あくま の 子 「疫病と微笑と男と女」




ククールの両親のお話。
なんて、あの領主はあんなアタマのネジ飛んだ行動をした挙句に、可愛い息子に残すべき財産も全て使い果たしたんだって理由を考えてみました。
いや、“だっておかしい人だから”って説明でもよかったんだけどねDQ的には。






女は男の下半身を濡れた手拭で拭く。
消化器を侵すその疫病は、猛烈な下痢が体力を奪い去るものだった。
元々頑健だった男だが、今では下半身の処理すら自力ではかなわないほどに衰弱していた。



女。男の妻の手は、休まずに動き続ける。
女の桜貝のような指は、汚物で汚されたが、女は気にしない。



使用人はかつてより大分と減っていたが、それでもメイドに事欠くほどでもない。
女が自ら男の世話をすると言い出したときは、邸中の者が不思議がった。

男と女は、不仲であると思われていたから。




「…ヴィルジニー…」
男は、女を呼ぶ。
女は答えない。


「ヴィルジニー…!」
男は声を張り上げたつもりだったが、ふぬけたような声を出すのが精一杯だった。


「昨日からずっと起きてるのか。」
女は答えず、ひと段落したのか、手を洗った。
それでも、汚物のついた白い腕は、異臭から逃れてはいないだろう。


男は精一杯、せせら笑った。
むしろ滑稽なほどの虚勢。
「プライドの高いお前が、俺のシモの世話をするとはな。…やっぱり俺に惚れてたんだろ?違うか?」
男は出来うる限り体を起こして、女の表情を窺うが、女の女神のように端正な顔には、なんの感情も表れない。



「いい加減、素直になれ、ヴィルジニー…!いつまでもいつまでも俺を無視しやがって…俺を何だと思って…」
「病人よ。」
女の返事は、簡潔にもほどがあった。


「…んだと…?」
「自分ではトイレにも行けない、衰弱した病人よ。あんまりに“哀れ”だから“憐れんで”世話をしてあげているの。」


「なんだと…!」 男は自分では激怒の表情になったつもりだったが、怒る力すら残っていなかった。
女は、蔑みの表情をつくる。
おそらく、世界一美しい侮蔑の表情だ。


「お、俺は領主だ。この辺り一帯の領主だ。領民どもが俺を“悪魔”と…悪魔と呼んで恐れているのを知っているだろう…!」
「そして今は、破産して、衰弱して、なんにも出来ない領主さまね。」

「ち、畜生…お前はいつもそうだ…俺を、俺の力をバカにして…お高くとまって…お前は俺のなんだ…!?」


女は遠くを見る。
窓の外に広がる光景を。
そして、独り言のように呟く。



「後悔しているわ、どうしようもなく後悔している。神父さまの言う通りだったわ。“女は笑ってはいけない。男の罪を呼び覚ますから。”」
女は続ける。
「笑いかけなければよかった。」



「は、はは…」
男は力を振り絞るように笑う。無残なほどの無力な笑い。
「確かにお前は綺麗だった…いや、今でも十分すぎるくらい美しいがな、ヴィルジニー。」
「お褒めいただいて恐縮ですわ、殿様。」
「だから俺は手に入れた!!…お前の実家は破産寸前の貴族だったからな。結納金を山と積んだら“応”と答えたんだ。」


女は呟く。
けして男を見ずに。



「どうして笑いかけてしまったのかしら、どうでもいい男だったのに…」
「お前は俺の妻だ。俺の女だ。俺が“買った”んだ。おかげで俺の財産が半減したよ。」
「残り半分がなくなったのは、わたしのせいではなくってよ。女好きで博奕好きで浪費好きの悪魔のような領主さま。ご自分のご子息に残すべき財産もカジノで使い切ってしまわれるなんて、徹底なさっていらっしゃること。」
「ククールは、お前の子でもあるだろう…?」
「あなたがわたしに生ませただけでしょう?」
「畜生、このクソ売女。生まなきゃお前はいつまでも“石女”と罵られたんだぞ?」
「言いたい人には言わせておけばよかったのですわ。どうせ、そんな事を言うしか能のない方々ですもの。」
「あの黒髪のガキを…ベルガラックの踊り子上がりのメイドが生んだ子を、いつまでも邸に置いて育てなきゃならなかっんだぞ?」


