八百万の力

八百万の力




さて、ようやく始まりました「童貞聖者」シリーズまとめ話一連作であります。
マルチェロが堕ちていく有様を、とっくりとご覧あれ。






















法王ベネディクトゥス六世の“不慮の死”は公表された。

老齢で病弱で、足腰の弱っていた法王は、ふとしたはずみで足を滑らせ、崖から転落したのだ。


胸の傷?


ふふん、落下する際に、木の枝でも刺さったのだろう、老人の皮膚は弱いものだからな。







“女神の代理人”たる法王の座が空席であることは許されない。

次代の法王を速やかに定めるべく、聖界、俗界の諸侯たちが蠢く。








目が回る。




私の手にした杖が、私の意識の中に入り込んでくる。



ぐるぐる

目の前が回る。





私は、


ぐっ

と唇を噛み、引き込まれそうなその衝動に耐えた。








疲れている場合ではない。


次代の法王の最有力候補であったニノ大司教が「法王暗殺未遂」という罪を犯し、煉獄島に放り込まれたと見るや、他の有象無象の聖界諸侯たちが、我こそは、と囀り始めたからだ。



特に、ピエロ・ディ・ドーリア大司教。

サザンビークに豊かな大司教座を持ち、サザンビーク王家を背景に持った男が、盛んに法王の座に色目を使い始めたのだ。





私は、再び、唇を噛んだ。


あの男にかつて加えられた、忌まわしい上にも忌まわしい凌辱を、思い出したが故だ。







「違うっ!!」

私は、小さく叫ぶ。



私はあの時とは違う。





私には力がある。

やんごとなき血が流れる貴族どもはおろか、神と名のつく暗黒神ですら従わせる力が。



私には力がある。




チカラだ。

力があるのだ。




奴らが世迷言をほざくのならば、力で抑えつけてやればいいのだ。









そうだ、逆らう者は黙らせてやれば良いのだ。


私は、暗黒神の力を使役してはいるが、操られてはいない。


だが、奴らの中には、女神の僕を名乗りながら、愚昧にも、暗黒神に祈り、崇める異端の輩がいる。








焼いてやれ。





あの女をっ!!!




私が、聖堂騎士団長となるにあたって、元の団長のジャンティエを追い落とした時のように、ドーリアの情婦の、あの肉欲の権化のような女を焼いてやればいい。


悪業の宴に嬉々として参列し、羞恥も貞節も知らぬ、女の罪を具現化したような女。


貞潔を尊ぶ私とは逆のあの女が、

私が決して穢さなかった我が貞潔を、恥知らずにも、衆目の中で堕落せしめんとしたあの女など、


異端に組みしていても何の不思議があろうか!!!




忌まわしいっ!!








肉と肉との絡み合い。

情欲が迸り、その肌を汚し、悪臭を放たせ、尚もそれを止めない狂気。

奴らの交わりは、何も生まない。

ただ、罪を量産し、排泄物のような汚らしい快楽を積み上げる。

自らの自制心を止めんとする意識すらなく、下半身を情欲の猛りに委ね、

果てに生まれるのは、所詮“悪魔の子”だ。








燃やして浄化してしまえ。





ぞく

私は、生臭い邪悪を滅する快楽に、身が震えた。




ドーリアも口をつぐみ、この世から汚らわしい肉の罪が一つ消える。





私には力がある。


黙らせてやればいい、焼いてやればいい。





黙らせられる方が悪いのだ。

焼かれる方が悪いのだ。







何故なら、そいつは弱いからだっ!!!!!










ぐらり

眩暈がした。




暗黒神の杖を手にしてから、日に何度もこのような眩暈に襲われる。


そのたびに、私の意識は、底知れぬ黒い闇の底に引きずり落とされそうな感覚に襲われる。




だが、私は沈まぬっ!!!




邪神とはいえ、仮にも神の名のつく力を使役する代償としては覚悟の上。

私は決して負けぬ。


悪魔と貶される男と、女の権化のような愚昧な女から生まれ、“悪魔の子”と蔑まれた私が、今、ここでこうして法王の座に手をかけられたのは何故か?




私が強いからだ。




私は、如何な快楽にも身を堕さず、ひたすら自らを鍛え上げ、強者と為した。


私が今、ここにいるのは、


ただ

ただ、私の力ゆえっ!!!





私は、暗黒神を握りつぶさんばかりに掌に力を込める。




すう

意識が戻ってくる。






そう、私がその気になれば、暗黒神などに思うままにされる隙などないのだ。









私の目は、私の手が真赤に染まっている様子を映し出した。




現実として、そんなはずはない。私は、血など流してはいない。


だが、私が今、ここに上って来るために、私は幾多の他人の、血に塗れた躯を踏み砕いて来たのも、また現実だ。





後悔などするものか。

血にまみれた躯を足場にされるのが嫌なら、力を得れば良いのだ。

私のように…









すう

私は大きく息を吸うと、命令を下すべく、部下を呼び寄せた。







「異端者を捕らえよ。」

部下の聖堂騎士は、私の言葉通りに実行するだろう。




何故?






私に、他人に命じるだけの力があるからだ。






2008/4/18




一言要約「思春期の乙女のような性への嫌悪」
マルチェロが一体、誰と何のことを言っているのか?「谷間の百合(裏にありますが)」をお読みください。

いくらマルチェロとはいえ、人の子の身で暗黒神とガチンコ勝負は、やっぱ無謀だったのではないか(つか無謀だよ)と思います。
ゴルドで負けなくても、近いうちに精神力を擦り切れさせてしまった気もせんでもないです。

拙サイトのこのシリーズは「童貞聖者」ってだけあって、マルチェロはものすごく「性に関して嫌悪感の強い」ピュアピュアな人であります。
まあ、自分がピュアなのは悪い事ではないのですが、それを他人にも強制するとなると…さらにそれに「罪」とか言い出すと…

というわけで、次のお話に続きます。





一千と七の悪業

童貞聖者 一覧へ

inserted by FC2 system