五十六億七千万の叫喚




二億四千万の悪 の続き。
「だったら、エステバンが可哀相な話なんじゃないのっ!?」
て思われる方は、読まない方がいいですよ。
で、
「エステバンて誰?」
って方は、まだまだ拙サイト経験値が足りません。レベルアップしてから出直してきてください。






















サヴェッラに戻ってきたオレは、なんか雰囲気が出てった時と違うって膚で感じた。

なんかキナ臭ェ。



いや、この「いと高き女神の代理人のお住まい」が、その代名詞とは裏腹に相当うさん臭ェってのは、とうに知ってる。

それに、前出てった時だって…ほんの一週間か十日ばかしの話だが…法王ベネディクトゥス六世が「事故死」したって大騒ぎの中だったから、相当てんやわんやの中での出発だった。



でもなんか、雰囲気が違う。

なんつーの?






禍々しい?











仕事疲れを癒すために…まあ、一刻を争う報告ってワケじゃなし…場末の飲み屋に入ったオレは、パルミドにいた時の癖のようなモンで、飲み屋の客たちの話を聞くともなしに聞いていた。



「しっかし、あの成り上がり者にも恐れ入ったな。サヴェッラで魔女を焼くとは。」

マルチェロ団長のことだと分かって、オレは意識をそっちに向けた。



「前代未聞だぜ、この聖都が汚されるなんてよ。」

サヴェッラの奴等は、無駄にサヴェッラを有難がりやがる。


しかし、いくらマルチェロ団長が異端審問のスペシャリストだからって、なんでまたこの忙しい時に魔女なんて焼いてんだ?



「しかも、あの魔女、ドーリア大司教のイロだって…」





「おいっ、それはホントかっ!?」

オレの声に、酒場中の視線がオレに集中したが、オレはそれどころじゃねェ。


その台詞を吐いた奴の胸倉を掴むと、問い詰めた。


「そのドーリアのイロの名前は、何てんだ?」

「え…?そこまでは知らないが…」

「火刑はもう終わったのかっ!?」

「ああ、ついさっき…」


オレはそいつを床にぶん投げると、すぐに店を出た。











聖堂騎士の宿舎に戻ったオレは、真っ先に出会ったアントニオをふん捕まえた。

「アントニオ…ドーリア大司教の”女友達”が、魔女として焼かれたんだって?」

オレとしちゃ、信じられねェくれェ冷静&紳士な聞き方だった。


「ああ、さすが耳が速いですね。」

世間話のように返すアントニオ。


「その女の名前は、何てんだ?」

「さあて、魔女魔女と言っていましたから、何と言いましたっけねえ。」

のんびりと返すアントニオ。


「おい、アントニオ…」

自分の声が、だんだんドスが効いてくるのが分かる。

「確か、ソフィーと言いましたよ。」

アントニオは、妙にスカした笑みを浮かべた。



「そうそう、そう言えば貴方の”客”でしたね、あの魔女は。」


そして、オレを眺めると、続けた。



「まさか、”客”に、情でも移ったんですか?聖堂騎士のくせに。」






オレも忍耐強くなったモンだと思う。

その場でアントニオを殴り倒そうとはしなかったんだからな。



「…マルチェロ団長はどこだ?」

「執務室ですよ。」


即座にその部屋に飛び込もうとするオレに、アントニオが後ろから声を投げつけた。


「きちんと制服にお着替えなさいな。マルチェロ団長にお叱りを受けますよ。」








制服に着替えたオレは、すぐに団長の執務室に駆け込んだ。

中で、団長とトマーゾがなんか話してるが、オレにゃ知ったこっちゃねェ。


「マルチェロ団長、一つお聞きするんスが、ドーリア大司教の情婦のソフィーって女を焼いたってのはホントですか?」

椅子に掛けた団長は、翡翠色の瞳でオレを捉えると、答えた。


「事実だ。で、それが貴官と何の関係があるというのだね、聖堂騎士エステバン。」

「何の罪で?」

「あの女は魔女だった。」






絶対判決のような、断言だった。



ソフィーが、魔女…









「ソフィーは魔女じゃねェっ!!」

オレは叫ぶと同時に、団長の執務机に両の拳を叩きつけた。






トマーゾは驚いたが、マルチェロ団長はただ眉を顰めただけだった。

でも、そんなコトはオレには構うコトじゃァねえ。

だからオレは叫び続けた。



「ソフィーは魔女じゃねェっ!!あいつは確かに、アタマじゃなくチチに栄養が行ってて、脳ミソスカスカでアタマ悪ィコトしかしてなかったから、あんたを怒らせたんだろうがよ。でも、あいつは魔女じゃねェんだっ!!そんなむつかしーコトなんて理解も出来やしねェんだ、バカだから。だからあいつは魔女なんかじゃねェっ!!」






オレはそこまで一息に叫んで、そして、マルチェロ団長を睨み付けた。

団長は、氷吹きそうな口調で一言。



「貴官の言っている事が、皆目理解出来ん。」



オレは、目の前が燃え上がりそうになった。



「お待ち下さい、マルチェロ団長。エステバンは彼女…いや、あの魔女の担当でした。」

トマーゾの言葉に、団長は頷く。


「ああ、そうだったな…で、何度か会ううちに情でも湧いたのか?」

アントニオと同じコト言いやがる。



「では問う。あの魔女は貴様の何だ?」











何?

