哀切
哀切
ドルマゲスイベントで院長が殺害されたあの後。葬られるまでの間、マルチェロに付き添われた、今は魂のみとなった院長の嘆き
ワシの愛し子よ、泣かないでおくれ!!
ああワシの、心から慈しんだ子、マルチェロよ。
泣かないでおくれ、泣かないでおくれ。
ワシのために泣かないでおくれ。
ワシはお前の涙など見たくはない。
それがワシの為に流された涙であれば尚更じゃ。
ワシの愛し子よ、お願いだから、泣かないでおくれ!!
ワシの愛しい子よ、ワシはお前がワシと会ったその日から、とうに年寄りだったではないか?
おお、ワシはお前に幾度言うたろう。
「ワシか死んだら…」
お前はその度に、本当に哀しそうな顔になって言うたな。
「そのような事は、仰らないで下さい。」
おお、ワシの可愛い子。
死するは、人の子の定めじゃもの。
人が年の順に死するは、人の定めじゃもの。
年寄りのワシが先に死に、若いお前が生き続けるは、人の定めじゃもの。
じゃから、己の生があることを、どうか呪わないでおくれ!!
マルチェロや。
お前と出会ってもう二十年にもなるが、お前の涙を見るのはこれが二度目じゃ。
一度目…お前を貴族の養子として送り出そうとしたワシに、お前は泣いて訴えた。
「院長さま、僕を捨てないで…」
ワシはその哀願を聞き届け、お前をワシの手元に留めた。
だがワシは、お前をこの修道院に引き止めるべきではないと、うすうす感じてはおったのじゃ。
修道院という、聖界という、神聖であるが故にいびつで、高潔であるが故に狭い世界は、お前の純粋な魂を歪めてしまう…ワシはそう感じた。
感じたが…あえて、お前を引き止めてしまった。
「お前が心配だから、手元においた。」
ワシは友にそう語ったが、もはや死したこの身、偽りを語る必要はなにもあるまい。
ワシはお前を愛していた。
だから、手放したくなかった。
お前をここに引き止めた理由は、ただそれだけ。
ただのワシの独善。
そして、お前は再び泣く。
呪いの涙を流す。
おお、マルチェロよ。その涙を流させたのは、まったく、ただワシの愚かさが故!!
ワシのお前への盲愛が故!!
ワシはなんという罪を犯したのだろう…
マルチェロや、マルチェロや、心から愛しいワシのマルチェロや。
だから泣かないでおくれ。
こんなワシの死を悼んで泣かないでおくれ。
こんなワシを守れなかったと、己が身を呪う涙を流さないでおくれ。
まったく、ワシは罪びとなのじゃ。
あの道化た邪悪に殺されても仕方ない程に。
女神の加護を祈ることすらおこがましい、まったくの罪びとなのじゃ。
ああ、だからマルチェロや、女神を呪わないでおくれ。
女神に血を吐くまで呪いの言葉を吐き続け、そして最後にはその自らの呪いに縛められて、己が身と罪と後悔に浸さないでおくれ。
零れ続けていた涙がとまったね。
ああマルチェロよ、ワシの棺を濡らし続けたその涙が止まったのは、お前がワシの死をようやっと穏やかに受け入れたから…
では、ないのだね。
怒りと憎悪と虚無で埋め尽くされたそんな目をしないでおくれ。
お前の瞳は、あくまで澄んだ翡翠の色だったではないか。
ああ、お前のそんな目を見たくはない。
それならばまだ、嘆きの涙を流している方がマシじゃ。
ああお前は、涙など枯れ果ててしまったような目になってしまった…
女神よ
貴女は仰った。
ワシに仰った。
「お前はもう、用済み」
と。
女神よ、ワシは罪びと、ただ貴女の御意志によって生き、貴女の御意志によって死にもしましょう。
女神よ、全ては貴女の御心のままに!!
ただ、ワシは貴女に問う。
ワシが聖者として用済みだとしたら、一体、“次”の聖者は誰なのか?
『聖者になるには、常人には耐えられぬほどの罪の意識と、それに耐えうる強靭な精神力が必要』
かつて、我が友、貴女の一番の僕たる法王に、ワシはそう語った。
そして、ワシがあの子と出合ったあの日、貴女はワシに仰いました。
『オディロよ、道を急ぎなさい。道の先には、聖者となるべき魂があります。』
そしてお続けになった。
『オディロよ、心しなさい。それは、罪びとの魂でもあります。』
女神よ、貴女はなにをお考えか。
マルチェロに敢えて罪を犯させて、そして、拭いようのない罪とその意識でその身をいっぱいにさせてから、“改心”させるおつもりか。
そして“聖者”となさるおつもりか?
かつてのワシの苦しみを、あの子にも味わわせるおつもりか?
何故に…何故にあの子にそのような苦痛をお与えになるのか?
女神よ、貴女は貴女の愛し子たるマルチェロを、愛してはいないのかっ!?
我が子マルチェロよ。
もはや死した身のワシには、お前を抱きしめることは叶わない。
我が言葉の一息も伝えることは出来ない。
お前がいかな所業を為そうとも、ワシはもはや何も出来ない!
あの子が悪を為そうとも、諫止の言葉一つかけてはやれないっ!!
ワシはお前に伝えねばならなかった。
ワシの犯した罪を告げねばならなかった。
ああマルチェロや、お前は本当に賢い子だから、ワシがワシの犯した罪を聞き、そしてワシがそれを背負って如何に生きてきたかを知れば、決して再びワシの轍を踏みはしなかったろう。
ああ、哀しいかな!!
ワシにはもはや、お前に何かを告げる事は決して叶わないのだ。
愚者はいつも、事が終わってから、為さざることを悔やむ。
伝えておくべきであった。
ワシはワシの犯した罪を、残り無くお前に告げておくべきであった。
ワシにはいくらでも、お前に伝える時間も機会もあったのじゃ。
為すこと叶わなかった訳ではない。
ただ“為さなかった”だけ。
告げるべきであった。
お前に蔑まれようとも、お前の為に告げておくべきであった。
ああ、今になって悔やむ、ワシはワシの浅慮を、今になって悔やむ。
お前のことを愛し、本当に大切に思うのなら、伝えておくべきであった。
そうすべきであったのに…ただ、ワシは怖かった。
だから、お前に言えなかった。
ああ、マルチェロや、ワシはただ怖かったのじゃ。
お前に嫌われるのが、本当に、怖かった…
終
2006/1/18
一言感想「院長には、マルチェロはいくつくらいに見えていたんだろう」
とりあえず、五歳児くらいなんじゃないかという気がせんでもない、今日この頃。
そして、マルチェロ溺愛しすぎだよ、院長!そりゃ男色も疑われるよ!!
なんつーかウチの院長とマルチェロは、院長があんなラブリィで小妖精みたいな外見をしていなかったら、デキていなかったハズがない!!くらいのラヴっぷりで、書いててちょっと怖いです。
つーワケで院長、いったい貴方が何をしでかしなさったのか存じませんが、多分なにを言ってもマルチェロの貴方への“愛”は揺るぎませんから、とっとと喋っておくべきだったのでは?
…今更遅いけどね。
慟哭
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