女は、少しだけ嘆息した。
「あの子は今、マイエラ修道院にいるのですってね。」
「なんで知っている…」
女は悠然と無視する。

「聖堂騎士見習いだと聞いたわ。実家の後ろ盾もないのに騎士見習いになれたんだから、きっと優秀な子なのね。ええ、昔から賢い子だったから当然かしら。」
「ヴィルジニー…」
「あなたとわたしが死んだら、ククールはきっとマイエラ修道院行きね。財産のない子どもを引き取ってくれるほど、うちの実家は親切ではないもの。女の子だったら、あの子は綺麗な子だから政略結婚用として引き取ってくれたかもしれないけど。」
「ヴィルジニー…?」
「黒髪のあの子は…マルチェロはククールをどうするかしら?やっぱりいじめるかしらね…ククールの父親に虐げられたように。」
「ヴィルジニー…!?お前の息子だろう…?」


女は笑う。


妖しく笑う。


ほころびた唇が、言葉を紡ぐ。
「あなたの子なんて、ほしくなかった…」


そして、床に倒れ伏した。

















女は床についている。



男の疫病に感染したのだとは分かっている。
男のように頑健な体ではないから、男より先に死ぬだろうと、女は予想していた。



顔も上げられない。

今、自分はどんな姿になっているのだろうか。
女は思う。
だが、確かめる術は無い。
メイドも、けして真実は言わないだろうから。



軽く頭を傾けて、自分の髪を眺める。


かつては、“月の光のようだ”と誰からも賞賛された髪が、九十の老婆の白髪のようになっていた。






「ああ、旦那さま。」
メイドが驚いて叫ぶ。



「失せろ。」
男はかろうじて“悪魔”の面目を保った声で、メイドを追い出した。



這いずる様な音がして、男が床の下までたどりついた音がした。
続いて、床を這い上がるような音。



「ヴィルジニー…」
幽鬼のように痩せ、目ばかりがギラギラした男が、覗きこんだ。







「具合が悪そうだな…」
あなたもね、と口にする体力が無い。



「治りそうか…?」
無理でしょう、と口にする気力が無い。



「ヴィルジニー…聞いてくれ…」
聞きたくないけれど、話すのでしょう?





「違うんだ…違うんだよ…ヴィルジニー」
なに、子どもみたいに泣きそうな声になっているの。



「俺は…俺はお前に一目惚れしただけなんだ…お前はとても綺麗だった…今でも綺麗だが…そんなお前が笑いかけてくれたから…俺はお前に恋したんだ… なのにお前はつれなくて…だから、だから俺は結納金を積んで…積んでお前を手に入れたんだ…俺の妻になったら、俺の事愛してくれると思ったんだ…」



「お前はそれでも俺につれなかったから…ベッドすらロクロク共にしてくれなかったから…俺はよその女に手を出したんだ。そしたらお前が嫉妬してくれると思って…」



「それでもお前は俺を無視するから、俺はカジノや浪費で寂しさを紛らわしてたんだ…」



「あのメイドに生ませたガキだってそうだ。俺はお前との間の子どもが欲しかった。だって…だって俺とお前の子どもなんだぜ?そしたら家族に、俺とお前とククールで家族になれるじゃないか。なのに、お前は俺を近づけもしなかったから…だからあの売女にガキを生ませたんだ。そうしたらお前も俺の子どもを生む気になってくれたんじゃないかと思って…だから、ククールが生まれた時にちゃんと追い出したろ?俺はお前の子が大事なんだよ、あの黒髪のガキじゃない。」



「でも、ククールが生まれてもお前は、俺はおろかククールにまで無関心だった…だから俺は金を使った。使い切るまで使った。そしたらお前が…俺を心配してくれなくても、ククールの心配をして、俺を止めてくれると思ったんだ。なのにお前は何も言いやしねえ…おかげで金なんざ洗いざらいなくなっちまったよ…」



「ああ、可哀想なククール…でも父さんは、お前の母さんに愛してもらいたかっただけなんだ…許しておくれ…」





わたしは思った。


この男は、本物のバカだ。
わたしがそれに気付いていないとでも思っていたのだろうか。
この男の気持ちなんて、最初っから全部分かっていた。
分かっていて無視していたのに気付いて、さっさとわたしを追い出せばよかったのだ。

