話は、孤児院の世話係の修道士にだけは伝えておいた。
口外無用とも言ったはずだが、修道士はそれほど秘密にせねばならないことだとは思っていなかったようだ。
無理もない。
貴族の邸に養子に貰われるのは、孤児院の子ども達にとっての最高の望みの一つである。修道士もそう思って、マルチェロを喜ばせるつもりでつい口にしたに違いない。


マルチェロの表情は、こわばったままだ。
ワシは真実を告げることにした。


「養子にという申し出があったのは本当じゃ。」
そしてワシは続ける。
あの男爵夫妻がいかに善良な者であり、よき両親になってくれるはずということを。
ワシは自分の真意に嘘をついていた事は認めざるを得なかったが、それを口にするほど愚かではない。


ワシの言葉が終らないうちに、マルチェロは叫んだ。


「院長さまは僕に嘘をおっしゃいました!!」


「嘘…とな?」
ワシは意表を突かれる。確かに事の仔細を告げはしなかったが、嘘偽りを述べたつもりは…


「院長さまはおっしゃました!!自分を父とも思ってくれと!!そして僕を愛して下さるとっ!!僕はそう信じてきました…なのに…あのお言葉は嘘だったのですか?」


ワシは、激昂したマルチェロに唖然とする。
こんなに激しい感情を隠していた事に、初めて気付く。

ワシは動揺する気持ちを隠しながら、弁明に努める。



嘘ではないと。
幸せになってほしいだけだと。
家族に愛されて欲しいのだと。
語りながら、ワシの心の奥底の感情がうずく。

ああ、ワシはこの子を本当は手放したくない…




マルチェロは、ワシの心の奥底を悟ったように叫び続ける。



「僕の幸せはここにあります。このマイエラ修道院にあります。僕の家族はこの修道院のみんなで、父は院長さまです!!」
少年の形相は、必死の一言だった。



「追い出さないで下さい!!僕をここから追い出さないで下さい!!孤児院にはもういれないなら、なんでもします!!僕はなんでもしますから、ここから追い出さないで下さい!!ここは僕の居場所なんです!!僕は院長さまのおそばにいたいんです!!僕の幸せは院長さまと共にあります…」
マルチェロの言葉の最後は、涙でかき消されてくぐもった。



マルチェロは跪いた。
ぽたりぽたりと涙が、床を濡らす。
思わず駆け寄ったワシを、少年は無残にもぐちゃぐちゃになった顔で見上げて、哀願した。





「院長さま、僕を捨てないで…」








ああ、女神よ。







あなたのご忠告が聞こえます。





この子は修道院に置くべきではないと、聖職者となすべきではないと、きっとあなたはそうワシの理性に忠告下さっているのがワシには分かります。


聖職というこの狭く重苦しい世界は、この子の魂を負の方向へ誘ってしまう。






翡翠色の瞳から、絶え間なく涙が零れ落ちる。

訴える眼差し。



ああ女神よ。ワシが“命じた”ならば、この子はおとなしくあの邸に行くでしょう。

そうしたら…この子は、今日の、この時の、この会話を幸福のうちに忘れ去るでしょうか。




ワシは、この子が忘れ去ると信じて、この子を手放すべきでしょうか…












女神よ!!










「いつまでもいなさい。」
ワシは跪く子を強く抱きしめた。

「院長さま…」
涙ながらにワシにしがみつくように抱きつく子は、もう体はワシよりも大きくなったというのに、いとけない幼児のようだった。



「僕、なんでもします。なんでもしますから…」

ワシはこの子の背を優しく叩く。

「なんでも、などと言わなくてよい。お前はお前の道をお選び。女神はお前の選択を祝福して下さる。」




「院長さま…僕は…」
ああ、笑顔になったこの子の瞳は、なんて濁り無く美しい色をしているのだろう。
女神よ、この子の無垢な魂をお守りください。









「僕は聖堂騎士になります。」
少年の言葉には、わずかな迷いも混じりけも無かった。




「この修道院と、院長さまを守る神の剣になります。そのためなら、いかなる努力も献身も惜しみません。いかなる困苦も耐え忍んで見せます。」








女神よ。
ワシの選択が間違っていたとしたら、それはワシの罪であって、この子のものではありません。




女神よ。
ワシはこの子を罪から守りましょう。
手元において、罪から守りましょう。




女神よ。
ですからあなたに願います。




この子を試さないでください。
この子に、苦難をお与えにならないで下さい。

その魂が聖者にふさわしいか、そのために苦痛を試金石として用いないで下さい。





この子の魂は穢れてはおりません。
それだけでは、ご不満ですかっ!?







2006/7/29




「院長はマルチェロを贔屓して甘やかしすぎだと思います!!」
べにいももそう思います。でも、あんな可愛たらしい少年が涙ながらに
「僕を捨てないで!!」
と見つめてきたら、贔屓したくなって当然だと思います!!てか、贔屓しても甘やかしても女神さまはぜったいに怒らないと思います。
ますますオディロ×マルチェロになってきたね、このシリーズ。そりゃ男色も疑われるよ(「聖者と聖者の間に交わされた聖者についての対話」参照)いや、でもやっぱこの二人の関係は、養父と養子とか、そういう関係だけでは計れないものがあると思うわけです。相っ当!!強い結びつきがあったんじゃないかなと。だから、院長があんな死に方をしてしまった事でマルチェロが暴走してしまったんじゃないかと、そう思います。
いや、院長のこの気持ちは正しく言うと
「娘を嫁に出す前夜の父親」
な気持ちかな?娘に幸せになって欲しいと心底思いつつ、本当はどこにもやりたくなくて
「あたし、やっぱり結婚しない!!」
と娘が言ってくれるのを待つような気分…まあ、このシリーズのマルって、潔癖症の女の子みたいだしね♪
次こそククールの話を書きます。




疫病と微笑と男と女

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