一千と七の悪業




今回のお話の主役のソフィーについて知りたい方は、 谷間の百合 からの一連作をお読みください。ついでに、エストマの現代版にも出てますが…
ま、そんな子です。






アタシ、なんでこんな目に遭ってるの?




アタシの髪。


毎日、すっごい気合入れてトリートメントして、ツヤツヤだったアタシの髪が、カカシみたいにされちゃった。

アタシの爪。

しっかり磨いて、パルミドにいた時は見も出来なかったくらい高っかいマニキュアをして、貴婦人みたいだったアタシの爪は、ボロボロ。




なんでアタシ、こんな暗くて臭っさいトコに入れられてるの?

アタシ、つい何日か前までは、キラキラでピカピカのお屋敷で、お姫様みたいにふっかふかのソファーに座ってたのに。





ねえ、なんで!?










「女、審問の時間だ。」

アタシは名前すら呼ばれなくなった。


陰気な顔をした牢番も、辛気臭いツラした”しんもんかん”とかいう人等も、ただアタシを

「女」

ってしか呼ばない。



アタシには「ソフィー」ってゆう、レッキとした名前があるのに










「まだ吐かんのか。」

暗い中でもはっきりと分かる、翡翠色の瞳がアタシを見下した。




アタシが何か言おうとしたら、”しんもんかん”が、アタシを拷問台に押し付ける。





やだ。

「アタシ、痛いのイヤっ!!」

アタシが叫ぶと、翡翠色の瞳は、すごく嫌な色に変わった。




「嫌ならさっさと、自分が暗黒神を崇める異端の徒だと認めろ。肉の罪に耽溺した魔女め。」




アタシ、分かんない。

暗黒神とか”いたん”とか、肉のつみとか、”たんでき”とか、魔女とか。




なんのコトだか、さっぱり分かんない。


さっぱり分かんないのに、こいつらよってたかって、みんなアタシを魔女って言う。






「アタシ、魔女じゃないっ!!」

「淫祀を執り行っておきながら、まだ言うかっ!!」


アタシは、その声の迫力に押されて、黙った。




”いんし”って、なんだろう。







「良いか、魔女。」

教会の神父サマみたいに、自信満々に喋る。




「女は男よりも肉欲において勝り、霊性において劣っており、妖術の虜となる七つの理由を持ち合わせている。


つまり女は男よりも


軽信で経験が足りず、

好奇心が強く、

感じやすく、

意地が悪く、

執念深く、

落ち込みやすく、

口が軽い。」




「…」




「つまり、愚かだ。」


「…」

確かにアタシ、よくバカだって言われる。


そう、そういやアイツも、会うたびにアタシのコト「バカ女」って言ってた。




ううん、ついこないだまで言ってた。







アイツ、どうしてるんだろう。

アタシがこんな目に遭ってるのに。









「そして、女は人を堕落させる。」

翡翠色の瞳が、悪魔みたいに


ぎらっ

って光った。




「ドーリア大司教は、貴様が魔女だと認めたぞ?」

アタシはびっくりする。


「貴様に、魔術を以って誑かされたとな。女が男より勝るのは、その容姿に於いてだけだ。だが、その容姿に勝ることも、女は自らの悪業を勝らしめることにしか用いない。女は罪深いっ!!」




なんで?

なんで大司教サマがあたしを魔女だって言うの?


アタシ、大司教サマが悦んでくれるから、あんなエッチなカッコで、エッチな乱交パーティーとか一生懸命頑張ったんじゃない!?


だいたい、アタシだって別に、こんな奴とあんなコトなんかしたくなかったもんっ!!!





「アタシ、魔女じゃないっ!!」

アタシはもっぺん叫ぶ。



だって、悪魔とか暗黒神とかよく分かんないけど、アタシそんなのカンケーないもん。




翡翠色の瞳が、アタシを無視して”しんもんかん”に向いた。




「まだ加責が甘いようだな…爪を剥がせ。」

アタシはびっくりして、体をひねって逃げようとするけど、ガッシリ押さえつけられて動けない。




万力みたいな器械が、あたしの爪の間に入り込んでくる。










自分でもびっくりするくらいの大きな声が出た。











翡翠色の瞳が、氷みたいにつめたく笑った。

アタシが痛いのが、そんなに面白いの!?



「古の使徒の数は十二。それが二乗され、各々、一万の善業を為したとしても、悪魔の悪業はそれに七倍する。女の悪業は一千と七万。悪魔の悪業の一千と八万と、わずかに異なるだけだ。貴様が苦痛に泣き叫ぼうとも、それが如何ほどの業苦の軽減となろうか。」




とりあえず、アタシのアタマは悪くて、こいつの言ってることは何一つ分かんないけど、一つだけ分かった。






こいつは、アタマおかしい。







万力が、アタシの二枚目の爪にかけられる。

翡翠色の目が、楽しそうにそれを見てる。








助けてっ!!