そしたら、誰も不幸になんかならなかったのに…





男の耳障りな哀願はまだ続く


「でもヴィルジニー、俺はお前にひどい事をしたのは認めるよ。俺が悪かった。俺が悪かった。だから許してくれ!死ぬ前に許してくれ!!」

何を許すというのだろう。
でも、わたしは男に言うべき言葉は一つしかなかった。


「サルヴァトーレ…」
「ああ、ヴィルジニー。ようやく俺の名前を呼んで…」


「目障りだから、消えて。」





ごとり


という音がした。


男が床に崩れ落ちた音だと分かっている。
確認する気力はないけれど。







目を閉じる。




ああ、わたしはあの男の何がそんなに気に食わなかったのだろう。


私を結納金で“買った”事?
それともバカな男だった事?
踊り子上がりのメイドにあてつけに子どもを生ませた事?
わたしに無理やりあの男の子どもを生ませた事?
さいごの最後に“許し”なんて請うてくる事?





ああ、なんだか意識が遠くなっていく。
まだ神父が来ていないから、終油の秘蹟は受けていない。今死んだら、わたしは地獄堕ち確定だ。



でも、それがなんだと言うのだろう。

生きていることなんて、なにも楽しくなかった。
天国も、神父の話を聞く限りでは、楽しいところではなさそうだ。
なら、地獄も趣向がかわっていいかもしれない…またあの男と同じ場所に住むのかと思うとぞっとするけれど。



いえ、地獄にも行けないわね。
地獄に堕ちるには、たくさんの罪を犯して、沢山の人を憎んで、この世に邪悪を振りまかねばならない。


わたしは憎むことすらしなかった。
もちろん、愛することも。





ああ、生きていることが楽しくなかったのはきっとそれだ。





瞼の裏に、子どもの姿が二人。


一人は黒髪で、一人は銀髪。



あなたたち、あなたたちは愛しなさい。

わたしは心の中で声をかける。





そして、もう一言、声をかける。

そうでなかったら、憎みなさい。




最後に一言

そうしたら、生きてることが楽しくなるわ、きっと。






そうしてわたしの意識は、どこか遠いところへ吸い込まれていった。






2006/8/1




これで一応「あくま の 子」は終了です。で、どうしてもこの話は書きたかったんです。
ゲーム中でも、その極悪非道っぷりをプレイヤーに見せ付けてくれる領主ですが、なんでそんな行動にでたのかという説明はまるでありません。 「悪人だから」というDQ的説明でもいいのですが、せっかく二次創作やっているんだから、そういう行動に理由をつけるのが筋ってモンでしょう。というわけで考えてみたのがこれ。
「好きな人(クク母)が冷たいから、気をひきたくて悪い事(マル作った事含む)をいっぱいしたのに、まるで無視されてツラくて、なら子どもが生まれたら好きになってくれるかもしれないと無理やり生ませてみたけど、それでも冷たくて、もうどうしたらいいのか分からなくなって、こうなったら破産してやれとカジノに全財産つっこんでみたけど、それでも止めることすらしてくれなくて、意地になって使い切っちゃった頃に疫病にかかって、もうここまできたら最後の最後でなんて優しくしてくれるんじゃないかと思ってみたけど、やっぱり無視されて失意のうちに死亡。」
ええ、つまりアホの子です(さすがクク父。その遺伝子は、しっかり嫡子に引き継がれているようです)
でクク母に至っては、何をした人なのかすら分からないので、完全捏造で。子マルは彼女の、女神のように俗世離れして昂然とした無関心に惹かれていたようですが、実は単に森羅万象に無関心なだけの女だったというオチで。てか、こんな女に一生執着したクク父の気が知れません。美人だったらそれで良かったんでしょうか?
ともかくも、こんな二人が周囲に何を撒き散らしてから死んだかというと、不幸でしかないんですから、まったくこの世は間違ってます。
両親の不仲を知らないまま両親に先立たれたククールと、最悪な女をいい方面に勘違いして女神崇拝に至ってしまったマルチェロの二人が、気の毒にもこの二人の関係をトレースして十年以上過ごすのですから、ホント、女神さまって残酷ですよね。
という事で、生い立ち捏造は完了です。次は…やっぱりニノさまを書かなきゃね♪




ぼくのお兄ちゃん

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