何?

オレの何?



何って程じゃねェ。

あいつはただの、パルミドでの古馴染みだ。



アタマの悪いバニーで、つまんねェ男に毎度引っかかっては泣かされて、バカだって言ったらいつも言い返してたんだ。






だってアタシ、お姫さまになりたいんだもんっ!!






ったくあのバカ。

気品の欠片もねェくせに、お姫さまってガラかよ、笑わせやがる。



バニーの安月給がまともに残んねェくれェ、服だの、化粧品だの買いまくってやがって、安ピカアクセばっかつけてやがって…






「ねー、見てみてー。お姫さまみたいでしょ?」

ケバいアクセつけてバカみてェなコトばっかほざいてたから、気が向いた時に…なんだったかな、多分、掏り取った財布が思ったよりずっしり重かったからなんだろうな…大したコトねェとはいえ、一応、18金のアクセかなんかをやったんだ。

あのバカ、バカみてェに喜んで、んで、その後に急に真顔になって言ったんだ。






「まさかアンタ、アタシに気があったりするの?」

ったく、脳ミソ弱い反応だぜ。


バカかお前は、つったら、ガキみてェにほっぺた膨らませて






「何よ、エステバンのバカーっ!!」

人のこと、バカ呼ばわりできたガラかよ。









なんてしてるうちに別れ別れになって、また会ったとき、あいつは”お姫さまみたい”な豪勢な生活してやがった。

もっとも、パルミド育ちのバカでガクがねェあいつの考える”お姫さま”なんて、オレですら笑っちまうような代物だったがよ。


それなりに嬉しそうで、でもアイツは言うんだ。






「さみしいよ…」

パルミドにいたら、周りはてめェの同類ばっかだ。話題にゃ事欠かねェ。

でも、聖都サヴェッラにゃ、アイツが喋る相手すら、まともにゃいやしなかったんだ。





さみしい

さみしい


別に、そう言うソフィーに同情したワケじゃァねェんだ。

ただ、アイツのパトロンが大物で、そのイロのあいつとはそれなりに仲良くしとく必要があって、だからオレは通ってたに過ぎねェんだ。

そうそう、酒は美味いし、メシも美味かったしな。



で、バリバリのパルミド訛りで、カジノの時の他の店員…ホント、ロクな奴がいなかったからな…を片っ端からクサしまくって…マジで、アレでシゴトした事になってたから、おトクだっただけで…











翡翠色の瞳が、オレを冷然と見据える。

オレは言った。


「ソフィーは魔女じゃないっ!!」


「回答になっておらんな。私が問うたのは、

『あの魔女は貴様の何だ』

という事だ。私の問いに答えろ、エステバン。それともなにか、あの魔女は貴様の情婦ででもあったのか?」





違う。

違う。

違うんだ。






「ソフィーは魔女じゃねェんだよ…」

オレが言葉に出来たのは、それだけだった。











「魔女だ。」

短い言葉だけが、オレに叩きつけられた。











オレのアタマに、血が完全に上った。






オレの手が、腰の剣に伸びた。


「反逆か?」

椅子に掛けたまま、驚きすらしてねェ冷静な声。

それがオレの感情を煽り立てた。


それは間違いなく…



殺意

だった。






オレの手が、剣の柄に伸び、そして、それを握った。















ぐわん

オレは、突然くらったすさまじい衝撃に、受身すらとれずにドアまですっ飛んだ。


それでもすぐに体勢を立て直したオレは、反撃体勢を整えるより前に、もっぺん、すさまじい拳を喰らって、今度こそ完全に床に殴り倒された。



「てめ…」

跳ね飛ばそうにも、上から押し付ける力が強すぎて、体が起こせねェ。





「てめェ、トマーゾっ!!離せっ!!!!」

トマーゾはオレの言葉にゃ答えなかった。



「マルチェロ団長、エステバンは乱心いたしました。」

「オレは至極正気だっ!!」


ようやく立ち上がったその視線が、オレを見下す。


「…と、エステバンは言っているが?」

「狂人は自らを狂ったとは言いますまい。」

口調は至極冷静だが、オレを押さえつける手はちっとも緩みゃしなかった。



「トマーゾ、正気だろうが、狂気だろうが、聖堂騎士たる身が、聖堂騎士団長であり、しかも、マイエラ修道院長でもあるこの私に剣を向ければ、それは反逆と言うのではないのかね?」

