「アルトワ伯夫人がお越しになりました。」 終
聖堂騎士の一人が告げると、なぜかグリエルモはバツの悪い表情になった。
「なんでダンナの伯爵が来ねぇんだ?軍隊率いてんのは、ダンナの方だろ?」
エステバンの問いに
「軍事の名門のアルトワ家に、今の伯爵は婿入りされた方ですからね。実権は伯爵夫人がお持ちでも不思議ではありませんよ、ね、トマーゾ?」
アントニオが答える。
サヴッエラに来て、法王警護の任を得てからわずかな我が聖堂騎士団は、多くの他の騎士団などと連携をとらねばならない状況にあった。
今回も、鉄車輪騎士団という、伯爵家私設の騎士団との会見を望んだところ、当主の伯爵ではなく、伯爵夫人が来ることとなった次第だ。
「ふーん…どうせいいモン食いすぎた、デブいオバサンだろ?」
自分で問いを発しておきながら、既に興味を失ったようにエステバンが言う。
「そんなことはありませんよ、若くて美しい方です…アルトワ伯夫人リーズラインさまは、ね?」
「リーズライン!?」
俺は思わず声を上げた。
うっかりしていた、そういえばアルトワ伯といえば…
あわててグリエルモの姿を探してみたが、彼はとうに姿を消していた。
「一瞥以来お元気そうで、結構なことですわ。」
礼儀としては完璧な、ただ、吹き付けるオークニスの冷気のような口調は隠しようもないその台詞を発したのは、相変わらず小柄ながら、女性としては一段と美しくなった、かつての令嬢だった。
「こちらこそ、伯爵夫人におかれましてはご健勝のよし、恐悦至極でございます。」
礼儀としては完璧な、ただ、機械的以上のものを何も感じさせない物腰で対応するマルチェロ団長には、かつての事を気にかけるそぶりなど、一滴も見えはしなかった。
「…ええ、“おかげさま”“夫も娘も健勝”で、日々幸せに暮らしておりますわっ!?」
俺ならそこでビビってしまって、何も言えなくなりそうな毒まみれのイヤミに
「アルトワ伯も、御令嬢も御健勝でいらっしゃいますか。女神が末永く貴女の御一門の上に御加護をくださいますように。」
マルチェロ団長は“かつて何事もなかったかのよう”な返答を返した。
俺は冷や冷やしながらしながらその後の“事務的な話”を聞いていた。
事情を知らないエステバンはともかく、嫌というほど事情を知っているアントニオまでが涼しい顔をしていたが、その神経が俺には信じられない…
ようやく、長いようでやっぱり長かった話が終わった。
俺は、マルチェロ団長の鉄面皮と、伯爵夫人の心臓の強さのどちらに感嘆してよいのか迷いながらも、ようやくほっと出来ると思っていたのだが
「伯爵夫人をお送りせねばなりませんな。…グリエルモっ!!」
マルチェロ団長のその言葉に、俺の心臓の脈拍はまた跳ね上がった。
いつもなら、ほとんど一呼吸も必要としないくらい即座に
「グリエルモは御前にっ!!」
と、嬉々として叫ぶグリエルモが、なんと今回は団長が二度目に彼を呼ぶまで現れず、しかも
「…は…グリエルモが参りました…」
と、いつもの百分の一以下の声で呟くように言った。
伯爵夫人からの視線を避けるように、その巨体をちぢこもらせたグリエルモに、
「グリエルモ、アルトワ伯爵夫人をお送りせよ。」
気を疑うような命令が下された。
「…………は……」
グリエルモは、蚊の鳴くような声で返答した。
え?伯爵夫人の表情?
俺にはそんなものを確かめる勇気なんて
ない。
「なートマーゾぉ、一体なにがあったのか教えろよ。」
好奇心の強いエステバンが絡んでくるが、俺には返答する気力が残っていなかった。
「アントニオもなんか知ってんだろ、なんでオレにばっか黙ってんだよ、なぁ、なあってば!!」
「ふふ、とおっても面白い事を知っていますけど…でもエステバン、それはトマーゾの方が詳しいですよ。」
嫌がらせのような発言をするアントニオ。
「オレになんで、そんな面白ぇこと黙ってンだよ。教えろってば。」
子供のようにしつこくせがむエステバンに俺が返せるものは、溜息くらいしかなかった。
戻ってきたグリエルモは、なぜか意外と晴れやかな顔をしていた。
俺はそれ以上、何も問う気はなかったのだが、グリエルモは俺の姿を認めると自分から話し始めた。
「帰途道々、マルチェロ団長のこの御命令の意図を考え来たのだがな、アレだな!!これはマルチェロ団長が吾輩がどれほど俗世の因縁を断ち切れたかをお試しになられたのだっ!!ああマルチェロ団長!!そのようなことを今更なされずとも、吾輩の心は貴方に一目会ったときから、全て貴方…と女神に捧げられておりますものをっ!!」
延々とグリエルモの“告解”を聞かされて、俺は…
俺はどうして、聖堂騎士でいるんだろうと、自分の存在理由を考えるのだった。
2008/3/10
相変わらず傍若無人なマルチェロでした。 ある日のアルトワさんちの風景
でも彼はこうでないと。
下にまたまたどうでもいいオマケがついています。
召使「奥様がお戻りになりました。」
ご令嬢「お母さま、おかえりなさいませ(にっこり笑顔)」
今の旦那さま「おお、リーズライン、仕事は疲れたかい?(優しい笑顔)」
伯爵夫人「…(無言で奥に早足で入る)」
ご令嬢「お母さま?」
旦那さま「リーズライン?(娘と二人、奥へと入り込む)」
奥様「…(大きなテディベアのぬいぐるみに膝蹴りをしきりに叩き込みながら)相変わらずナメやがって、あのドーテイのホモ野郎…いくら無駄にエロいからってチョーシこいてんじゃねぇぞ、青いМデコ野郎っ!!!!(ぶつぶつ)」
ご令嬢「…いつものお母さまじゃないーっ!!(泣く)」
旦那さま「……いつもの妻じゃない…(絶句)」