誰か、アタシを助けてっ!!!





「助けてっ!!」

「ほう、誰に助けを求めようというのかね?」

唇の端が歪んだだけの、すっごい嫌な笑い方で、聞き方だった。



「悪徳の街、パルミドで生まれ育った悪徳に塗れた女。ドーリアの腰抜けは貴様をもう助けてなどはくれんぞ?」




アタシ、サヴェッラに来てから、ほとんど一人ぼっちだった。

憧れてたお姫様みたいな生活はできたけど、一人ぼっち。


大司教サマのお友達の、他のお坊サマのおメカケさんたちは、いろいろアタマよくてガクがあって、アタマもガクもないアタシなんて構ってくれなかった。




そうして、さみしい思いをしてた時に、アイツが…







「そうよ、助けて、エス…」

アタシは、そこで言葉を止めた。






アタシとおんなじ、パルミドで生まれ育った、多分、こいつの言い方で言ったら「悪徳に塗れた男」なアイツは、一体、何トチ狂ったのか、せーどー騎士なんかになってた。


そして…なんでこんなアタマおかしい男が好きなのか理解できないケド、ものすごくこいつのコトが好きなんだって、アタシ知ってる。

そして、せーどー騎士になれて、とっても嬉しいって。




アタシがあいつの名前を呼んだら、アイツ、多分…ううん、絶対、スゴく困るよね。

だって、スゴくこいつが怖いって言ってたもん。

それに、せーどー騎士って、お坊サマだから、あんまり女と付き合っちゃいけないんだって。





きっと、スゴく酷い目に遭わされる。

アタシ、アタマ悪いけど、そんくらいは想像できる。




言っちゃいけない。

だってアイツ、口もガラも悪いけど、何だかんだいってアタシに良くしてくれたもん。

アタシ、アイツを裏切れない。










スゴく痛い。

アタシの爪。

桜貝みたいにピカピカだった爪が、血まみれになった。







アタシ、お姫さまになりたかったのに。

お姫さまになりたかっただけなのに。




なんでこんな目に遭ってるの?








「助けて、助けてっ!!アタシ、何にも悪いことしてないっ!!!」


「我が純潔を、肉の汚濁を以って汚さんとした魔女の分際で何を抜かすかっ!!!」



またこいつ、訳分かんないコト言う。

純潔ってナニよ?いい年した男のくせに。


エッチするコトって、そんなに悪いことなのっ!?





「アタシ、魔女じゃないもんっ!!悪いことなんてしてないっ!!」


「罪の女の分際で、まだ抜かすかっ!!では貴様のサバトの狂宴は、何のために為されたと言うのだっ!?」



「何のためって…大司教サマがしろって言ったからだもん。大司教サマは、アタシにお姫さまみたいな生活をさせてくれた人だもん…アタシ、お姫サマになりたかっただけなのよぉっ!!!」





アタシの言葉を聞いた翡翠色の瞳が、一瞬、アタシのすぐ上で止まった。










にたり

大魔王みたいな笑い。




アタシは、身震いした。









「女、氏なくして玉の輿というが、貴様を身の程知らずの高望みに向かわせたのは、それか。」




翡翠色の瞳が、アタシから離れた。










「罪の原因を、剥ぎ取ってやれ。」

“しんもんかん”にそう言い捨てて、


くるり

と青い制服の背中を向ける。








よく分んなかったアタシは、動物の皮はぎに使うナイフが出てきたところで、アタシが何されるか分かった。












自分で自分の鼓膜を破りそうなアタシの悲鳴を聞いたはずなのに、青い制服の背中は、小揺るぎもしなかった。






2008/4/25




一言要約「ディスコミュニケーション」
マルチェロの言っていることは、よっぽどよく理解しようと努めるか、さもなかったら内容吟味なしに鵜呑みにしない限り、まったくもって「ワケ分かんない」言動が多いような気もせんでもないです。
ソフィーちゃんのしたコトは、たかが(一応ネタバレなので反転) 童貞を奪いかけた ことに過ぎないのですが、まあ、このシリーズ名が「童貞聖者」であることからもお分かりのように、拙サイトのマルチェロは異様な純潔主義者でして…

いくら暗黒神が憑いているとはいえ、罪もない女性にこんな所業をして…まったく、慈悲深いはずの女神サマは何をしているんでしょうね。




二億四千万の悪

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