唇に微笑すら浮かべながら、だが、バッシバシの殺気を放ち、その手は腰のレイピアにかかっていた。





知ってる。

あの手が動きゃ、オレの命なんざ、その瞬間に叩き消えてるなんてことァな。





「聖堂騎士副団長トマーゾ、私は団員を罰するのに、余人の手など必要とせん。」

つまりは退けってコトだ。

それも分かっている。



「畜生、ソフィーを殺したみてェに、オレも殺したきゃとっとと殺…」

オレは、まともに地面にアタマを叩きつけられて、脳震盪起こして意識が朦朧とした。



トマーゾはまだ何か言ってた。

その内容は、意味のある単語としちゃ聞き取れねェ。

それに対して言われた言葉も、オレにゃ意味のある単語としちゃ聞き取れねェ。










「まあいい、お前に免じて預け置こう。さっさと正気に戻してやれ。」

最後のその言葉だけが、耳に入った。










オレは正気だ…

オレは心から正気だ…


オレはトマーゾに部屋から引きずり出されながら、そう心の中で呟くしかなかった。

















火刑台には、焦げた地面と、焼け焦げた柴の残骸以外、何もなかった。



「骨も灰も何もかも、川に流した。魔女として処刑された者は、そうする決まりだ。」

残酷な言葉。


「何もかも!?あいつは骨も遺灰もこの世に残されちゃいねェのか!?」

「…そうだ。」


オレは、トマーゾが照らす松明の灯りだけを手がかりに、這い蹲って、なにか少しでもアイツの形見になりそうなモンがねェか探した。



「なんでだよ…アイツは魔女じゃねェ…」





オレの指先が、何かに触れた。

土を掘り返すようにして、掘り出したそれは、焦げてても趣味悪ィって分かるアクセ。

元のシゴトがアレだから、すぐに分かる、18金だ。



そしてすぐに思い出す、コレは…










「クソったれ、”お姫さま”が、こんな趣味悪ィ安モン、後生大事に…焼かれる時まで持ってんじゃねェよっ!!!どこまで脳ミソがおめでたく出来てんだっ!!!」










オレは、ガキみてェに大泣きした。

涙が、アクセを洗い流すくれェ、オレは泣いた。





涙ってのは、マジ涸れるんだって、オレは初めて知った。

だからオレは、最後の涙を拭った。


拭った手の甲が、赤く染まった気がしたが、構わずトマーゾを見上げて、睨み付けた。





「…分かってたんだろ?トマーゾっ!!てめェなら分かってたんだろっ!?」

「…」

「ソフィーを焼いた責任者はてめェだっ!!だがよ、てめェなら分かってたハズだっ!!ソフィーは魔女じゃねェってっ!!分かってて焼いたのかよっ!?」









松明を持ったままのトマーゾは、魂入ってねェ動く石像みてェに立ち尽くしたままだった。


オレは叫んだ。


「焼けって言われたから焼いたのかっ!?あいつの…マルチェロの命令だから焼いたのかっ!?」

トマーゾは動かないし、何も言わねェ。



「ソフィーは魔女じゃねェんだ、ただのバカ女だったんだ。分かってて、それなのに命令だから焼いたのかっ!?」

トマーゾはそれでも何も言わない。



オレは、更に問い詰める。

とうとうトマーゾは、蚊の鳴くみてェな声で言った。



「聖堂騎士は、騎士誓願の際に、従順を誓っている。だから、マイエラ修道院長の命に従う…」


オレは、喉が涸れるほどの声で叫んだ。










「あいつの命令は、そこまで絶対的に正しいのかよっ!?」





























「オレは貴方だから信じます。」

長い長い沈黙の後、トマーゾはそう言った。










「貴方が正しいと信じます。」

そうして次の沈黙の後、そう言った。





「…な…」

オレの言葉を待たず、トマーゾは珍しく早口で言った。


「お前は確かにそう言ったぞ、エステバン。お前は確かに、”あの時”そう言った。」





「違うか、エステバンっ!?」














あの時

ああ、”あの時”か。


前の法王が、てめェの部屋で血ィ流して事切れてた時、その時のことか。












「はは、ははははは…」

オレが笑い出したので、トマーゾはぎょっとしたような顔になった。



「え…?」

「確かにな…確かになァ、トマーゾ。オレは確かにそう言ったよ…よく覚えてんなァ、トマーゾ…」

「エステバン!?」

「はは…はははははははは…オレは確かにそう言った…ははははははははははははははははははははははははははははははは…」



トマーゾは、どうしていいのか判断できねェカオで、ただオレが笑い続けるのを見守っていた。












でも、もうショージキ、オレはそんなコト、どうだって良かった。







2008/5/5




ウチのにゃんこは、多分ツンデレなんだと思います。
つか、トマママみたいな”ママ”には素直に甘えられるけど(尤も、今回ママはちょっと手厳しいですけれど)、ソフィーちゃんみたいなタイプにはキツく当たってしまうという…照れ屋なんですね、多分。
しかし、どこぞでもここでもマルチェロに酷い目に遭わされているのに、それでもマルチェロが好きなにゃんこは、実はドMなのかもしれません。

って、問題はそんなトコにはないですね。
さて、もうスゴい勢いで(どこぞの鬼畜聖下シリーズよりある意味更に)ドツボにハマっていく、マルチェロはじめ聖堂騎士たちは、どうなっちゃうのか

乞う、ご期待っ!!



七百六十八億の無謬

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